第221話 人工知能、白龍の神話を見る②
マリーゴールドの言う通り、フィールは診療所にいた。
先程まで処刑されかけていたのに、いつもと変わらぬ様子で騎士達の包帯が取れかけていれば巻き直し、弱気になっていれば晴天経典を読み聞かせて励ます。
訪れたクオリアに気付くと、フィールも流石に手を止める。
クオリアもまた、大物を倒したというのに昂りを知らない一定の調子で言葉を放つ。
「コネクトデバイスにてエスとスピリトから現在の状況をインプットした。ハルトは
「さっき私を助けたマリーゴールドの仲間?」
「肯定」
神妙な顔をして頷くフィールだったが、自分を助けてくれた
その申し訳なさそうな顔は、クオリアにも向けられた。
「……マリーゴールドにも、そして君にも、今日は助けられてばかりだね。『受けるより与える方が幸いである』……施しは受けるものでは無く与えるものだって、経典でも、そう言っているのに……」
フィールが、おずおずと遠慮がちに口にする。
「必ずこの恩は返すね。何回も何回も命を助けてもらったんだもの……ロベリア王女の事で助けになる以外に、ユビキタス様を信じない君への見返りは、まだ思いつかないけど」
「エラー。あなたを救出したのは、“見返り”と定義されるものが理由ではない」
見返り、恩。人間に転生してから学んだ概念だ。
しかしクオリアが求めているのは、そんな冷たい利益ではない。
「あなたの“
「……クオリア」
ギブアンドテイクなんて概念は人工知能は知らない。ギブだけで構わないのだ。
その先に、クオリアが求める“美味しい”があるのならば。
この修道女が与える“
例え相手が神だろうと、人間の上位存在だろうと。
恐怖なんてバグを走らせる事無く、戦う。何度でも。
かつての人型自律戦闘用アンドロイドという無神論的仕様が由来ではない。
それが、クオリアという人間だからだ。
「……」
「……それよくよく考えたらおかしいよ。私を何回でも救出するって。ずっと私の傍にいる、みたいじゃん……」
フィールはそれこそ神を見たように聞き入っていた。催眠から溶けたように、あるいは新しく催眠を受けたように、顔を焦げるくらいに真っ赤にするまで。
「晴天教会に所属する人間の行動実績から、“正統派”は
「私もそう思う。今スイッチの周りに陣取ってるキルプロ枢機卿は面子を異常に気にする人だし。異端審問から逃れた私達に執着すると思うよ」
「肯定」
「……でも、私達が逃げたら、今度はスイッチが火の海なのは間違いない……! キルプロはそんな感じで、進攻騎士団と共に行った異教徒狩りでも、他国の都市を侵略したの。従わない都市は赤子に至るまで皆殺しにしてる……!」
フィールの“美味しい”を守る為に、スイッチの住民の“美味しい”を犠牲にしたのでは本末転倒だ。
クオリアは、どちらも守る最適解を出していた。
「ねえ。クオリア――キルプロに特攻しようとしてない?」
「肯定」
「……そんな気はした。会って一日もしてないけど、何となく君のパターンは読めたよ。私の“死の救済”を否定しておいて、君は一番死に近い所に行くんだよね」
フィールが自分の豊満な胸を叩きながら、覚悟を決めた様にクオリアを見つめる。
「私も、君の計算に使って」
「それは誤っている。あなたを危険にさらす事になる」
しかしフィールはぐい、とその赤くなった顔をクオリアに。
「死ななきゃいいんでしょ。私だって、死にたくて死ぬつもりは無いよ。ただこの状況で、“全力”を果たさないのはユビキタス様を裏切る事と同じだから。メール公国の心無い人達に親を殺されたばかりの、あの子達だってスイッチにいるから」
「説明を要請する。あなたは何を言っているのか」
途端、クオリアの体を不思議な渦が掠めた。
フィールを中心にして、廻っている。
ストールやハルトと対峙した時と同じ、“ラーニングが困難な、晴天教会特有の魔力”が、例外属性“詠”による使徒回帰と同じパターンで蠢いていた。
「“
その時だった。
『クオリア=サンドボックス、フィール=サーバー。そして
言葉が直接、クオリアの演算回路に印字された。
「エラー。聴覚神経を通さない方法で、信号を受信。コネクトデバイスの異常も確認されていない」
「これ……例外属性“詠”? 私達に言葉を、詠ませてる……!?」
困惑していたのはフィールだけではない。街中の人間が、脳内に直接響く言葉に明らかにたじろいでいた。
『俺はキルプロ=アレッサンドロ・テルステル。現人神ユビキタス様の血を恐れながらも受け継いだ男だ。また、聖地“アポロン”を奪還次第、テルステル家の当主も引き継ぐ者だ』
響く言葉は、声と同じ性質を持っていた。故に、クオリアはラーニングする。
この“詠まされている”声の主、キルプロは――怒りの感情で埋め尽くされた状態にある、と。
純粋な使徒としての戦力のみならば父ランサムにさえ手のつけようがない程に最強である長兄を差し置いて、以降キルプロがテルステル家の管理者となるというのも、事前にクオリアが仕入れた情報の通りだ。
『“私には唯一無二の友がいる。いかなる場面においても思慮深く、いかなる強敵をも打倒し、いかなる状況でも私と共にある。それがこの白龍だ”――ケテルによる福音書1節1章……今俺は、この神話と共にある』
晴天経典の暗唱を聞いた直後、凄まじい突風がクオリアとフィールを包んだ。
押し寄せる空気の大波の大本。クオリアは八時の方向の夜空を見上げた。
昼間の晴天とは打って変わり、雨を滴らせ始めた厚い雲。
その真下で、翼を広げていた。
「巨大な魔物を認識」
周りで同じく翼を持っている改宗者さえ、蠅にしか見えないくらいに真っ白な鱗が特徴の巨大な魔物は、蜥蜴に近い頭部をこちらに向けて飛んでくる。
「……まさか、“白龍”……!? ユビキタス様と共にヴォイトを倒したという!?」
『スイッチの敬虔な信徒よ。クオリアと、フィールと、そして
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