第226話 人工知能、ふざけた神話を焚書する③

 今まさにクオリア達に迫る、“緋色の竜巻”に関する状況分析。

 高密度の大気の螺旋に、例外属性“焚”が練り込まれている。空気の圧力は自然の竜巻をはるかに凌駕しており、通常の人体では千切れて高確率で即死する。(雨男アノニマス)

 例外属性“焚”の特性により、荷電粒子ビームへも干渉されている。突風に軌道をずらされ、制御が効かなくなる。


 今の所“白龍”はこの竜巻を放つだけだが、何よりも“大きくて速い”。

 今まで見たどんな魔物すら赤子に見える程の巨体さだ。

 単純な突進が一番怖い。小隕石の衝突にも匹敵するだろう。


 更に特徴を強いてあげるならば、あの白龍からは無理やりパーツが“ツギハギ”された感がある。

 一ヶ月前、ディードスを殺した合成魔獣キメラと同一のパターンが検出された――。


 “緋色の竜巻”が迫ったので、状況分析を一時中断。


雨男アノニマス、フィールを自分クオリアの10m以内に――」

「ここが多分一番安全地帯だろ」


 クオリアが雨男アノニマスへ指示を出しかけた時には、されるがままに硬直していたフィールをクオリアの隣へ置いていた。


「ひぃっ!」


 バリア数十枚を隔てた向こう側では、灼熱と大気の暴力が広がっていた。何度もフォトンウェポンを叩いては、少しずつ割れていく。

 まだクオリア達がいる場所はマシだ。

 無防備な周りの地面は見る見るうちに削られ、その地形を変えていく。


『晴天経典、アポリオン言行録23章17節。白龍が巨人を“戒候サイクロン”で、一夜にして滅ぼした……その神話くらいは知っていよう』

「エラー。そのような虚構は登録されていない」


 壮絶な破壊と振動の最中、キルプロの傲慢な声が割り込む。

 クオリアはそう返したものの、隣でフィールは素早く瞬きをし始めた。


「これが……“戒候サイクロン”……晴天経典のアポリオン言行録の」

『理解したか? この“白龍”は、正真正銘、ユビキタス様と共に在った相棒だと……』

 

 “白龍”が実在したとしても、2000年前の存在だ。

 だが神話の世界の竜巻、戒候サイクロンは今、目前で広がっている。


 結果、修道少女の顔は硬直していた。

 神の再臨を見た様に。

 それも、自らの天罰を下しに来た事に震える如く。

 

『俺はその神話に緋という色を加えた……“焚火ドレッド”と“戒候サイクロン”。ユビキタス様の血を引く俺と、“白龍”の共同合算である最高芸術、緋色の竜巻“緋焚候戒ヴィシスサイクル”!』

斉射ファイア


 自画自賛のテレパシーを軽微なノイズとして無視し、脳波でフォトンウェポンから荷電粒子ビームを放つ。

 だが上空まで届かない。

 緋色の竜巻に紛れ、螺旋の一部になって消えていく。


『貴様の“奇跡”とやらも、神話を更に強化した緋焚候戒ヴィシスサイクルには――」

斉射ファイア

 

 構わず、荷電粒子ビームの束を連続で発射する。

 そして緋色の暴風に攫われ、様々な軌道を描いて消える。

 だが、クオリアは何度でも号令を出す。


斉射ファイア


 無数の荷電粒子ビームを放つ。


斉射ファイア


 何度も、反復する。


斉射ファイア

『小賢しい……! 無駄だというのが分からんのか!!』


 鬱陶しく、キルプロが吐き捨てる。

 苛立ちの大本は、何時まで経っても攻略出来ないバリアにもあるようだ。先程から何枚かバリアを維持できずに消失しているが、“融点の無い、液体と気体に最高強度の金属”で構成されたフォトンウェポンは残る為、すぐさま体制を立て直しバリアを張り直す。これを只管繰り返している。

 これでは“緋焚候戒ヴィシスサイクル”も決定打にならない。


 竜巻は雲を刺激し、天候は更に崩れ、荷電粒子ビームより白く眩い雷まで落とし始めた。

 豪雨が降り始めた頃、雨男アノニマスがバリアの向こうを見ながらクオリアに訊いた。


「このバリア、内から外に出る分にはダメージ受けねえな?」

「肯定。しかし推奨はしない。このバリアの範囲外では、“緋焚候戒ヴィシスサイクル”によって、あなたも無視できない損傷を受ける」

「悪いな。俺はてめぇと違って頭悪いから、ゴリ押ししか戦法思いつかねえんだわ。俺は勝手に動いてるから放っといてくれ」


 雨男アノニマスが次に狐面を向けたのは、フィールだった。


「で、フィールとか言ったか? 

