第227話 人工知能、ふざけた神話を焚書する④

 白龍の全身に埋め込まれた人工魔石は、例外属性“恵”と同じ魔力反応を示していた。

 クオリアには完全にはラーニング出来ず、ハッキングも出来ない魔力だが、インプットできる魔力のパターンは大まかな種類が分かるくらいには読めてきた。


「状況分析。人工魔石が“白龍”に多数装填されている事を認識。ディードスを殺害した“合成魔獣キメラ”と同分類と判断する」

「“合成魔獣キメラ”……!?」


 困惑している暇もないくらいに、事象は一瞬だった。

 白龍の傷口が、時間を戻したように元通り、“修復”されて塞がった。


「……例外属性“恵”……! そんな、あんな一瞬で傷が治るなんて……!」

「ありゃ “改宗の技術を応用して”創り上げた、キルプロ御用達の“合成魔獣キメラ”だ。体中に纏わりついた例外属性“恵”の魔石で、どうとでも治せるんだよ……正式名は“合成魔獣キメラリヴィジョンΣシグマ”だったか?」


 いつの間にかクオリアとフィールの後ろに降り立っていた雨男アノニマスへ、フィールとクオリアは別々の疑問を持つ。


「でも合成魔獣キメラなんて……まず王国の法律に照らせば死刑だし、晴天教会の中でも忌み嫌われているのに……キルプロ枢機卿はそんな事を……」

雨男アノニマス。説明を要請する。何故あなたはあの合成魔獣キメラの詳細を認識しているのか」


 確かに合成魔獣キメラである仮説は立てられる。だが “リヴィジョンΣシグマ”というバージョン名までは、一目では分からない筈だ。

この情報を取得するには、キルプロ、あるいは“テルステル家”に近しい人物である必要がある。

 

「あなたはキルプロが属する“テルステル家”とどのような関係性にあるのか」

「……戦闘中に関係ない事を尋ねてんじゃねえよ」


 と毒づきながら、雨男アノニマスは周りで目まぐるしく荷電粒子ビームを放つフォトンウェポンを一瞥する。クオリアはこうしている間にも、再び飛翔を始めた白龍もとい合成魔獣キメラリヴィジョンΣシグマへ、フォトンウェポンによる一斉掃射を再開していたのだ。

 もっとも、今度は逃げに徹されて当たらない。直撃しても、例外属性“恵”によって即座に回復される。


 雨男アノニマスの視線は雨空をかける無数の流星から、クオリアへと目線を映す。

 そのクオリアの状態を代弁したのは、同じく勘付いたフィールだった。


「クオリア、何かさっきからすごい顔が青いよ……!」

「……ノイズが発生している。しかしタスクの遂行に支障はない」


 極寒地帯にいるかの如く蒼白な顔をしていたクオリアの頬を、フィールが撫でた。その感触を確かめて、更に眉を顰める。


「いや本当におかしいって! こんなに冷たいし!」

「さっきから器用に動かしているフォトンウェポンとやらのせいじゃねえか? ジリ貧って奴か?」


 図星だった。

 フォトンウェポンの遠隔操作は、脳波を通じて無数の演算思考を送信する為に、その大本であるクオリアの脳疲労度が半端ではない。全力疾走をしながら一秒間に何万もの暗号を解いているようなものだ。

