第228話 人工知能、ふざけた神話を焚書する⑤


 十二の銃身マグナムと、一つの砲身ランチャーの先端で、夜闇全てを照らす太陽を創り上げていく。

 まだ放っていないし、完成もしていない。溜めている最中だ。

 にも関わらず、ギギギギギギギギギギギィ、とはち切れんばかりの“荷電粒子ビームの摩擦音と共に、安全圏バリアの中を振動の漣が駆け巡る。


「チャージ完了まで25秒」


 砲身の後ろ部分から蜘蛛のような四本脚が飛び出し、地面に固定される。

 狙いは完全に定めた。後は荷電粒子ビームのチャージ完了を待つのみだ。


 しかし敵は生憎、竜巻を操る白龍。25秒間は何もしないで乗り切るにはとても長すぎる。

 クオリアの目前で、残りのフォトンウェポンが銃口を白龍に向け、整列する。


斉射ファイア

  

 竜巻の回転を完全に読み切った無数の光が、触れる雨粒を蒸発させながら予定調和の軌道で合成魔獣キメラまで突き進む。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 だが、心臓まで震わす様な魔物の咆哮があった直後。

 荷電粒子ビームが、反射した。


「えっ!? こっち戻ってきたよ!? うわっ!?」


 クオリア達目掛けて降り注ぐ荷電粒子ビームを、自分とフィールには当たらない様に軌道を修正し、辺りの地面へ不時着させる。


「状況分析。風の種類を変更したものと推定」

「いや君なんでそんな冷静……うっ……」 


 遅れてバリアを、真上から不可視の力が踏みつける。

 それは、白龍を騙る怪物から放たれた、空気の層。螺旋を描く竜巻ではなく、一方的にキルプロからクオリアへ押しかける突風。

 螺旋を想定して放った荷電粒子ビームは、この風の壁に押し戻されたのだ。


『クオリア。まさかあの程度で戒候サイクロンを……緋焚候戒ヴィシスサイクルを攻略できると思ったか? 竜巻だけが白龍の能ではない。貴様は知らんだろうが、晴天経典、ケテルによる福音――』

『は?』


 勝ち誇ったようなテレパシーが情けない声に変ったのは、その直後だった。


『Type SWORD BARRIER MODE』

「チャージ完了まで、後15秒――多段防御セキュリティ


 荷電粒子ビーム一斉掃射の裏側で、クオリアは5Dプリントで更に柄のフォトンウェポンを生成していた。それがクオリアの脳波に従い、既存のバリアの上から、更にバリアを重ねる。何層も、何十層も、堆積する。

 絶対不落の多段防御セキュリティが、完成した。

 

「キルプロ。あなたは想定通り、荷電粒子ビームの攻略に集中した。結果、多段防御セキュリティの強化に対する手段を講じる事が出来なかった」


 “緋焚候戒ヴィシスサイクル”を攻略した荷電粒子ビーム

 

 予測して、30秒以内に白龍が絶対に突き破る事の出来ない、絶対防御のフィールドを創り上げた。


 つまりチャージの時間を凌ぐ為に、クオリアが強化したのは攻撃ではなく、防御だ。

 斉射ファイヤは、キルプロの眼を多段防御セキュリティから逸らさせる為の囮に過ぎない。

 

 後は安全地帯で、チャージ完了を待つだけとなった。

 だがクオリアの周りで一つ、想定外の事態が発生していた。


「最適解変更、雨男アノニマスが射程範囲に含まれた」


          ■          ■


「……切札を、貴様の切札を封じてやったというのに……」


 人間でも、人形でもないようなクオリアの瞳を見て、キルプロは歯軋りをした。

 今までこんな事はなかった。テルステル家の力で出来ない事など無かった。

 ユビキタスの敵を前にして、ここまでしてやられた事がキルプロには無かった。


「……許せん……許せんぞ!!」


 悲憤慷慨し、膨れ上がった苛立ちを発散しようとするが、かの“兵器”の危険性は、キルプロも認めざるを得ない。急いであのバリアを破壊し、クオリアを今度こそ地獄へ叩き落とさなければならない。


