第220話 人工知能、白龍の神話を見る①
大自然を背景に、サーバー領でも屈指の人数を誇る交易の街、スイッチ。
メール公国を始めとした他国も戦火の最中でなければ物と情報を交換する為に訪れ、かつ魔物も少ない豊かな大自然を満喫出来る広大な空間である。
今宵は周りの大自然すらも賑やかに照らされていた。
総勢2万を超える、ランサム公爵の子息が統率する進攻騎士団によって。
大自然に敷かれた完璧な布陣。その最奥にて、ランサム公爵の2番目の子供にしてハルトの兄、“キルプロ”はそれを見上げながら溜息をつく。
「……駄目そうだなぁ……他国の異教徒って素材が良くないのか……」
色素の薄い青色がかった髪が、きめ細やかに真っすぐに伸びていた。目前で虫の息になって吊るされていた褐色の美女よりも、その青年の髪は余程手入れされている。
両手足を縛られた状態で吊るされ、意識が朦朧としていた美女は、体中に“改宗用”の魔石を埋め込まれていた。
その裸体を見て、納得行かない作品が出来てしまった芸術家の如く、キルプロは唸る。
「だけど死なれると絶対上手くいかないし……そもそも、改宗されたって言っても、死体とは流石になぁ……」
もう一度深くため息をすると、魔石を胸の真ん中へと沈ませる。
途端、褐色の美女は白目を剥いて大量の血を天に吐き、そのまま全身が紫色に変色しては膨張し、僅かにあった麗しささえ命と共に潰えたのだった。
キルプロもまた、天を仰いで息を吐く。
「また今回も実験失敗かぁ。“絶世の美女”を創るまで道のりは遠いなぁ。“
「キルプロ様! 大変です!」
騎士団長の一人が、血相を変えてキルプロを呼ぶも、キルプロは振り返る事さえしない。向こう側にある“改宗者”の群れに近づき、何かヒントを求めるように顔を顰めていた。
「後にしろ。何かこう……もう少しで何かが掴めるんだ。戦う為の改宗者じゃなくて、絶世の美女たる改宗者を創る為のアイデアってのが……」
「しかし……」
「いやぁ……親父が後妻にあんな魔性の女を拵えたばかりに、俺も欲が抑えらないんだよ。ルート教皇みたいな世界最高の女、伴侶にしたくてさぁ」
「そ、そうですか」
「おたく、ルート教皇の顔見たことねえから、そんな素っ気ない反応なんだよ」
キルプロが相変わらず“実験”に夢中になりながら語り出したのは、ルート教皇の事だった。
「確かに、教皇は人前に出るときは顔を隠してますからな……」
「それは女性教皇の習わしだ。だがその習わしは、ルート教皇にとっては鞘みたいなものでな」
「と言いますと?」
「ルート教皇は、その美貌のみで世界を掌握できる正真正銘“絶世の美女”だ」
「ルート教皇の御顔……うわさでは聞いた事がありますが、ルート教皇の御顔を見た者は魅了され、そのままずっとルート教皇に服従するのだと」
「いや。魅了されるとか、恋するとかそんなチャチな物じゃない。誠心誠意、ルート教皇の為だけに生きて、ルート教皇の為に死んじまう。あの美貌を真正面から受け止めて、この程度で済んじまうのは俺らテルステル家の使徒くらいだ。お前達じゃマジで骨抜きにされるぜ」
“ルート教皇に匹敵する美人の改宗者”を創る為に、美女達の命を犠牲にする事すら“この程度”と言い捨てる事に、騎士団長も特に何も思わない。異教徒の改宗自体は、“正統派”にとっては賛美される事だからだ。
「親父はその美貌に目を付けた。ルート教皇に群がる権力者もまとめて、
「ええ。神に楯突いたヴィルジン国王を、玉座から引きずり下ろすのが楽しみです」
「その後のケアも忘れちゃいけない。次の敵は多分ルート教皇になる」
「ルート教皇が……?」
「言ったろ。あの女は美貌だけで世界を掌握出来るんだと」
「……教皇にまでなって、更に何を望むと?」
「神だ」
またキャンバスにを書くかの如く、近くに山積みにしていた魔石をキルプロが拾う。それを見ていた騎士団長も併せて、二人は同じ女性の後姿を思い浮かべていた。
優雅たる、“絶世の美女”の背中を。
「それはユビキタス様への背徳であり、俺達テルステル家の存在意義を揺らがせる」
「……」
呆気にとられる騎士団長を尻目に、キルプロは幕の向こう側で縛り上げられていた女性たちを眺める。自由を奪われ、口を開く事さえ封じられている。
“絶世の美女”を創る為の実験を、再開しようとしていた。
「……しかしまずは聖戦だ。直に
不敵に笑いながら、キルプロは魔石と実験体の女とを交互に見る。最早キルプロの頭の中は、実験の事しか頭にないように見えた。
「で? 何の報告? そろそろハルトが異端審問終えてる頃だろ?」
「はい、帰ってきたには帰ってきたのですが……」
「特にクオリアはちゃんと仕留めてくれたかなー。俺があのルート教皇に頭下げてまで免罪符をディードスに持たせたってのになー。あー、ディードスが生きていれば“
