第232話 人工知能、色無き虹を見る①
滝の様な豪雨に見舞われ、野次馬の視線にも晒されるキルプロの頭部を、クオリアは認識した。
どよめく雑踏の中、クオリアが差す傘の下、スピリトは苦々しく呟いた。
「壮絶ね……」
「“壮絶”という単語を登録」
「これ、
「その可能性は非常に高いと推測する。この頭部は、強烈な力により引きちぎられた、あるいは破裂したものと推測される」
「いや、だとしたら相当な力掛かってるでしょ……魔物にブチってされたって感じだよこ……」
体術を極めたスピリトだからこそ、
人間の体を力づくで引き千切る。あるいは破裂させる。
そんなもの、人の形を為している限り出来るものではない。
一方でクオリアは慌ただしく動く甲冑の一団が、土砂降りの周辺を過ぎていくのに気付いた。
群がる野次馬とは違う。晒された首には目も暮れず、スイッチの外へ進んでいく。
「戦闘は終了したと認識している。あの騎士達は何を目的に行動しているのか」
「さっき領主と話してたんだけど、進攻騎士団の残党がまだこの近くにいるみたいなのよ。ただ戦いと略奪を楽しんでいる騎士団みたいで、寡兵でもスイッチに忍び込んでくる可能性があるから警戒してるんだってさ」
あ、君は行っちゃだめだよ。ドクターストップかかってんでしょ、師匠もそりゃ承認しないよ、と念を押された。
その時だった。
クオリアが握っていた傘に、何かが当たった。
「軽度の落下物を認識」
それが泥濘に落ちる前に、クオリアが掴み取る。
紙だった。
背伸びして、スピリトも内容を見てくる。
雨で多少滲んでいたが、文面の読み取りに苦労は無かった。
『左前方を見ていろ。それが俺達の楽園、“虹の麓”の
この短い文章の書き方に、二人は見覚えがあった。
「蒼天党の暴動の際、古代魔石“ブラックホール”の存在を知らせた時の筆跡と一致」
「確かに……本当に
その疑問にクオリアが推測を返す前に、答えが出現した。
“虹”。
左前方の、山。
未だ土砂降りの夜にも関わらず、色彩に富んだ光が頂上から雨雲目掛けて伸びた。
「あの方向って、進攻騎士団の残党が集まっている場所だった筈……!」
■ ■
先程までキルプロと共にスイッチを追い詰めていた筈の彼らは、たった一時間で戦局を覆され、今まさに風前の灯火にある。
「畜生……今頃はスイッチの女どもを抱きたい放題だったのによ……」
「けどよ、ピンチはチャンスってユビキタス様も言ってたみたいだぜ? ここさえ乗り切れば、今度は夜が俺達に味方する。そうすりゃスイッチに忍び込んで、金目のものも食料も、女も奪っちまえるぜ……!」
「――実験体がてめぇらみたいなので良かったよ」
風のように冷たい声をした影が、
「失敗しても、何も思わずに済む」
「誰だっ!?」
迸る落雷。
篠突く雨を悉くはじき返す雨具のフードの中身が、
感情をどこかに置き忘れたようなハルトの顔が、騎士達に疑問符を浮かび上がらせた。
「は、ハルト様……!?」
「なんでハルト様が
雨で聞こえなかったのか、それとも無視したのかは騎士達には分からない。
ただ一つ確かなのはハルトが何も答えず、右手で漆黒の石を掲げた事くらいだ。
一ヶ月前、世界を危うく滅ぼしかけた古代魔石“ブラックホール”が昇華された古代魔石から、声が鳴る。
『スペースクラウド』
右手一杯の漆黒に、僅かながら煌めく。
それを合図に、ハルトが真上へ古代魔石“スペースクラウド”を放った。
「さあ、始めよう。
雨だろうと関係ない。
全ては、雨天決行。
囲う魔術人形の合唱が始まる。
「
魔術人形の魔石が強く瞬き、各々の色を宿した光を解き放つ。
束ねて、虹。
常闇が、雨空へ伸びる何十もの色に、引き裂かれた。
「……そうだ。これが、俺達が探していた“虹の麓”だ」
『ドラゴン』
「
ハルトの胸部から、龍の形をした光が飛び出す。
そのまま飛翔し、古代魔石“スペースクラウド”を咀嚼する。
途端だった。
魔石は。
雲となった。
虹の柱で囲われた上空で、“星屑が散りばめられた雨雲”が広がる。
星一つないブラックホールとは正反対の、宇宙の神秘が上空を覆い隠していた。
そして。
雨男は、その名に恥じぬ雨を揺らす。
「スキル虚数出力“
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