第215話 人工知能、神へ宣戦布告する②

「とっとと自白しちまえ……! 自分は魔女だと、悪魔だと、異端だと!」

「うっ……」


 異端審問という料理の前に、下拵えをするのが正統派のやり方だ。

 自分は異端だという言質さえ取れてしまえば、異端審問も手間が省ける。


 司教の持つ鞭が、一斉に空を切る。

 その先端が、フィールの柔肌を真っ赤に傷つけていく。しかしフィールは両腕を縛られたまま、激痛に喘ぐ事しか出来ない。


「……口が裂けても認めない……私は、これまでの私の行いは、ユビキタス様の御心と共にあった……!  異端はあなた達“正統”の方よ!」


 眼鏡の下でフィールは涙しながらも、も決して屈しない。寧ろ自分を取り囲む男達へ、噛みつくような素振りさえ見せている。


「随分と貞潔を主張するのだな」


 司教はフィールの体に目を向ける。少女の顔に似つかわしくない、完成されたプロポーションが僧衣の布に覆われている。清貧さを示すための僧衣でさえ、男性を邪に誘導する豊かな双乳の輪郭は隠しきれない。

 拷問を執り行う司教が次に手を伸ばしたのは、僧衣の襟だった。


「だがその姦淫さで、どれだけ自然に悖る情欲を男から引き出したのだ?」


 襟から、一気に僧衣が裂かれた。


「やっ……」


 たわわな白い双乳が男達の視線に現れる。

 勢いと重力に合わせて、上下に柔らかな球体が揺れた。

 腕は縛られ、隠す事も出来ずに露わになった双乳を、司教が舌なめずりしながらまじまじと凝視してくる。


「恥じらうフリをするな……今から俺が異端たる本性を引き出してみせるさ。処女かどうか、ここにいる皆で確かめようじゃないか」

「やめておけ。いかに異端と言えど、女性の美を損ねる事をするな」


 やってきたハルトの声に、全員の手が止まる。だらしなかった司教の顔が、一様に引き締まる。歳も相当下である筈のハルトに、恐怖心を抱いている。

 対称的にフィールは、ハルトに顎を上げられると寧ろ睨み返した。


「いいねぇ……神が怒ろうとも、その眼に曇りは無さそうだ。僕は好みだよ。僕は君の雄姿を讃え、一つ道を示そうと思う」

「道……?」

「“兄上”の眼に狂いはない。この町には、許されざる異端がいる筈だ。あのクオリアという破壊者と、もう一人、その奇跡に肖った不幸な異端が」


 その不幸な異端がフィールとでも言わんばかりに胡乱に見つめると、配下の司教に目配せをして、フィールを外に連れ出した。


「つまり異端は二人いる筈だ。。つまり、もし君が異端でないとしたら……君と一緒に捕まった修道女や、医者や……あるいは子供達の中に居るって事に

「……っ!?」


 異端審問の会場は完成していた。異端審問官が小槌を鳴らしながら審判を下す机と、被告たるフィールが立つ中心。そして山積した薪と、その中心で天に伸びている杭――火炙りの刑の準備まで完了していた。

 ニタニタと笑いながら見物していた騎士や司教が、外周を埋めている。


「フィール……いいか、異端などと認めてはいけない」

「フィール様ぁぁ……」


 仲間達も、この異端審問の場に連行されていた。

 フィールと共に傷付いた騎士を治した医者も、共に布教活動を続ける仲間の修道女達も、そして先程助けた子供達も、老若男女関係なく進攻騎士が囲んでその自由を奪い取っていた。

 既に、“人質”は有り余る程揃っている。


()


 フィールはその時、ようやく息が詰まりそうになった。

 隣でにこやかにしているハルトの視線に、ここまでして“自白”を引き出そうとする“正統”のやり方に、肺が握りつぶされそうになっていた。


「さあ、始めようよ。異端審問を」


 すっかり怯え切ったフィールは異端審問の中心に立たされる。

 前に判決を下す高齢の大司教。特等席にハルト枢機卿。

 更にその二人の後ろ、この裁判が神を代行している事を示す、現人神“ユビキタス”かつ晴天教会のシンボルである、太陽の石像が掲げられていた。

 

