第217話 人工知能、銀の弾丸を放つ。

 晴天経典曰く。

 ユビキタスは緋の衣を纏い、数々の神話を渡り歩いたという。


 例外属性“焚”。

 その緋色しゃくねつの、正式名称である。


『耳のある者は聞け 眼のある者は仰げ 我は代行者 太陽の化身にして あまねく禊の聖炎なり 不浄を白日に晒し 晴天の灼熱にくべよう 愛無き大罪で衣が濡れようとも 六と十三の予言と共に 緋色の羽衣が油を注ぐ』


 ハルトが詠んだ福音詠唱ハレルヤは、その神話を再現するための学習不可能ブラックボックスなエネルギーを集約せしめた。

 空気が熱い。空間が熱い。余波が熱い。


聖名わがなは“緋を着る者セブンヘヴン“。ハルト=ノーガルド・テルステル――使徒回帰リライト!」


 神秘さを思わせる、透き通る緋色の羽衣がハルトを包んだ。


「なあ汚物……せめて地獄でこの感動を分かち合え。これが我がテルステル家の使徒にしか使えない、ユビキタス様の代名詞たる“緋”の衣――例外属性“焚”だ!!」


 ハルトが引いた掌に、集約された“緋色”が瞬く。


「汚物は浄化だ。“焚火ドレッド”!!」


 掌を、前に突き出す。

 ゾォ、と。

 空気と地面を溶かしながら、深紅の津波がクオリアに押し寄せた。


『Type SWORD BARRIER MODE』


 左手のフォトンウェポンを荷電粒子ビームの盾に変換して展開する。

 荷電粒子ビーム焚火ドレッドが、灼熱の狭間で削り合う。


「防いだ!? ユビキタス様の力を」


 オーバーテクノロジー。神の力。

 世界の枠に収まらない力の正面衝突が、クオリアの左手の先で広がっていた。

 殺しきれない衝撃が、じり、じりと押しやっていく。


「状況分析」


 太陽の表面を彷彿とさせる緋色で、視界が塞がれた。焚火ドレッドは止め処なくハルトが纏う緋色の羽衣を起点に吹き荒れる。

 何も見えない。

 連続する轟音が、クオリアの上や左右を駆け抜ける。

焚火ドレッドが掠めた地面は溶岩へと変貌する。触れれば間違いなく焚書の如き灰燼どころではない。蒸発する。

 古代魔石“ブラックホール”を除けば、これまでラーニングしてきた魔術現象の中でもずば抜けた威力だ。

 


 普通の人間ならばその壮大さに打ちひしがれるだろうが、そこは元人工知能。

 バリア越しに緋色を見て、観て、視る。

 ラーニングを、続ける。


「だが……優雅にして華麗たる僕の、ユビキタス様の力はこんなものじゃ、ない!」


 焦れたハルトが焚火ドレッドの威力を強めてきた。クオリアの左手にかかる負担も、後退る速度も増していく。


「状況分析。左腕部に中度の損傷在り。また荷電粒子ビームへの負荷が閾値を突破」


 生憎と、クオリアは人間だ。

 バリアモードのフォトンウェポンを支える左腕が遂に砕け始める。

 更に荷電粒子ビームの膜が、突風を受けた傘のように翻って、今にも消滅しそうだ。荷電粒子ビームが逆に消滅する程の灼熱は、この世界に来て初めて認識した。


 そんなクオリアの絶体絶命な状況が伝わったのか、ハルトが勢いに乗って罵倒の口を開いた。


「溶けろ、溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ、溶けろ!! 醜怪!」

「否決する。自分クオリアの生命活動停止は禁則事項だ」


 ぐにゃりと。

 荷電粒子ビームによるバリアの面が、歪んだ。


「何っ!?」


 しかし遂に緋色の濁流が、バリアというダムから決壊したわけではない。

 寧ろバリアの面積は広がっている。、伸びている。

 