 疲労という負荷が、アンドロイドでも何でもない人間の脳を蝕み始めた。

 5Dプリントのメンテナンスでも、疲労までは回復できない。


「じゃ、てめぇが足止め出来ている間に、俺がキルプロを仕留めなきゃな。合成魔獣ツギハギを痛めつけても意味がねえ。キルプロの首を狩る」


 またバリアの外に出ようとした雨男アノニマスを見て、フィールは目を疑った。

 破れた雨具の胸部部分。そこに、脈打つ人工魔石があったからだ。


「ていうか、あなた、胸に魔石着いてるけど……

「……」

「それに“ドラゴン”……その言葉って……」

「説明を要請する。“ドラゴン”とは何か」

「……かつてはね、“ドラゴン”って発音だったらしいの。


 説明するフィールが熱心に握りしめる太陽のペンダントを見て、雨男アノニマスが溜息を吐く。居心地が悪いかの如く、話題を転換した。


「修道女。これが今の“げに素晴らしき晴天教会”の実情だ。免罪符とか耳障りのいい謳い文句並べて金をせびる。気に入らない奴は有罪率100%の異端審問この世から追放。拷問好きが興じて獣人を殺したり、奴隷制を復活させて愉悦に浸る。いざとなりゃ本来称えるべき白龍すら、偽造して我が物顔だ。こいつらが“聖戦”で欲しいのは聖地じゃない。ユビキタスの名の下、思うがままに動く信徒達だ」

「……」

「でもこれらは全て許された。何故か。神を絶対の法にしちまう性質が人類にはあったからだ。人は神託の前に目が眩み、善意で気に入らない奴を殺しちまう。少なくとも前文明が滅んでから2000年間、人間はそうやって罪を重ねてきた。これが宗教の正体だ。歴史に神は登場しない。いたのはいつだって、神を免罪符にした人間だ――そうやって惰眠を貪った見本市が、白龍を騙って空から見下してる」


 必死に逃げ回る白龍を見上げながら、雨男アノニマスが鼻で笑った。一切の命を感じさせない、寂しい笑いだった。


「そんなの、ラヴが望んだ世界じゃない。だから俺は、腐敗の根源である“テルステル家”を全て抹殺する。

「……あなた」

「……ラヴの夢を叶えるには晴天教会は邪魔だ。もう雨が降らない、誰もが笑って明日を迎える事の出来る“虹の麓”を創る為に――ラヴを殺した晴天教会を、滅ぼす」

「……」

「フィール。敬虔な修道女には悪いが、次の職を今から探しておいた方がいい」


 晴天教会を滅ぼすと敵対宣言をされたにもかかわらず、フィールは眼鏡の奥で心配そうに雨男アノニマスを見つめる。


雨男アノニマス。あなたは誤っている」


 カエルのような口をしたフードの下、狐面の中で、どんな表情をしていたのか、誰にも分からなかった。

 クオリアは、それを知りたかった。

 だからまずは、自分の演算結果意見を伝える。


「“げに素晴らしき晴天教会”は、排除するべきではないと判断する」

「意外だな。てめぇが有神論者だとは」

「否定する。あなたと同じく、自分クオリア現人神あらびとがみの存在を虚構と判断している。また、“げに素晴らしき晴天教会”の枢機卿と定義される上位存在が“美味しい笑顔”を多く消失させているのも認識している。だがそれは、フィールの役割を否定する理由にはならない」


