第234話 人工知能、きっと二人はどこか似ていた①
『ハルト? おーい。お祈りの時間じゃなかったんですかー』
ガクッと体が崩れそうになって、ハルトは目を覚ました。驚きと共に起きたので、自前の心臓が揺れ動いた。
『あれ? 僕は何故こんな外で……』
『まったくもう、まったくもうなのですよ。こっちが聞きたいです。私こなきゃ君、下手したら死んでましたよ?』
『あっ、ラヴ! また僕に悪魔の誘いをかけるつもりか……!』
しかし同じ目線までしゃがみ込んでいた少女に、ハルトは怒りを覚えた。
彼女はラヴ。最近ハルトにちょっかいをかけてくる、他方から来た魔術人形だ。
『今度は悪魔と来ましたかぁ。どっちかというと天使系美少女で通ってるんですがねぇ』
『良く言う……!』
『というか、というかなのですよ。その体中の痣や傷、またキルプロとかいうお兄さんにいじめられたんです?』
『これは……僕がユビキタス様の御心に適う使徒になる為の、兄上の美しき愛だ!』
『マジでそう思ってます?』
隣、ちょこんと体育座りをしたラヴの眼鏡の向こう。
その大きな瞳は、心配そうに細まっていた。自由に笑って、自由に憂う少女の瞳が、ハルトにはくすぐったかった。
『なんだか迷ってる様に見えますねー』
『……ある地方に行った。そこは確かに晴天経典の教えに従って、領民も正しく生きてきた筈だ……でも、何故か前来た時よりも、醜悪な飢餓と貧困で、いっぱいだった。みんな、醜かった』
『ふむふむ』
『司教と領主の周りだけが、美しかった』
『なんと』
『これが祈りの差だと、兄上や父上は言う。僕もそれに納得している。祈りも信仰も足りない連中は、醜く地獄に堕ちるのが当然だ……当然だ』
『……ほんと?』
『……』
『分からないから、脈絡も無く言ったんじゃないですか?』
『……じゃあ君は何故、あの領民は笑顔無き畜生になってしまったのか、分かるのか』
『分かりません』
『即答っ!? そこはもう少し迷いたまえ! 僕は真剣に悩んでるんだ! ユビキタス様の教えで悩める羊も救う為に!』
『私が君と話したいのはそこです』
『えっ』
『私も分からなくて、ずっとむずむずしてます。だからどうすれば良いのか、君の力を借りたいです』
そうだ。
いつでも、ラヴは真っすぐだった。
隣でハルトに同調する様な、曇った表情を見て、そう思う。
『みんなが、笑顔で明日を迎えてもらうには具体的にどうすればいいのか、それを求めて私は旅してます。お姫様に一時だけ暇貰ってね』
『笑顔で……明日を』
『何となく一人じゃ無理だろうなって思ってます。いっぱい人が必要です。だから私は皆で笑顔を創る“きらーん”な秘密結社、“ハローワールド”ってのを創ろうと思ってます』
『ふん、君のみたいなのと仲間になろう等と』
『もう私含めて二人いますよ』
『はっ。誰かな、そんな物好きは』
『はい。君です』
『か、勝手に人を頭数に入れないでくれないか!?』
『やれやれ、やれやれなのですよ。私の眼鏡に狂いはないのです』
後ろから抱き着かれた。
『だってずっと、一人で考えてるじゃないですか。世界の為に』
『僕は……』
ぎゅっと、された。
反論できなかったし、その抱擁を全身で感じる事しかできなかった。
『一人で抱えないで、二人で、皆でどんな世界にすればいいか考えましょ! ハルト!』
『……』
柔らかい。魔術人形のくせにいい匂いで、温かかった。
美しい。それを超えた何かがハルトの中へ注ぎ込まれている。
でも、ハルトは唐突に思い出す。
自分はもう、この天真爛漫を浴びる事が出来ないのだ。
『だからハルト――』
その後に発したラヴの言葉は、降りしきる豪雨に搔き消されて、何も聞こえなかった。
振り返ると、背後霊のようにくっついていたラヴは、いなかった。
離れた場所に倒れていた。
もう物言わぬ、心臓替わりの古代魔石も失せた、ただの躯になって。
ラヴの遺体は、ずぶ濡れだった。
ハルトも、ずぶ濡れだった。
王都の中心で、ずぶ濡れだった。
『……ラヴ、全部、僕のせいだった』
あの日から、ずっと、雨が鳴りやまない。
『僕は、間違っていた』
あの日から、ずっと。
■ ■
「……寝れたのか。久々に」
キルプロの首を捥ぎ取って、試しとはいえ“虹の麓”が成功した為に、やっと気が緩んだらしい。“何も知らなかった頃の自分”と、ラヴが織りなした記憶の一部を、悪夢として思い起こしてしまったようだ。
スイッチを取り囲む大自然の中、スイッチを一望するには距離的にも場所的にも最適な丘。
勿論、魔術人形のスキルを使って、望遠鏡の様に覗いていたわけだが。
「お主の寝顔、飽きなかったわ。しかしお主が寝るとは珍しいのお」
「……気を緩ませる訳にはいかない。ここからが忙しい」
雲からただの石に戻った、古代魔石“スペースクラウド”をケイに預ける。
「後は“場所”の条件が揃えば、世界中に“虹の麓”を出現させることが出来る訳やな」
「……その前に
続いてシックスが当然の疑問を投げる。
「しかし何故クオリアに、事前の通知をしたのか」
