第222話 人工知能、よろしくお願いします!!!

「“白龍”は……2000年前の存在なのに……生きていたなんて……」


 絶句するフィールの隣で、クオリアはいつものようにルーチンワークの如く、“観察”を開始していた。


 視覚で情報を収集しようにも、月光だけが頼りの夜空にあってはシルエットぐらいしか読み取れない。距離も、人間の可視範囲の限界を超えている。


「状況分析。マグナムモードでの迎撃は有効と判断されるが、“白龍”の無力化が長引く可能性がある。その場合、スイッチを予想できない手段で破壊する可能性がある。また、飛行機能を有している“改宗者”も多数検出」


 さりとて、彼は元人工知能。

 分からないなりに、演算回路を働かせる。


「フィール。この場所にアイナ、スピリト、エスという人間が五分後に到着する。それまであなたは、この場所に待機する事を要請する」

「えっ、あなたは……!?」

「これより、“白龍”の座標へ移動する」


 驚愕したフィールが何かを言う前に、“白龍“に近づいて行う事を平然と述べる。


「キルプロも白龍と同じ座標に存在する可能性は高い。その場合、白龍の索敵範囲に自分クオリアが到達した場合、キルプロを誘導する事が出来る。その後、スイッチから距離を取った上で、キルプロ、白龍を無力化する最適解を算出する」


 何食わぬ顔で再現された神話を見ながら、既定路線の如くキルプロを倒すまでの大まかな道筋を口にするクオリアに、フィールは出かかっていた心配の声を押し戻してしまった。


「……クオリア、フィールはいるか!!」

「アンタら、この恩知らずが! ユビキタスの再来とまで言われたクオリア様と、フィールまで追い出すなんて――!」


 二人の背後が喧しかった。人が群がっている。

 クオリアとフィールに押し寄せようとする人と、それを止めんとする医者や修道女、そして騎士達が入り乱れていた。

 近づいてきたクオリアとフィールを見かけると、押し入ろうとしていた集団の中心から怒号の声が上がる。その中には、スイッチの市長もいた。


「クオリア! フィール! 悪いがこの街から出て行ってくれ! 今すぐにだ!」


 心無い、言葉の暴力だった。

 続けざまに市長は、後ろめたさも含んだ睨みを少年と少女へ容赦なく浴びせる。


「キルプロ様は本気だ……あれは間違いなく晴天経典に登場する、ユビキタス様の御供、“白龍”だ……! このままではスイッチは終わる!」

「ふざけるな!」


 真っすぐな男の声が、殴りつけるように空間へ響き渡った。

 白衣を着た、クオリアがドクターと呼ぶ医者だ。


「子供を追い出して自分達は安全圏だと!? それでも大人か!」

「街の人間でないお前には分からん! 今は綺麗事を言っている時では無い!」

「綺麗事ではない! 子供を守るのは大人の責務だろう!? 仮にこの二人を差し出したとしても、あのキルプロの事だ! サーバー領への見せしめとばかりに、焼いてくるぞ! ならば今から立ち向かう方法をとるべきだ!」

「ならん! この街を見逃してもらえる可能性だってある! 一縷の望みは、クオリアとフィールを生贄に差し出した先にしかない!」

「分かりました!」


 睨み合う医者と市長の口論を、覚悟を決めたフィールが止める。


「私とクオリアは出ていきます。クオリア。つらいけど、許して」

「最適解、変更」


 これから死地に向かえと言われているのに、クオリアには何の表情の変化も無い。


「フィールをスイッチに待機させた場合、フィールへ想定外の攻撃が発生する可能性がある」


 別段クオリアは嫌味を言ったわけではない。機械的に算出した最適解を口にしただけだ。だがその言葉が響いたのか、市長が目を伏せる。


「顔を上げなさい。あなたは何も、間違ってないから」


 しかしそれを、フィールは許さない。市長の眼前に立つと、手を取った。


「……あなたは街の代表として、ユビキタス様から与えられた役割を、果たしたまでです。それを私は責める事はしません」

「……」

「だからどうか、この後もスイッチの人達を、お願い致します」

「……許してくれとは言わん」


 あなたは、誤っている。

 そう突きつける事は簡単だったが、何故かクオリアは言う事が出来なかった。フィールを通じて、その市長が苦渋の決断をしていたことをラーニングしたからかもしれない。


「行こう。クオリア」


 フィールに肩を叩かれ、クオリアも目線を白龍に向けて歩き出した時だった。

 後ろから大勢の足音が聞こえた。

 

