第216話 人工知能、神へ宣戦布告する③
「間違いない、王都で見たぞ! ディードスの免罪符も撃ち抜いたクオリアだ!」
「悪名通りの悪行を……枢機卿に怪我を……ええい、魔女ごと魔術で撃ち落としてしま――えっ!?」
寄る辺なき空を我が物とするクオリアへ、攻撃魔術を放つ隙さえ無かった。
クオリアを見上げた瞬間、司教や進攻騎士団の体は
一秒間に数十発の光線を全くの誤射なく放ちながら、降下する。
単純な高さに怯えるフィールに、必死にしがみ付かれながら。
「……本当に、神を恐れない人だよね。クオリアって。これで君もめでたく異端扱いだよ」
「肯定。あなた達が定義する
クオリアは淡白な表情と澄んだ眼で、縮こまるフィールを見た。
明らかに、猛る炎の中に自ら飛び込んだフィールを責めている。
目を逸らし、フィールは正直に返す。
「それでも、火の中に飛び込んだ私の選択肢は間違っていない」
ぎゅっと、クオリアの服を掴む。異端かどうかなんて、関係ない。
「でも、助けてくれて、ありがと」
「……」
「……クオリア?」
返答がない。
振り絞った御礼だったのに、と眉をひそめたフィールがクオリアを見た時だった。
クオリアの眼は、ぐるぐるしていた。
「エラー、エラー……」
フィールの大きな二つの母性が、先程服を引き剥がされた事によってクオリアと殆どゼロ距離で露わになっていた。何もかもを包み込みそうな純白の球体に、完全に心を搔き乱されていた。
「エラー……フィールに不利益を与える行動の為、視覚情報の破棄を……フィールの胸部からの情報を……破棄不可……」
「……やっぱり君、意外と人間よ」
神の審判には恐怖しないが、女の肉体には何故か感情がエラーを起こす。これのフィードバックは出来そうにない。
さりとてフィールも助けられている身。恥辱を我慢しながら、腕で隠すしかなかった。
着地と同時、離れたフィールへ5Dプリントにてフィールの服を元通りにすると、クオリアは自由になった医者達を見た。位置的に、医者達はこのまま逃げ切る事が出来る。
「フィールは
「……死ぬんじゃないぞ。死ななければ、生きることは出来るからな」
医者がそう伝えると、同じく捕らえられていた修道女や子供達を連れて異端審問の場から離れていく。
白衣の背を、進攻騎士が追いかけた。
「逃が……うぉっ!?」
そんなリスクをクオリアが放置する訳がない。
まるでクオリアの左手が独りでに動いているように、別方向を見つつフォトンウェポンから追手の進路を阻むようにして
「フィール。
「分かったけど、まさか君、これ全部倒す気……!? 改宗者もいるんだよ!?」
「肯定。この人間達は脅威と認識している為、ここで無力化する……また、この場には
フィールが疑問符を浮かべていると、途端に周りで人工魔石の光が煌めいた。
「“
不協和音の直後、鼓膜が粉砕しそうな轟音が連続した。
厳粛な異端審問の空間に、怒涛のスキルが乱入し、触れる者をすり潰しては吹き飛ばす。進攻騎士団や正統派の司教が、スキルの嵐に巻き込まれて簡単に吹き飛んでいった。
「うわあああああああああ!!」
500という敵戦力の数が一気に抉れていく。混乱と戦火の中で剣を振るう騎士達も、クオリアの目の前で各個魔術人形に撃破されていった。
「
クオリアの近くに立ったのは、稲妻を迸らせた老人的口調の少女、マリーゴールドだ。特に驚きもないクオリアに、マリーゴールドは人間の様にふっ、と眉をハの字にしながらナイフで晴天教会の人間を仕留める。
「なんじゃ気付いておったか。私らの魔石から、魔力でも零れておったか?」
「否定。他の人間と比べ、あなた達は挙動のパターンの異常があった」
「どうやら私らは未だ演技というものを学習できていない様じゃ」
フィールの処刑に沸き立つ観衆に、一抹のバグがあった事に気付いていた。周りと違う反応を示していた個体がいて、彼ら彼女らが魔術人形である事には辿り着いていた。そのうち何人かは、聖テスタロッテンマリア迷宮で認識していた顔と一致済みだ。
だが
高い確率で、雨具に狐面の怪物が一人いる筈なのだが。
「改宗者はどうした!」
“正統派”の司教がスキルの雨を掻い潜りながら、頼みの綱のキルプロお手製“改宗者”を呼ぶ声をクオリアは認識した。だが改宗者は先程からクオリアも検知出来ない。
クオリアは思い出す。
そもそも飛んできた時に一望した異端審問の周りで、改宗者は機能を停止していなかったか?