「……個人的な興味だ。奴がどれだけ楽園の障害になるか、ってのも見たいしな」
「クオリアを、我々に賛同させるのか」
どこかそれを望んでいるように、シックスの眼が見開いた。
「……あまり期待しない方がいい。人間は、世界の変化を拒絶する生き物だ。クオリアも例外じゃないさ」
「……この後は、どうするつもりじゃ?」
「俺はハルトとしてサーバー領の騎士達に捕まる」
「……多分テルステル家への人質としてサーバー領の首都“ローカルホスト”に連れてかれる筈だ。そこでロベリアと接触する」
「ロベリアとか? もう奴はこちらの味方に引き入れたのじゃろう?」
「一応、ロベリアから直接返事聞かねえとな。“場所”の確保が出来るかどうかは、あの女にかかっている」
「よし。なら、私らも行くぞ!」
「お前達はなるべく距離を取ってついてこい」
えー、と不服そうに頬を膨らませるマリーゴールド。その隣でシックスは淡々と状況を整理していた。
「説明を要請する。クオリアが、その指示の要因か?」
「ああ。同行人に魔術人形が混ざってたらクオリアには即バレだ。異端審問の時もバレてただろ?」
「そりゃそうじゃが……」
「魔力の微細な違いを肌で感じ取ったり、あるいは眼や耳で微妙な挙動の違いを読み取っちまうんだろう。クオリアの一番厄介な部分はそんな微細な違いまで嗅ぎ分けられる“認識能力”だ。こっちもそれを想定した立ち回りをしなきゃな」
「せやけどな、
「当然の疑問だ。だが、それは無いと考えていい」
ケイの疑問を短く片付けると、マリーゴールドの肩を叩く。
「マリーゴールド。その体、今の所問題はないか?」
「おぉ! 心配してくれるとは嬉しいのお。だが大丈夫じゃ。まだまだ保つ」
気丈に胸を張って見せるマリーゴールドだが、周りでシックスやケイを始めとした魔術人形の目線が僅かに曇った。
『まだまだ保つ』。
その意味を知らない個体は、この場にはいない。
「……この後俺は暫く
「要請は受諾された」
ハルトは頷くと、
全身を覆う雨具。武器たる両手を包む手袋。
それら全てを取り払い、ボロボロの豪華な僧衣が露わになった。
ユビキタスの血が流れる、晴天教会で最も権威のある家の三男という、仮の姿に戻ったのだった。
しかし公な“ハルト”しか知らない連中から見れば全く違う雰囲気のまま、ハルトは最後の命令を
「じゃまた俺を傷つけろ。スピリトやエス達の前でやったように」
ぴく、と。
一番負の反応を示したのは、マリーゴールドだった。
拒絶。それが端正な少女の顔立ちを、苦く書き換え始める。
「クオリアと
「それは……」
「シックスが変装した
マリーゴールドだけではない。他の魔術人形も、明らかに渋っている。
「……それはワイとシックスがやるで」
マリーゴールドが震える手で握っていたナイフを、ケイが擦れ違いざまに奪い取る。
もう片方からシックスもハルトへ近づいてきた。
「これが必要な事なのは十分身に沁みとる。せやけど、マリーゴールドにも、他の魔術人形にも、その役割は荷が重すぎるんや」
雨は、一瞬だけ静寂を齎した。
「悪いな」
■ ■
「おい! テルステル家三男のハルトが捕まったって本当か!」
「下手に傷つけるなよ! ラック様の命により、このハルトは人質にするんだからな!」
敵の主要人物が捕らえられたとあれば、そこに人が群がるのが心理だ。
その中心にいる捕囚は、まるで見世物のように人目に晒される。
「うぅ……痛い、僕はもう歩けない……」
「何を言ってんだ、殺されないだけ有難く思え!」
歩くのもやっとと言った様子で、フラフラとハルトが縄に引っ張られていた。
どうやら例外属性“恵”を使うだけの魔力も無いらしい。全身の裂傷や痣、火傷は正直生きているだけで奇跡というくらいに夥しく纏わりついている。曰く“晴天教会一の美男子”の顔も、見る影も無く腫れ上がっていた。
ハルトを貫く、何百もの恨みの眼。
それに対し、囚われの身ながらハルトが叫んだ。
「お、お前らああああああ!?
だが騎士も町民もまともに取り合わず、鼻で笑うのだった。
その嘲笑に、ハルトも高笑いを絞り出して反応する。
「そ、それに、キルプロ兄上が……キルプロ兄上がお前達を皆殺しにしてくれる……!」
「そのキルプロ兄上とやらは、これの事か?」
ハルトの眼に映る。
非業の最期を遂げ、スイッチの門前に置かれていたキルプロの首が。
「あ、ああああああああああああ!! キルプロ兄上えええええええええ!!」
絶望が如実に反映された悲鳴を上げ、ハルトは連れていかれた。
ちなみにこの時点で、キルプロを殺したのがハルトであると気付いている者は誰もいない。
「……うぅ……兄上……キルプロ兄上……」
(まさか朝まで晒されているとは思わなかったな)
思考とは独立して、“ハルト”であり続ける
「ハルトを認識」
クオリアの視界に入ったのは、それから少ししての事だった。
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