第219話 人工知能、例え相手が仲良き王女であろうとも
そもそも、タイミングが出来過ぎていた。
ロベリアが消息を絶ったのと同時に、メール公国が攻めてきた。
だが一介の街に過ぎないスイッチに、メール公国の進撃を止められるほどの騎士が集まっていた。
そして“正統派”がこぞって襲撃したタイミングで、スイッチに
ここまでの情報を総括した結果。
晴天教会の“聖戦”と。
サーバー領の騎士の活動と。
そしてロベリアの失踪。
これら四つの動きは、魔法陣の如く互いが互いに
しかしその1ピースである筈のロベリアから、クオリアは何もインプットしていない。ロベリアが何をしているのか分からない。
スピリトにさえ伝えないなんて、明らかに異常だ。
だから。
「クオリア、あなたはロベリアの配下だ。あなたの管理者であるロベリアは、私達に協力している。ならばあなたも、
そんな正論を突きつけられても、クオリアの答えは変わらない。
「それが正しい事かどうか、ロベリアと十分な情報を交換していない」
二人共、終始変わらず無表情だ。張り詰める空気に左右される事無く、兄妹のように淡々と言葉だけをやり取りする。
「クオリア、あなたは、ロベリアに逆らっている。ロベリアを敵として判断するのか」
「あなたは誤っている。ロベリアは確かに
「ロベリアと戦闘する事になっても、矛盾しないのか」
「肯定。必要であればロベリアを無力化する。そして、あなた達
クオリアの瞳に漣は立たない。だが水面の向こうに、演算なんて言葉では測れない心が確かにある。
「それならばクオリア、私はあなたを無力化する必要がある。しかし私は、それを望まない。私達はあなたの行動によって、ディードスの支配から解放された。あなたにも“恩”がある」
「
「クオリア、あなたは理解する必要がある。
辺りの魔術人形達が散り散りになっていく。だがそれを差し置いても、このシックスの言葉をラーニングするべきだとクオリアは判断した。
「それは既にインプットしている。“誰もが明日も生きている”という状態だと認識している。だが、詳細な定義は不明」
「クオリア、あなたは更に理解する必要がある。
「ならばそれらの説明を要請する」
「今は時間が無い為、拒否する。しかしロベリアは、既に楽園“虹の麓”を認識している。クオリア、あなたはロベリアと楽園“虹の麓”について話す事を要請する」
「ロベリアは“虹の麓”に同意しているのか」
「肯定。しかし、それでもあなたが意見を変えない場合、クオリア、あなたは私が無力化する」
『マグマ』
「今はハルトをメッセンジャーにして、“キルプロ”を誘い出す必要がある。楽園の障害となる晴天教会を滅ぼす為に。
胸の魔石が緋色よりもよっぽど熱そうな色に包まれた瞬間、シックスの足元が溶岩で満たされる。そうして崩れた足場から、シックスが落ちていく。
最初から計算して地面を溶かし、モグラの様に地中に逃げ込んだのだ。溶岩塗れの穴だが、“マグマ”の人工魔石を持っているシックスならば問題ないのだろう。
『最後にあなたに、もう一つだけ話す事がある』
穴の向こう側から、シックスの声が聞こえた。
『先程マリーゴールドは恋愛小説から人格を参考に再構築したと言った』
「そう認識している」
『クオリア、一方で私の人格はあなたを参考に再構築したものだ』
■ ■
「……進攻騎士団と全然出くわさなくなったわね」
スピリトが剣を鞘に納めた。“正統派”の司教や進攻騎士が出現しなくなったのだ。
敵がいなくなった理由には心当たりがある。先程までの緊張から一点、僅かに安堵していた街の人間曰く、
「クオリアが使徒である“ハルト=ノーガルド・テルステル”を倒したと情報がありました。それと矛盾していません」
「流石は私の弟子ね。ふふん」
何故か平らな胸を張って、ふんぞり返って見せるスピリト。
一方でエスの無表情ながらに害虫を見る様な眼は、後ろから付いて来る猫耳の少女を監視していた。
「レガシィ。お前の役割は終わりました。意識をアイナに渡す事を強く要請します」
「断る。私の表出時間はまだ残っている」
「表出する必要がありません」
「まあ、待ちなよ」
無表情ながらも、息を荒げて睨みつけるエス。表情も態度も含め、一切が明鏡止水のレガシィ。その二人の間に、スピリトは割って入った。
まずスピリトが説得したのはエスの方だ。
「クオリアは確かにハルトを倒したけど、まだこのスイッチで逃げ回ってるって話もある。それに、スイッチの周りに大軍が布陣してるって話だし。一旦レガシィのままの方が、アイナが安全なのは一理あるよ」
「……」
納得いかない様子で押し黙るエスから目を逸らし、今度はアイナの皮を被ったレガシィを睨みつけた。
「けど、アイナの心は無事って考えていいんだよね?」
「肯定。今の私では、アイナの精神を完全に支配する方法は演算されていない」
「まあ、その辺もクオリアが帰ってきたら詳しく――」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
反響する悲鳴。全員がその方向に顔を向けた。
近い。隣の路地からその大音量は発せられた。
鞘に封じた長剣を再び構え、スピリトは他の二人と共に悲鳴の発生源へ辿り着く。
「う……あ……」
「……あれは、ハルト?」
醜く地面に塗れていたハルトは、その青髪も泥で汚していた。しかしそこから下は更に無残で、体中を切り刻まれたり、電撃が走ったり、強く殴られた形跡が散見される。
一応は整っていたはずの端正な顔立ちも今は昔、腫れあがった状態で血塗れになり、白目を剥いてピクピクしている。とても生きているのが不思議なくらいの虫の息だ。
それを見下ろす魔術人形が二人。
「マリーゴールドとケイを認識しました」
「……まさかこの場面で出くわすのがお前やとは思わんかったぞ。エス。まあええわ」
空色の逆流させたオールバックを髪型とし、クセの強い方言を口調とした魔術人形の少年が、どこか調子悪そうに吐き捨てた。
「……」
マリーゴールドも苛立っているとも、心を消耗したとも言わんばかりの、意気消沈した表情をしていた。
そして、更に奥から足音がする。
『テルステル家、ランサム公爵が三男ハルト……てめぇは直ぐには殺さん。キルプロを誘き出す為の餌……メッセンジャーになってもらう』
まるでスピリト達がいる事なんて露知らずの、ハルトに向けられた呪詛のように低い声。
全身を藍色の雨具に包んだ、狐面。
口が動いているかどうかさえ分からないが、その真っ白な仮面から聞こえた声にエスが反応する。
「服装、声から見て、
『オーシャン』
「
『ライトニング』
「
直後、マリーゴールドとケイがスキルをスピリト達に向けて放った。
スピリト達の前面に炸裂した雷撃や水蒸気が、スピリト達の視界を奪う。
「あれ?」
自由になった時には、
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