 結果、焚火ドレッドという灼熱の津波は、レールの分岐が切り替わったかの如く、まとめて右方向に受け流されていた。


 そして、左方向に隙間が出来た。

 荷電粒子ビームは決壊したのとほぼ同時、クオリアがその方向に退避する。


「予測修正無し」

「このぉ!」


 無傷のクオリアに、再び沸騰する緋色の羽衣から攻撃を穿とうとするハルトだったが、動きが硬直する。


『Type GUN』

「うっ、がっ!?」


 突き刺さる。

 全身を覆う緋色に、今度はクオリアから荷電粒子ビームを撃った。

 中のハルトには届かない。例外属性“焚”で練られた“緋色の羽衣”が防いでいるのだろう。だが衝撃までは押し殺せていない。一発当たる度に、ハルトが苦い顔をする。


「あなたの例外属性“焚”については、既にフィードバックを完了している」

「な、何を、うわっ、攻撃が、出来ないっ!? あっ、あがっ!?」


 ハルトが今まさに動こうとした所に、荷電粒子ビームを的確に叩きつける。

 クオリアがラーニングしたのは、焚火ドレッドの威力だけではない。ハルトがどのようにして焚火ドレッドを放出するか、例えば“焚火ドレッドを放出する為に、一度例外属性“焚”を必要がある”等の行動パターンも解析済みだ。

 。


 クオリアがこの異世界でラーニングしてきた中でも、間違いなく最強の魔術――焚火ドレッド

 一度発動すれば防御と回避で精一杯だが、発動させなければどうという事はない。

 ハルトの挙動に合わせて荷電粒子ビームを撃つだけの簡単な作業の中で、クオリアは最適解を算出する。


「状況分析……」


 クオリアの前には、様々な選択肢がある。

 このまま荷電粒子ビームを同一箇所に刹那の連鎖で撃ち続けるのも、解の一つだ。

 かつてクオリア達を暗殺しようとしたトロイ第零師団、人工魔石“ダイヤモンド”の力を借りていたロッキーの如く、例外属性“焚”であろうと同一箇所に数十発当てればハルトの肉体を融解する事は可能だ。

 もしくはマグナムモードならば、数発で済むかもしれない。

 


 しかしクオリアは、このハルトを生かすつもりだった。

 “心が死ぬ”という理由だけではなく、ハルトからはサーバー領に攻め込もうとしているランサム公爵の思惑を聞き出せる可能性が高いという事もある。スイッチの近くに布陣しているランサム公爵の次男、キルプロの情報も含めて得るものが多い。


 更に、時間の問題もあった。

 この後、クオリアはキルプロの相手もしなければならない。

 更に雨天決行レギオン雨男アノニマスの存在は、はっきり言ってキルプロ以上に無視できない。

 そして置いてきたレガシィが、いつまでもアイナの意識を押さえつけている状況も良くない。


 



 クオリアの脳内で一つの未来が確定した直前、その眼で見た。

 先程まで焚火ドレットに飲み込まれ、溶岩が輝いていた地獄の中心で、溶岩に沈んで尚フォトンウェポンを。



『Type GUN METAL MODE』



 5Dプリントが、右手に翳していた銃型のフォトンウェポンを一瞬だけ照らした。

 だが形の変化はない。ノーマルモードのままだ。


「こ、この、僕をコケにしてくれやがって!」


 これまで荷電粒子ビームに自由を奪われてきたハルトが、青筋をこめかみに宿しながらクオリアを睨みつけていた。


「結局ユビキタス様の力を、例外属性“焚”で編まれたこの緋色の羽衣を貫けないまま、ただいたずらに時間稼ぎをしただけか!」

「あなたは、誤っている」

「……誤っている? この僕が? ユビキタス様を罵倒するのと同じ事だぞ!」

「あなたを取り巻く例外属性“焚”は、次の自分クオリアの行動により事実上無力化される」

「はぁ!?」

「またあなたの発言と挙動に、人間的反応が見られない」

「……?」

「少なくとも、あなたはユビキタスを、階級ヒエラルキーとして最上位に位置すると、認めていない可能性がある」


 クオリアの、ハルトに対する“違和感”の状況分析結果。

 換言すれば、“ハルトは現人神ユビキタスを信仰していない”。

 枢機卿であり、使徒でもあるハルトが、だ。


「お、ぼ、僕の、美しい、信仰心を」


 ハルトの右手に、例外属性“焚”が集約される。


「ぼくの、信仰心を、よくも侮辱したな!! 許さん!」


 怒号と共に今まさに放たんとするハルトに先駆けて、クオリアはフォトンウェポンのトリガーを引く。


 しかし銃口から飛び出たのは、荷電粒子ビームでは無かった。


 螺旋を描いて回転する、


「今更そんなもの!! 僕の信仰心で溶かしてやっ、あっ、あがっ!?」


 最後まで言いかけて、ハルトはようやく気付いたようだ。

 緋色の羽衣に覆われている筈の右肩に、風穴が空いていた事に。


「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「予測修正、無し」


 銀の弾丸は――荷電粒子ビームを浴び続けても全く溶ける事の無い、使

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