第224話 人工知能、ふざけた神話を焚書する①

「最適解、変更」

「え、ちょっ、待っ」


 荷電粒子ビームを捻じ曲げる竜巻が発生する直前、最適解を変更したクオリアは、先んじて白龍とキルプロから距離を取る。

 つまる所、自由落下を開始した。

速度を稼ぎ、垂直から水平方向へ“ドローンアーマー”にて落下の向きを調整する。

 結果、竜巻の致命的な範囲からは免れた。


「うぎゃあああああああああああああああああああ!?」


 ただし、魂を吐き出すようにフィールが叫んでいるのは一旦無視する。


「のわあわわわわわわわばばばばばばばばばばばっ!?」


 人工知能には落下への恐怖が無いものの、ただの修道女であるフィールはそうはいかない。涙目でクオリアにがっしりとしがみ付いて、重力に引っ張られるがままに落ちていくしかない。掠める風のせいで、頬が波打ち酷い事になっている。

 人工知能製ジェットコースター。

 落差、500m。

 人類には早すぎるスリルを、とっくりと堪能した。


「フィールの挙動に異常を認識」


 地面に着地した頃には、フィールは天を仰ぎ見ながら硬直していた。


「ああ、ユビキタス様が見える、ついに死の救済が……」

「あなたの生命活動には異常は無い。あなたは誤っている」

「えっ? あれ?」


 フィールを現実に引き戻す事に成功したので、クオリアは目前で巻き起こっている空気の暴走を見上げた。


「現在前方にて異常な循環気流が発生している。この範囲に入った場合、即座に生命活動が停止する」

「いや待って! なんて規模……! これが白龍の力なの……!?」


 竜巻。

 


 そもそも、竜巻を構成する空気は、“緋色”だった。

 血のように真っ赤に染まった渦は、人間よりも丈夫で巨大な樹木を吸い込むや否や、にして散らしていく。

 例外属性“焚”の魔力も練り込まれているのだろう。

 熱風に焼かれ、凶悪な空気の壁に砕かれる。人体も同じように灰燼と帰する事だろう。


 何千、何万の人間がこぞって風属性の魔術を放ったところで再現不可能な、神話の災害。

 これが、白龍の力。

 更に言えば使徒たるキルプロとの、共同合算。


『Type GUN』


 荷電粒子ビームを白龍や改宗者目掛けて放つが、やはり竜巻に触れた途端流されていく。例外属性“焚”が荷電粒子ビームに干渉できるという特性を考えれば至極当然の結果である。


「わっ! クオリア、あれ!」  


 竜巻の中から投げ出された影。

 放物線を描いて、すぐ近くの地面に激突する。


「……ちっ、意外と硬えな。ジャンプして竜巻の中心から入ればどうにかなると思ったが。そう上手くはいかねえか」

雨男アノニマスを認識。中度の損傷が見られる」

「クオリアか」


 むくりと体を起こすと、体中の骨を鳴らしながら雨男アノニマスは立ち上がった。


「現在、一番優先すべきタスクはキルプロの無力化と認識。雨男アノニマス、あなたに協力を要請する」

「……ウッドホースやヴォイトの時もそうだったが、どうにもてめぇとは敵の敵は何とやら理論が適用されやすいらしいな」


 例外属性“詠”によるテレパシーが、二人の会話を遮る。


『俺を前にして軽口を叩くその姿こそ、神への反逆だ』


 その直後、竜巻が消えた。

 途端、今度は一直線にクオリア達目掛けて、緋の突風が螺旋となって穿たれる。

 人間三人分なんて、簡単に飲み込んでしまう程の大きさだ。


『Type SWORD BARRIER MODE』


 前に立つクオリアが、荷電粒子ビームの膜を前に貼る。

 しかもハルトとの戦闘時に応用した通り、受け止める為のバリアでは無く、受け流すためのバリアだ。

 明後日の方向に逸れる緋色の竜巻を認識する。やり過ごした。

 キルプロから詠まれた声は、意外にも称賛の色が示されていた。


『ほう。異端にも関わらず堂々としているだけの事はある。いいぞ、いい具合に反逆してくれれば、それだけ断罪の瞬間も湧き上がる』

「うわ……」


 フィールの口から、絶望的な声が零れていた。

 何せ、先程の白龍からの攻撃は、ただの目くらましだと気付いたからだ。


 もう既に、“包囲”は完了していた。



『気付いているか? 今お前達の周りに、俺の改宗コレクションを並べといた。全部で1000体いるがな』



 常闇の中でも、よく詠めてしまうキルプロの声。

 それが指し示す通り、“改宗者”が、全方位を覆い隠していた。


 クオリアは思い出す。フィードバックする。

 


「これ……全部改宗者……これだけの人数を、良くも……」

 

 呻くフィールの言う通り。

 見えるのは紫の怪物。

 全て、改宗者。

 まるで取ってつけたような翼で曇天を覆うのも改宗者。

 人の形をすっかり忘れた大樹のような足で地面に立つのも改宗者。

 改宗者、改宗者、改宗者、改宗者、改宗者、改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者改宗者――


 すべて、天空からキルプロに例外属性“恵”という糸で吊るされているだけの、哀れな改宗者だ。


『聞いたぞクオリアよ。かつて一人で100人斬りをやってのけたんだってな。ならばこの試練への足掻きで興じて見せろ。改宗者1000人を、片っ端から斬れるもんならなぁ!』


 高みからの見物を決め込む男の挑発に乗る気は無いが、しかし改宗者を放っておくことは出来ない。

 隙間を潜り抜けてキルプロに到達できたとしても、依然脅威であることに変わりはない。この数がスイッチにでも流れ込もうものならば、大惨事は免れない。


「数が多いだけじゃねえな」


 クオリアに背を向け、同じく改宗者の群れを観察する雨男アノニマスの言葉に、御名答と言わんばかりにキルプロが反応した。


『――その通りだ。この改宗者達にはな、例外属性“焚”緋の力を付与している』


 夜の暗黒は、悉く照らされていた。

 改宗者を包んでいた、によって。

 

 

使!?」


 狼狽えるフィールの言葉がすべてだった。


『そもそも貴様ら如き、“白龍”にすらたどり着けないって話だよ』


 ユビキタスの力とされた例外属性“焚”の使い手が、1000体。

 実質、使徒が1000体。

 それがクオリアと雨男アノニマスに差し向けられた、圧倒的な物量である。


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