第223話 人工知能、竜巻を見る
白龍の広大な背中の上、一人キルプロは祈る。
テルステルという家族よりも、自らの存在よりも心酔する現人神へ、太陽のペンダントを掲げる。
「天にまします我らが母、ユビキタスよ。あなたが救いしこの世を再び混沌に堕とそうとせし罪深き異端共を討伐します。あなたの光の為に、私めに最大限の加護を与え給え」
一通り、胸の太陽のペンダントに心願を添えると、キルプロは見晴らしの良い上空から睨みつける。
スイッチから蟻のように騎士が湧き出てくる。嗅覚に優れ、夜闇での活動に秀でた獣人がいるせいか、彼らは灯りを持っていない。だが流石に数が多すぎる。キルプロの研ぎ澄まされた眼までは誤魔化せない。
「いいだろう。どうやらスイッチの信徒はクオリア、奴によからぬ期待をしているらしい。ならば俺は現人神ユビキタス様の神威の為、クオリアとフィールを磔にし、スイッチの人間に絶望を与えてやろう」
そして、見つけた。
白髪の中性的な少年、クオリア。そして彼に連いていく修道女、フィール。
しかしここで、キルプロの脳裏を占めたのは、先程まで沸騰していた怒りだけではない。
ルートという継母の美貌だった。
それを、フィールと重ねる。
「しかしフィールという女、器量は良い……もしかしたら“絶世の美女”のモデルになるやもしれぬ……ん?」
一抹の興味を抱いたキルプロの頭蓋を、何かが力なく叩いた。
何度も叩いてくる。
雨だ。
今足元で羽ばたいている、白龍の名を
「忌々しいな、これではまるで俺が雨男みたいではな――」
最後まで言えなかった。
キルプロの後方で、巨人が地団駄をしたような爆音が鳴り響いたからだ。
■ ■
雨が降る直前まで、遡る。
「うぅ……なんで……なんでテルステル家の僕が……こんな目に……」
キルプロが先程までいた本部。
布で仕切られた一つの
「
完全に子供の泣き言だ。方向性を間違えたナルシストの戯言だ。
「それにしても……あれがユビキタス様の血を引いているとは……」
「しっ。滅多な事を言うな」
「けど、最初からキルプロ様が異端審問やってりゃ簡単に片がついたんじゃないか? それをハルト様が無理言って取り仕切ったんだろ? ただの目立ちたがり屋じゃないか。こんな事になったのもハルト様に一因があるだろう」
「まあな……ランサム公爵は仕切りに隠したがるが、大体半年前での王都での聖戦だって、ハルト様が切欠という噂も――」
二人の会話を遮ったのは、バケツをひっくり返したような豪雨ではなかった。
豪雨が降り始めてから数秒後、背後の
『ドラゴン』
「
ゴォ! と。
背後で火柱が昇った。
近くにいた騎士二人の内、一人は振り返る事さえ出来なかった。
「えっ?」
後ろから甲冑ごと、一本の腕が人体を突き抜けていたのだから。
血飛沫を撒き散らして崩れていく騎士を見て、もうひとりの騎士は萎縮震慄しながら、その雨具に囲われた男の二つ名を口にした。
「あ、あ、
無言で迫る
「あああああああああっ!? なんで、なんでこの本部に入り込んでいるんだ!? 周りは騎士達で固められている筈だ! 他の騎士達は何をやってるんだ!?」
「忙しいってよ」
“他の騎士”がいるであろう別の要所から、爆音が次々に木霊した。他の場所でも同じような破壊が繰り広げられている。
「
「良く分かってんじゃねえか。死ね」
その騎士も、胴体の真ん中を
即死までの刹那、騎士は思い出す。
隠密性にも優れた魔術人形達の必勝パターンとして、要所に潜り込んでは、破壊活動を繰り広げる。
「ハルト様も……既に……!?」
「メッセンジャーの役割は終わった。あの小物にしては十分使えたよ」
炎上する
既に、ハルトは殺された。
それを悟り、騎士は息絶えた。
「シックス。他も焼き払え」
事切れた騎士を投げ捨てる
『マグマ』
「
溶岩は拡散する。
土砂降りの雨を蒸発し、鎮火出来ないくらいに灼熱の地獄絵図で、正統派の陣地を塗りつぶしていく。
炎の中で苦しむ進攻騎士を見ながら、
「シックス。主要な騎士団長、並びに司教を優先的に殺害。一分経ったら
「要請は受諾された。マリーゴールド、ケイ。補助を要請する」
ヒット&アウェイの指示を聞きつけ、胸の魔石を介して離れた仲間と連携を取るシックス。