そのわけを、マリーゴールドはニヤリとして口にする。
「
やり口は不明だが、
しかし現時点で、クオリアも
「説明を要請する。
「それは答えることは出来んのう。だがこれだけは信頼して良いぞ。儂らの目的も“正統派”たる晴天教会戦力の無力化じゃ。儂らに手を貸せ。今
「提案を受諾する。だがあなた達は古代魔石“ブラックホール”を所持している。晴天教会及び進攻騎士団を無力化次第、古代魔石“ブラックホール”についても追及する」
敵の敵は一旦味方にしておくのが、人工知能の最適解だ。
だがクオリアは忘れていない。
あの古代魔石に、人の善意も悪意も、正しいか誤っているかどうかも関係ない。世界中の“美味しい”を確実に奪うあの古代魔石を、クオリアは発見次第無力化するつもりだ。晴天教会が王都で暴れていなければ、クオリアは
「……私の気持ちをスカッと晴らしてくれた礼に、一つ教えてやろうかの」
クオリアの警告に、マリーゴールドは特に嫌な顔もせず情報を伝えた。
「あれはもう古代魔石“ブラックホール”ではない。大咀嚼ヴォイトの残像はもう出現せんぞ」
「説明を要請する。その詳細を――」
聞くことは出来なかった。
猛烈なエネルギー接近を検知し、フィールを連れてその軌道上から離れた。マリーゴールドもスピリトに勝るとも劣らない敏捷さで“攻撃”を切り抜ける。
地面を深く掘り進みながら駆け抜けた破壊の正体は、ハルトの右手から放たれた緋色の波動だった。
「僕の、僕の、僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の異端審問を良くも、良くも、良くも良くも良くも良くも良くも良くも良くも良くも!! 腐り果てさせてくれたな! この異端者共ォ!!」
例外属性“恵”。
だが憤怒は、穢れの線をその風貌に宿していた。
「許さない、許さないよ! 僕の、僕の美しい体を、僕の異端審問を傷物にした貴様は、断固として許されない! これは神に仇為す事と同じだァ!! 貴様らは神を、現人神ユビキタス様を侮辱したのだ!! 現人神に代わり判決を下す!! 火炙りの上、悪魔のみが住まう地獄へ叩き落としてやる!!」
クオリアは、眼で、耳でハルトという少年の激昂をラーニングする。
クオリアの記憶に蓄積された、“怒った”人間の反応、音声。顔面の細部の変化、全身の挙動、それらと目前の情報を比べる。
結果、こんな演算結果が出た。
「あなたの挙動に異常あり。あなたの発言に、偽りがある可能性が高い」
「はぁ!?」
意味深なクオリアの発言は、更に油を注いだようだ。
にもかかわらず、隣でフィールも可燃材となる指摘をする。
「そうだよ。この男はテルステルの家名を盾にして、ユビキタス様の名を騙り、やりたい放題してるだけだもん! こんなのが、あんなのが“げに素晴らしき晴天教会”だなんてあんまりだよ!!」
「美しくない……この期に及んで、未だ言い訳をするか! ユビキタス様の教えを捻じ曲げ、人々を惑わせている醜い魔女が!!」
「あなたは誤っている」
クオリアはハルトを指差す。
「フィールは人間を惑わせていない。人間が“美味しい”状態になるように行動している。現人神ユビキタスの方針は信頼出来ないが、フィールの“教え”は評価できる」
「……」
「フィールの“教え”を、即ちフィールが信頼する“ユビキタス”を侵害する事は、即ち脅威と判定する十分な理由となる」
「“正統”の教えを……あくまで脅威と言うか」
「肯定」
もしかしたら、正統派の教えのどこかにも、“美味しい”を創る要素があったのかもしれない。しかしクオリアはそんな所に想いを馳せたりしない。
そもそも獣人を除け者にする考えと、愛しき少女が獣人であるクオリアとでは決して相容れる事はない。
「それなら僕が骨の髄まで叩き込んでやるよ。ユビキタス様の美しい血を受け継いだ僕が!! 貴様の様な異端に負ける筈がないんだ!!」
ハルトがどす黒い声で威圧する。完全にクオリアに照準を絞ったようだ。
クオリアの隣で、マリーゴールドが更にナイフを取り出す。
「手を貸すぞ? クオリア。あんな小物に見えても、テルステル家の名前は伊達ではない。“使徒”の中でも、あの血は間違いなく最強格じゃ。しかもあれでテルステル家では一番生温いと聞くから笑えるな」
「マリーゴールド。あなたにはフィールを安全な場所へ移動する事を要請する」
「いい男な回答が帰ってくるとは思わなかったわい。分かった、こっちは魔術人形らしく死んでも依頼を果たそうぞ。安全な場所へ送ったら、後は好きにさせてもらうがの」
「クオリア! これは君にとってはどうせ信用ならないんでしょうけど――」
マリーゴールドに連れられるフィールは、去り際にまた修道女として祈りを捧げる。
「――現人神ユビキタス様のご加護があられますように」
「“あり、がと、う”」
クオリアは身を投じる。
神の血を引いた、使徒たる少年との戦闘に。
「
『Type GUN』
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