「なれば今度こそ、その鬱陶しい盾を我が力で取り払い、神に取って代わろうとしたその傲慢を後悔させてやる!!」


 そう叫びながらも、キルプロが次に見たのは右方向だった。

 憤怒に駆られながらも、最低限の冷静さは保っていた。


「当然牽制役にお前が来るよな!? 雨男アノニマス

「……クオリアに横取りされる前に、この手で始末したいだけだ」

「馬鹿め! 人が龍に敵うものか!」


 雨男アノニマスの飛来を知るよりも早く、合成魔獣キメラの巨椀が振り上げられる。その鱗に、“焚火ドレッド”が染み渡る。

 怪獣の緋色の鉄槌が、像が蟻を潰すように、雨男アノニマス全身を圧し潰しながら弾き飛ばす。


「がふっ……」


 雨男アノニマスが彼方まで吹き飛ぶ。

 人体を一瞬で蒸発せしめる緋色が雨男アノニマスの全身を纏い、溶岩よりも熱い灼熱でくべる。

灰になるその瞬間まで、遠くなる影をキルプロが見届ける。


「鋼だろうと粉々にする白龍の力。五体満足なだけ誇るがいい……ん?」


 にも関わらず、雨男アノニマスの背中から広がった翼が、吹き飛ぶ体を受け取んる。


「何故生きている……」


 しかも“焚火ドレッド”が、かき消されていた。

 想定外が、また一つ増えた。


「しかも“焚火ドレッド”を……それは緋の力を操れる使徒しか、無力化出来ない筈なのに……!」

「ふー……ふー……」

雨男アノニマス、貴様は何者だ」


 かなり大きなダメージだった事は間違いない。雨男アノニマスの呼吸が酷く荒い。もう一撃食らわせれば今度こそ死ぬはずだ。

 だがキルプロとしては何故ここまでテルステル家に憎悪を向けているのか、全く分からない。気持ち悪い。


「何故貴様はそうまで現人神あらびとがみユビキタス様に抗おうとする!? さてはかつて異端扱いでも受けて、壮大な逆恨みでも思いついたというのか!?」

「……。ずっと、てめぇらと共にあった」

「俺達の……テルステル家の、影法師?」


 フードと狐面の下のヒントを、雨男アノニマスは語り出す。

 静かに。ゆっくりと。

 上がり始めた幕の様に。降り始めた小雨のように。


「傍でテルステル家の暗黒を見てきた。嘲笑を聞いてきた。微温湯ぬるまゆに浸ってきた。甘汁を味わっちまった。だから嫌と言う程に知っている。テルステル家は、世界がずっと雨に濡れようとも、隣で救いを求める信徒が飢え死にしようとも、特等席で晴天の恩恵を独占し続ける心無き一族だって……その果てに……ラヴを……」

「何を言っている……!?」


 雨男アノニマスは、裏返った声でその絶望を綴る。


「逆恨み? 復讐? 俺に、最初からそんな資格はない。。てめぇらテルステル家を皆殺しにすれば、ラヴが望んだ“楽園”を世界に創造すれば、


 雨男アノニマスの右拳が真っすぐ放たれる。再び合成魔術キメラの規格外の巨椀が振り下ろされる。

 また雨男アノニマスが破壊されるはずだった。吹き飛ばされるはずだった。

 しかし結果は逆だった。

 弾かれたのは、体格差では何百倍も勝っている筈の合成魔術キメラだった。


「てめぇらは、間違っている」

「……なっ……」


 落雷が照らす。

 気づけばキルプロのほぼ目と鼻の先にいた。

 背筋が凍る。

 反射的に合成魔術キメラの翼をはためかせ、距離を取らなければやられていた。


「速……」


 雨男アノニマスは追尾する。

 最早キルプロの眼に雨男アノニマスは辛うじて残像として見える程度。

 雨男アノニマスが二体にも、三体にも、四体にも見える。


 キルプロも“縮地”使いと刃を交えた事があるから実感できる。

 聖剣聖が使うという“乱魔”のような、歩法と小手先による分身ではない。

 


 身体能力が、人間をはみ出しているなんてものじゃない。

 


「ずっと、てめぇらを、殺したかった――」


 疾駆の速度は、完全に次元を超えていた。

 出鱈目過ぎる軌道。不規則過ぎる軌跡。

 縦横無尽に雨空を駆け巡り、一瞬残像として留まる。

 合成魔術キメラが、ただキルプロを庇う事しか出来ない。

 雨男アノニマスが織りなす怒涛の連続攻撃に、“白龍”が防御しか出来ない。


「ずっと、てめぇらの近くで、我慢していた」

「うわ、わ、わ」


 四方八方から衝撃が襲い、キルプロを振り回す。

 雨男アノニマスがが正拳を振り抜き、蹴りを見舞う。

 一撃一撃が、体格差を無視して合成魔獣キメラの各部を陥没させる。


「ずっと、ずっと、ずっと――」

「ひっ……なんだ、こいつの力は……人間なのか!?」


 完全に力負けしている。

 荷電粒子ビームで穿たれたような風穴をあけながら、合成魔獣キメラが何度も死にかける。

 その度に例外属性“恵”で回復するも、回復した先から構わず雨男アノニマスが極上の暴力をお見舞いする。


 正真正銘の獣が、そこにはいた。


(――30秒は経ったはずだ。何故クオリアは撃たない)


 だが、一方雨男アノニマスも冷静に状況を俯瞰していた。

クオリアが“チャージ時間”と言っていた30秒をしっかりカウントしていた。それまでにキルプロを仕留める必要があったし、間に合わなければ“牽制”の役割を終えて発射直前に離脱するつもりだった。


 だがクオリアは、フィールと一緒に上空を見据えたまま動かない。

 雨男アノニマスからは見えた。

 クオリアの鼻から、血が出ているのを。


「やっぱ脳に凄い負担があるようだな……にも関わらず、俺がどくまで撃たないってか。まぁ、勝手にし――」


 勝手に制限時間を増やしてくれるなら是非もない。このままキルプロだけは潰す。

 そう意気込んだ途端だった。

 雨男アノニマスは、一瞬停止した。


『あなたと、ラヴの理解を自分クオリアは要求している』


 言えるわけがない。

 あの時の無機質な表情に、遠い記憶の向こう側にいるラヴを重ねたなんて。


「……ちっ」


 そして雨男アノニマスは距離を取った。

 キルプロもその行動を飲み込めず、一瞬停止した――それが隙だった。


 500メートル下方。

 のトリガーが、引かれた。 



発射シュート



 彗星が、駆け上がった。

 星さえ貫きそうな破壊の光が、真っすぐ合成魔獣キメラ目掛けてぶち抜いていく。


「――!!」


 ボロボロの合成魔獣キメラに鞭を撃ち、緋焚候戒ヴィシスサイクル――神の竜巻で迎撃する。


 だが今度は、螺旋の突風を利用されたとかそんな生易しいものではなかった。

 単純に、荷電粒子ビームの彗星に喰われた。


緋焚候戒ヴィシスサイクルが……呑み込まれた!?」


 閃光に眼を眩ませながら、キルプロは敗北を悟って叫んだ。


「く、くそおおおおおお!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 その直前、キルプロは一人森の中へ飛び降りた。

 残された合成魔獣キメラは、押し付けられた神話の役割ごと、荷電粒子ビームの彗星に呑まれてやっと消える事が出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る