一方で、雨男の視線はどんな雨でも崩せなさそうな、雨空に鎮座する巨大な白龍を見上げていた。
「俺はあの神話もどきに用がある。テルステル家は、全員殺さなきゃな」
いつだって、雨天決行だ。
■ ■
「……
魔術の上位互換であるスキルの威力は、暗黒の中では一層光って映える。
今の一斉攻撃で、正統派の騎士団達は一気に統率力を失った。ものの十秒で、収拾がつかない程に混乱しつくしている。
しかもキルプロから見えてしまった最悪はそれだけではない。
スイッチから出てきた騎士達を鏡写しにするかの如く――サーバー領の主都“ローカルホスト”の方角から、多数の騎士が進攻騎士団目掛けて突進して来ている。
味方の増援が来るという話は聞いていない。間違いなく敵だ。
馬を手足のように操り、しかし一糸も乱れぬ精密な隊形をしている。明らかに凄腕の統率者が先導している。
「あれは……ラック侯爵……領主が来たというのか!?」
キルプロも情報としては知っている。
サーバー領主のラック=サーバーは今こそは領主に専念しているものの、かつてはサーバー領を護衛する騎士団長として、ヴィルジンやカーネルと互角に戦った実力者だ。
それが引退して久しいというのに、老兵にも関わらず再び戦場に立つのは完全に想定外だ。しかも、げに素晴らしき晴天教会の、“正統派”の敵として参戦したのだ。
『ラック侯爵、どうやら
『ロベリア姫の言う通り、あれは味方だ。
『はっ!』
『現人神ユビキタスよ。サーバーの子らと、私の娘に、どうか加護を!』
その声も、祈りもキルプロには届かない。
しかし指揮系統が混乱している部分を的確に衝かれ、既定路線のように次々と味方が倒されていく。
スイッチにいた騎士達も、これに勘付いて同じ個所を攻めてきている。挟み撃ちだ。
咢のように“正統派”の信徒を、進攻騎士団を食い潰していく。
しかもキルプロが飛び出した直後という、鮮やかなタイミング。
これでは数や質では進攻騎士団の方が上でも、壊滅は時間の問題だ。
「やはり……内通者がいるのか」
内通者がいる。
でなければこんな絶妙なタイミングを狙いすます事は出来ない。
(まさかその内通者こそが
キルプロは思い返す。
ハルトから出たメッセージに苛立って、布陣を飛び出したタイミングで、あの場に誰がいた?
誰だ、誰が内通者だ?
誰が神に逆らった?
疑念が、膨らんでいく。
「面倒だ」
キルプロは思考を止めた。
怒りの熱で、思考が溶けた。
最早一切の慈悲が蒸発した。
「そのような疑いを持たせる事こそが、テルステル家の、いわばユビキタス様への反抗……疑わしいなら、全部改宗する事こそ神託と心得――」
「――御託はそこまでだ。死ね」
翼がはためく音。
白龍では無かった。
「
雨具に狐面。
その手袋で改宗者に触れた途端、改宗者達の制御が効かなくなっていく。キルプロの完璧な改宗用の魔石に、干渉されている。
この魔石に干渉するには、少なくとも例外属性“詠”に精通していなければ、“洗礼”を受けていなければ不可能だ。
「やはり貴様……“洗礼”を受けた……晴天教会の人間……!?」
そのまま護衛を滅ぼしてキルプロまでの道が開くと、
しかし、
「キルプロを認識。排除する」
『TYPE GUN MAGNUM MODE』
「クオリアっ!?」
いつの間に、ここまでの接近を許したというのか。
前方では、フィールを抱きかかえたまま“光を放つ猟銃”をこちらに向けるクオリアが、“キルプロには理解できない
既に
クオリアも
しかし
クオリアも、
初手必殺。前方の人工知能に無駄は無い。
初手必殺。後方の
共に必殺を約束されたオーバーテクノロジーと拳が、キルプロという極点で交わろうとしていた。
「
だが。
その到達よりも早く、使徒は覚醒する。
『心血注いで祷られよ 服従と平伏と心酔を 正しき所作にて示せ 我は代行者 太陽の僕 我が炎はあなたの為にあり 我への服従はあなたへの服従と等しい 楽しみよ去れ 誉れよ行け 世界があなたの心で満たされるならば 何物もあなたには代えられない』
途端、“白龍”のあちこちに填め込まれた無数の魔石が。
真っ赤に、充血する。
「
白龍の周りに突如出現した、空間が捻じれる程の竜巻によって。
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