「え?」


 フィールが抜き差しならない表情のまま、雨男アノニマスへ首をかしげる。


「敬虔深い修道女であるあんたに、言っておくことがある」

「……?」


 途端、雨男アノニマスがバリアから飛び出す。

 当然灼熱と破壊の竜巻に晒されるが、灰にもならなければ粉々になる事も無い。すぐに砂塵と緋色の暴風に塗れて姿を消した。

 その直後だった。

 先程まで雨空に浮かんでいるだけだった白龍が、その咢をクオリアへ向けてきたのだ。


 『今から突進するぞ』。

 そう宣言されているかのようだった。


「状況分析。急降下が予想される」

『……戒候サイクロンにはもう一つ神話があってな。竜巻を纏った突進は、一発だけで巨人の街を破壊したとされる』


 竜巻の中心。“トンネル”が出来ている。

 その始点に白龍。終点にクオリア。


「状況分析。全てのバリアが突破されるリスクを検知」


 クオリアは分析する。

 白龍が出し得る最大速度で、バリアに激突した時の破壊力。

 計算結果、それは隕石の衝突すらも上回る事が分かった。

 ――今あるバリアだけでは、足りない。


『貴様の小手先など、ユビキタス様の相棒と、ユビキタス様の真の力では無力である事を思い知らせてやるわ!!』

「――その神話ってのは、こんな感じのものか?」


 ――もう一つ、竜巻が出来ていた。

 しかも水平方向に、白龍目掛けてトンネルを創る様に螺旋を描いていく。

 緋色の竜巻すら貫通する小さな螺旋は、白龍と同じ目線にまで飛び上がった雨男アノニマスから放たれていた物だった。


雨男アノニマス……!?」

「お前達の言う戒候サイクロンは、この古代魔石“ドラゴン”においてはスキル深層出力“廻閃環状ブロードキャストストーム”と呼んでいる。

「白龍と……同じ技……!?」


 右脚を槍の如く突き出す。

 同時、縮地すら超える速度で雨男アノニマスがトンネルを突き抜けた。

 

 白龍と雨男アノニマスの対格差は像と蟻である。

 にも関わらず――ドォン!! と。

 要塞を突き破ったような轟音と、恐るべき振動が響き渡る。

 雨男アノニマスの現実離れした脚力に蹴り飛ばされ、くの字に折れ曲がりながら白龍が空中で暴れ始めた。


「ちっ。硬いな。まあ具合は憶えた……次は仕留める」

「くっ!? 静まれ白龍っ……!!」


 キルプロが一喝し、すぐに体勢が立て直される。

 その際、白龍の全身から魔石が瞬いたのを見て、雨男アノニマスが鼻で笑う。


「何が白龍だ。何が神話だ。じゃあ何だよ、その改宗用の魔石はよ」

「待て、“ドラゴン”、だと……!? その名前は、貴様、その古代魔石は……!!」

「で、どうでもいいけどクオリアへ注意向けてなくていいのか?」


 クオリアの周りから、また光線が無数に伸びてきていた。

 だが荷電粒子ビームは“緋焚候戒ヴィシスサイクル”によって届かない事はキルプロにも分かり切った事だ。見る必要さえ無いと、呆れた表情を取った。


「それよりその古代魔石“ドラゴン”、確かあれはヴィルジン達が一人の魔術人形に宿していたはずだ。も結局見つからなかったそれを、、どこで――」


 再び振動がキルプロのバランスを崩していた。


 荷電粒子ビーム


「な――」


 白龍という足場の落下が始まる。

 雨空から遠のくにつれ、雨男アノニマスが小さくなる。

 地面へ近づくにつれ、クオリアとフィールが大きくなる。


 神の竜巻に、阻まれている筈なのに――。


「なぜだ、俺には緋焚候戒ヴィシスサイクルが……」

「竜巻の気圧、気流等、要素を全てラーニング完了。


 キルプロには聞こえない地面の彼方で、クオリアは神話の攻略完了を宣言した。

 竜巻のどこにどう撃てば、白龍に届くのか。

 どのルートを辿れば竜巻の迷路を通過できるのか。

 もう、元人工知能には見えている。


 人工知能は神話を読み解くことは出来ない。

 だが“緋焚候戒ヴィシスサイクル”という迷路ならば、何回も荷電粒子ビームの軌道を観察すれば、容易に読み解ける。


斉射ファイア


 その証拠に、止めと言わんばかりに火を噴いたフォトンウェポンから、竜巻の迷路を潜り抜け、思わぬ方向から白龍へと命中する。

 白龍は、神話は堕ちていく。

 最初から意志なんて無い瞳から、本当に光が失せていった。


 その直後だった。


「この白龍は……俺のだ!!」


 白龍の全身が瞬き、全ての傷穴が塞がっていったのは。

 

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