 フィールに出会うまでは、昨日までは、クオリアの考えは殆ど雨男アノニマスと同じだった。

 だがきょとんとした顔でこちらを向くフィールから、クオリアは“宗教とは何か”をラーニング済みだ。


 傷心を、晴天経典の教えによって癒された獣人を見て。

 フィールと共に、キルプロ達へ果敢に攻めようした騎士達を見て。

 親を失った不安の拠り所として、フィールの袖を母のように掴む子供達を見て。


 信仰“心”を胸に、為すべき事を為すフィールを見て。

 クオリアは、そういう“心”のヒントもあるのだと学んだ。


「ユビキタスの教えを用いて、フィールは“美味しい”を創っていた。自分クオリアでは創れない“美味しい顔笑顔”だ。あの行動は、確実に正しい」

「……残念だがフィールの様な奴は少数だ」

「それでも、あなたはフィールの行動が正しいと判断できると推測すうる」

「は? 何でだよ」

「何故なら、あなたは“ラヴ”の方針に同意していると判断している為だ」


 豪雨の調べと、荷電粒子ビーム凝縮チャージ音だけが沈黙を埋めた。


「“人も獣人も、魔術人形も心から笑える世界”。ラヴが要求していた世界は、そう定義されている。フィール行動は、これに類似していると判断している」

「……会った事も無い癖に、てめぇがラヴを語るな」

「肯定。自分クオリアはラヴという魔術人形と対話した実績はない。だからあなたに説明を要請している」


 雨男アノニマスは、クオリアにもフィールにも目を向けなかった。雨の中、どこにも見たらいいか分からないと言わんばかりに、フードと狐面に隠された頭を伏せる。


「あなたと、ラヴについての理解を自分クオリアは要求している」

「古代魔石“ブラックホール”を俺が持ってるのが、そんなに怖いのか? シックスから聞いている筈だ。あれはもう、俺が無害な物に塗り替えた」

「そのリスクは無視する事は出来ない。しかし、あなたを理解する事の長所は他に2点存在する」


 クオリアの眉が僅かに潜む。背後で白龍へ砲撃しているフォトンウェポンの維持が更に負担になってきた。だが脳疲労のリスクを負ってでも、クオリアは雨男アノニマスの理解を求める。


「1点目は、あなたやラヴがどのような人間であるかを理解する事は、この後ロベリアと対話する上で非常に有益だと判断する。自分クオリアは、ロベリアの“心が死ぬ”状況を強く否定する」

「ロベリアを説得する気か。なら猶更何も答える訳にはいかねえな」

「2点目は、自分クオリアはあなたの“美味しい顔笑顔”を創る」

「……?」


 僅かに雨男アノニマスの動きが止まった。


「あなたは、アイナの生命活動維持の要因だ。だから、あなたを脅威と判断する事は出来ない」

「迷宮でも言ったろ。それは俺の気紛れだって。感謝される筋合いも無い」

「否定する。“恩返し”も、人間の常識としてラーニングしている」

「……」

「まずは、あなたの名前の理解を実行する。雨男アノニマス。あなたの個体名を要請する」

「……。だから“アノニマス”なんだ」


 しびれを切らしたように、雨男アノニマスが振り返って気だるげに口にした。


「そろそろ聞かせろよ。てめぇの事だ。あの白龍のパチモンをワンパン出来る“最適解”とやらは出来てんだろ?」


 あの巨大な合成魔獣キメラを、回復の余地も無い完全消滅をさせるくらいのエネルギーを創る。

 その難問を、確かにクオリアは紐解いていた。


「肯定。例外属性“恵”による回復が実施できない程の損傷を与える必要がある。最適解を変更する」


 そう言うとクオリアは。

 5Dプリントでを描き始めた。


 光は象る。

 大砲でも飛び出す様な、円柱。

 数メートル前方まで届くくらいには長い。

そして人が両手を広げてもまったくカバーしきれないくらいに、円柱の円周も大きい。

 今までのフォトンウェポンの様な、片手で握れる程度の大きさではない。

 地面にも5Dプリントの光は伸び、発射直後の衝撃を受け止めるアンカーまで設置されていた。

それでも象られた円柱を扱うには、両手が必要だ。

 両の脚でしっかり踏みしめ、左手で支え、右手でトリガーに指をかけ、両手で制御する。


 出現したのは、大口径にして、等身大よりも大型の砲台。

 5Dプリントによる生成が終わった直後、一気にクオリアの両腕に圧し掛かった物質が機械音を放つ。



『Type GUN LAUNCHER MODE』



 その宣言の直後、辺りに散らばっていたフォトンウェポンの内、十二個のフォトンウェポンが時計盤のように、円を描いて砲身の先端に到着する。


『DANGER……DANGER……The safety device has been released』

「これよりランチャーモードにて“合成魔獣キメラリヴィジョンΣシグマ”並びにキルプロを“消滅”させる。荷電粒子ビームの装填チャージを開始」


 十二個の銃身マグナム、その先端に荷電粒子ビームが凝縮される。

 一個の砲身ランチャー、周りの荷電粒子ビームを飲み込み、地を震わす程の超濃度エネルギーを集約し始めた。


 安全装置解除の警告音も無視し、クオリアは砲身を上空へ向ける。

 


 神話をも呑み込む荷電粒子ビームの彗星まで、あと30秒。

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