第230話 「 」、それが晴天教会に止まない雨が降る理由①
クオリアが目覚める、少し前の事だった。
「このままでは……このままでは終わらない……終わる訳にはいかない……ユビキタス様は……“げに素晴らしき晴天教会”は……俺は、偉大なるテルステル家当主として、ここから始まるというのに……」
傷ついた体を引きずりながら、一人キルプロは夜闇の森を彷徨う。
泥濘に足を取られ、木に手を着いてよろめく体を支えた。
「くそ、くそおおおおおおおおおお!! 最高芸術をおおおおおお!! ユビキタス様に捧げる俺の心をおおおおおおおおおおお!!」
キルプロの怒りが漏れ出した。例外属性“焚”となって、手を着いた木に飛び火する。
幹も葉も緋色が包んだ途端、その一切が灰になって舞い上がった。
しかしその灰は全て、雨に攫われる。
見届けることなく、まるで号泣でもしているような雨空を見上げる。
「……こうなればゼロデイ帝国の奴らをもう一度炊きつけてやる……ディードスの代わりも見つけて……今度こそ最高の芸術たる白龍を創り出して、クオリアも
呪詛の様な独り言を吐き出し、キルプロは思い出す。
“敗因”が、沸々と脳裏を刺激する。
「そもそも……内通者がいたせいで……思わぬ不意打ちを喰らったから……っ!」
内通者の存在を、キルプロは忘れていなかった。
上層部に明らかにキルプロの動きを把握し、
その内通者こそ、
「誰だ!?」
咀嚼音のようにくちゃ、という足音。
しかしそこにいたのは、敵ではなかった。
「あ、兄上……僕だ……ハルトだ……!」
ランサム公爵の三男。かつキルプロの弟である――ハルトだった。
「ハルト、生きていたのか……!」
“美しい”物以外に存在価値はない。
そんな奇天烈な主義を持つ割には、キルプロの弟であるハルトの外見は、醜いくらいに傷と泥に塗れていた。
「に、逃げてるんじゃない……! 後ろに向かって走っただけだ……天地神明に誓って敵前逃亡など、そんな醜悪な事はしていない!!」
「ハルト……俺は貴様を、そうやって言い訳するように教育したか?」
「うっ……兄上……ご、ごめん……!」
少し凄んだだけで、ハルトは狼狽して小鹿のように震え出した。
テルステル家の次男であるキルプロは、三男であるハルトの教育係を務めていた。
その結果、次期当主に選ばれる事となったキルプロと、“落ちこぼれ”であったハルト。支配と服従の力関係になるのは自然な事であった。
(ちっ……こんな奴が弟かと思うと……!)
いつもなら“教育”と称して暴力を振るっているところだが、生憎それどころではない。
(だがこいつ……何故生きている?)
だがここに五体満足で立っている時点でキルプロからすれば想定外だった。ハルトを置いてきた
あの
(ま、いっか)
だがハルトが生き延びている理由など、今はどうでもいい。弟の悪運が強いのは、半年前に王都で起きた一件から、よくある事だ。
「そもそも不意打ちなんて美しくない……正々堂々、真正面から来るべきだろう……こんな、こんなの、僕は認めない!! あんな美しくない奴が勝者面するなんて……」
「そうだな」
まともに取り合う気も起きない。
美しさ云々の前に、少しは役立つくらいに強くなってほしかった。
そもそもハルトの同行が間違いの始まりだった。更に言うならば、父であるランサムがハルトにも箔を付けたいと、子守を押し付けてきたのが始まりだった。
結果、キルプロが前々から計画していた異端審問をハルトが突然やりたいと言い出し、任せてみれば大失敗。
あの異端審問でクオリアを処刑出来ていれば、こんな事にはならなかった。
「とにかく一度父上の下まで戻るぞ。体制を立て直し、持てる力をすべて使ってクオリアと
この愚弟を焚刑に処したい気持ちも湧き出るが、抑える。
あまりにみっともなく取り乱すハルトを見て、我が振りが治ったのかもしれない。
「そうだ兄上、さっき味方と会ったんだ……もうすぐ援軍が来るはずだ……!」
(よし、落ちこぼれなりに役に立っている、いいぞ……!)
“おまけ”の報告を聞いて少しだけ上機嫌になっていると、突如ハルトが立ち止まり、わなわなとキルプロの後ろを指差す。
「あ、
「もう追いついたのか……!?」
キルプロは息を止めて、ハルトと同じ方向を見る。
「ちっ……お前も攻撃しろハルト、その糞程の力と言えどテルステル家の使徒なら――」
そして、ハルトが攻撃する。
「分かった!」
ハルトの右手が、背後からキルプロの脇腹を貫いた。
「えっ」
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