「それが……」
「あ?」
言い淀む騎士団長。
キルプロがその無残に敗れた弟を見たのは、直後だった。
「あ、兄上ぇ……」
「……」
キルプロは押し黙った。
全身が傷塗れで、顔は見る影も無く腫れ上がっていたハルトを、ただ見ているだけしか出来なかった。例外属性“恵”による回復すらも叶わぬようだ。
ハルトの唇が動く。
「クオリアも……フィールも……ユビキタス様の御言葉を無視して……許されない……美しくない……」
「……」
「だが、何より許されないのは
「……」
「ど、ど……」
血反吐するほどの傷が痛むからか、それとも恐怖からか、腹部に腕を巻き付けて苦悶の表情を浮かべた。
「どれ、だけ……神の名を使おうが……最早その血は腐り果てている……俺が、望むら、楽園に……腐った果実は……テルステル家は……晴天教会は……いらないって……まずは……キルプロ……おまえだ……って……」
「……」
「あ、あああ、美しくない、美しくない……!! ユビキタス様、
「い、いかん! ハルト様を奥へ運べ!」
群がった信者達が慌てふためくと同時、不気味に体を震わせたハルトはそのまま担がれて奥まで運ばれていく。
「クオリア、フィール、
弟を追う事無く、キルプロは無表情で呟く。
「クオリア、フィール、
突如沈黙する。
一度、深く呼吸する。
地震のように、肩を揺らす。
導火線が走った爆弾のように。
そして。
実質的な晴天教会の支配者の家系たるテルステル家次男、キルプロは――爆発した。
「っざっけんなよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
同一空間にいた騎士達が全員、ぎょっとした眼でキルプロを凝視した。
雄叫びと同時に風が駆け抜け、草原も不自然にウェーブする。
「あの不肖の愚弟がやられたのはどうでもいい!! ただ奴らは一介の騎士の分際でぇ!! 晴天経典も碌に読めねえ修道女の分際でぇ!! アノニマスだか雨男だがしんねえが大罪人の分際でぇ!! テルステル家の歴史に汚泥を塗りたくりやがった!! って事は俺の顔に唾糞尿くっつけたのと同じ事って考えていいわけだよなああああああ!!」
全身の血管がはち切れそうなくらいに怒髪天を衝く。
それくらいにクオリアとフィールの生存は、そして
「俺達テルステル家の存在こそが即ち二千年の歴史を持つ晴天教会そのものだって、誰も届かない神話そのものだって、脳髄に直接叩き込んでも足りねえ下郎がまだこの世にいるってのかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
キルプロの怒りを汲むように、側近の騎士が動く。
「他の騎士団に連絡だ。総攻撃をスイッチに――」
「いやいい。俺一人で行く……。お前らはスイッチから人っ子一人、鼠一匹逃がさねえように包囲網を強化しろ」
「しかし……」
息を荒げながら血走った三白眼を向ける。
「テルステル家が舐められてるなら、俺が軽んじられてるなら、まとめて俺が晴らしてやらねえとな! ユビキタス様の涙を降らす雨雲って奴をよぉ!」
一人で行く。
しかしその断言とは裏腹に、キルプロの周囲には紫色の巨体が群がる。“改宗者”が、百人どころではない。千人も、不気味に秩序を保って、苦行の行進を耐え忍ぶかの如くキルプロについていく。
「ああ、正確には俺一人じゃない。“コレクション”も連れていく」
騎士達は、司教達は思い出す。
“改宗”において、キルプロの右に出る者はいない。
普通の人間ならば改宗は失敗するのに、使徒でさえ一度に従えられる“改宗者”は百人が限界なのに、キルプロのそれは常軌を逸していた。
何せその改宗の原理を応用し、今まさに地面から這い出て、飛翔を開始した巨大な翼竜を創り出したのも、紛う事無きキルプロなのだから。
「あと、俺の最高傑作である白龍も」
果てしない純白の巨体。翼を真横に二つ広げれば、その壮大さは喉を鳴らして仰ぐ以外の感想しか出ない。
その鱗に、何百何千と例外属性“恵”魔石がパズルの如く嵌め込まれている。
「って訳で、ちょっと“ユビキタス様と白龍の神話”、再現してくるわ」
白龍。
キルプロが背に乗ったその怪物の正式名称は、“
神話を人々の脳裏に叩き込む為、同じく“翼”を合成された改宗者千人と共に、スイッチへ飛び立った。
だが憤怒は、キルプロの思考を鈍らせた。
霞掛かった夜空から降り始めた雨にさえ気づかない。
「狙い通り、釣れてくれたな」
総勢二万の手勢の中、雨男が、そもそも直ぐ近くにいた事さえも。
「じゃあ、役立たずの神話を終わらせるぞ」
そして、
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