「クオリア様! フィールさん!」

「待ってくれ。俺達も戦わせてくれ!」


 甲冑を着た騎士達が押し寄せた。街の外でも、既に騎士達の集結が始まっていた。いつ敵に突撃をかけてもおかしくない状況だ。


「み、皆……」

「クソッタレ、この街の為に身を粉にする娘と、ましてや再来したユビキタス様を放っておいて何が騎士だ!」


 誰もが、恐怖に打ち勝っていた。

 現人神あらびとがみユビキタスの子孫を相手に、立ち向かおうとしている。

 死の救済に逃げたいから、なんて値は読み取れない。

 生きる為に、戦う気だ。

 “みんなで”生きる為に、戦う気だ。


「認識を、変更」


 現人神ユビキタスの名に骨抜きにされた信者しか知らないクオリアにとって、これはあまりに衝撃的なラーニングだった。


「しかし、理解を要請する。自分クオリアはユビキタスではない。あなた達は誤っている」


 空気が読めないと言われようとも、クオリアは自分のスタンスを前置きした上で、続ける。


「本個体は守衛騎士団“ハローワールド”の一員、クオリア。役割は“美味しい顔笑顔”を創る事だ」

「……分かった。だけど、俺達は戦う。ユビキタス様は、いつだって自分の役割を果たす者の味方だ」


 騎士達の瞳に、値の変化は無い。

 彼らも、クオリアがハローワールドとしての役割を果たすように、自らの役割を果たすまでは引き下がらないつもりだ。

クオリアは、説得の無駄を理解した。


「要請を受託する。あなた達は、白龍付近の進攻騎士団の無力化を要請する」

「任せてくれ。確かに“正統派”の進攻騎士団は強すぎるが、この大自然の夜は恐ろしいぞ。土地勘がある俺らなら付け入る隙はある筈だ! 人の利で圧倒されていても、時の利と、地の利は少なくともこちらにある!」


 “正統派”に処刑された同胞たちの仇を取る時だ、と獣人の騎士が意気込んだ。


 一方で、不安げな目線を見せる医者へクオリアが近づく。


「“希望、を捨てて、は、いけな、い”」


 死の淵にいるアイナの隣で反芻していた言葉。

元は、この医者からラーニングした言葉。

それを、未だ不安そうな医者に返した。


「それが、あなたからラーニングした常識だ。自分クオリアはこれに従い、キルプロと、“白龍”を無力化する」


 医者は一度瞬きをする。

 クオリアの肩を、ぽん、と叩く。

 彼もまた、クオリアとフィールを見送る覚悟を決めたようだ。


「……死ぬなよ。帰ってくれば治してやる」


 医者の言葉に、その場にいた全員が頷く。

 突撃を始めた騎士達の流れを見て、フィールが両手を合わせて心からの願いを伝える。


「――どうか、この戦士達に現人神ユビキタス様のご加護があられますように」

「“フィール、にも、みんな、にも、現人神ユビキタス様の、“美味しい”、が、あります、ように”」


 突如隣から聞こえた拙い祈りに、フィールがきょとんとする。


「説明を要請する。祈りの手法に問題点があれば、フィードバックを要請する」

「……ないよ。あるとしたら、君の信仰心くらい?」

「肯定。現人神ユビキタスの存」

「存在はどうせ信じないと言いたいんでしょ?」


 何となく君のパターンっていうのは掴めたよ、とフィールが両肩を竦める。

 だが、祈りという無駄な行為を、クオリアが実施した事こそが問題だった。大問題だ。

 人工知能は、神を理解し得ない筈だったのに。


「この手法の中に、あの騎士達の“美味しい”の手掛かりがあると判断する」

「……?」


 また呆気にとられるフィールの前には、クオリアが差し出した掌があった。


「説明を要請する。あなたは“握手”を理解しているか」

「いやそりゃ知ってるけども」

「仲間となった相手に対して、『よろしくお願いします』とする、祈りと類似した手法だ」

「じゃ、よろしくお願いします!」

「“よろしく、おねがい、しま、す”!」

 

 こうしてクオリアは何の憂いも無く、キルプロと白龍の下へ向かう。

 死の救済なんて未来を、真っ向から否定する為に。

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