「異端だ!! 異端だ!!」

「早く火炙りにしてしまえ!!」


 取り囲む“正統”の司教や進攻騎士団の野次が、既に意気消沈しきっていたフィールに突き刺さる。もう自分の胸がはだけている事にさえ、気が回らない。

 大司教が静粛を求めて小槌を鳴らし、短刀直入にフィールへその咎を尋ねる。


「フィール=サーバー。汝は人の身でありながら、クオリア=サンドボックスと共謀してユビキタス様を騙り、空飛ぶ船というを行い、人々を惑わせた。また多くの地にて、ユビキタス様の御意志である晴天経典の教えを、歪曲して伝えた……間違いはないな?」


 はい、と言えば異端としてこの世で最もつらい焼死が待っている。

 いいえ、と言えばその責め苦を、後ろで歯がゆく見つめている医者達が負う。


 最初からフィールには、一択しかなかった。

 猛る焔に、生きたまま焼かれるしかない。その前に自らを異端だと公言するしかない。こんな責め苦がこの世にあったとは、フィールも想像していなかった。


(死は救済、死は救済、死は救済、死は救済、死は救済)


 衆人環視の中で、フィールはただ天を仰いで呟く。覚悟を決める。

 

 だから、火炙りなんて怖くない。役割は全て果たした。これでユビキタスの御許に行けるはずだ。

 そう自分に言い聞かせながら、伝う冷や汗を必死に誤魔化していると――気付けば隣にハルトが小癪な笑顔で佇んでいた。


「一つだけ、君も、君を慕う者も、助かる方法がある……」


 自分にしか伝わらない声に、フィールは思わず振り向いた。


「……」

「父上も良く言う。このテルステル家の血は、一切穢してはならないと。拷問官あの司教は全く馬鹿だ。触れられた男の数だけ、女の体は美を失うというのに……」


 求愛の様に仰々しく両肩を開きながら、ハルトは先程フィールを助けた理由もペラペラと口にする。自己陶酔とはまさにこのことだ。


「……だから、さっき止めたのね」

「他の男には触れさせん。君は、異端という過去を背負って尚有り余る絶世の美女だ……それはきっと、ユビキタス様が手ずから君に与えた美貌だ。我らがテルステル家の血を清くするため、テルステルの良き子を産む為のな」


 それを聞いて、フィールは僅かに頬を吊り上げた。ハルトも呼応して、思わず声に出して笑い始めていた。

 ゆっくりと、フィールはハルトへ心の内を告げた。



 ハルトの表情が固まる。


「私があなたの妻となるか否かで、異端審問の結果が変わる? 神の代行とはいえ、あなた如き人間が、何を言っているの?」

「なに?」

「ユビキタス様は絶対にして完全なる存在。私達不完全な人間には計り知れない判断基準がある。その判断基準は晴天経典にのみ書かれており、誘惑も傲慢も知らないユビキタス様は、それ以外の判断基準で救いの可否を変えたりしない!」


 ハルトの表情が、秒刻みで歪んでいく。最早滑稽だった。

 フィールは止まらない。止まる訳にはいかない。自分の信仰心にかけて、堂々と“自白”する。


「それがあなた達にとって異端だっていうんなら喜んで異端って言うよ! だってあなた達が仰いでいるのはユビキタス様じゃなくて、自分の醜い欲望でしかないんだから!」

「じ、自白した!! 自白した!! この女フィールを、異端たる悪魔として火炙りにするのだ!!」


 大司教の小槌が何度も高い音を奏でた。大きな髭に覆われた口が、神に代わって容赦ない判決を下す。

 それを聞いても、小馬鹿にしたような笑いしかフィールには出ない。


「正直私も驚きよ……とことんユビキタス様を否定するようなクオリアの方が、枢機卿で、“使徒”で、しかもユビキタス様の血を引いでいると言われたあなたよりも!! 何百万倍も美しく見えるなんてね!!」

「言わせておけば……!! 僕を、テルステル家を侮辱するとは何たる事だ!! 醜い奴め!!」


 先程フィールを手籠めにしようとした司教が、火炙りにする名目でフィールに歩み寄ってくる。茹蛸の様に顔を赤くするハルトも、今度は止めようとしない。このままでは今度こそ、フィールの生まれたままの姿を衆人に晒す羽目になるのだろう。

 だが、勿論そんな事は御免だった。この腐れ切った“正統”の炎で焼かれる事さえも。


「私を焙る炎くらい、私に作らせてよ」


 と言うと、背後にあった火炙り用の薪に炎魔術をぶつける。忽ち火は炎となり、反乱の狼煙の如く黒煙を巻き上げていた。

 

「私を弄びたいのなら、黒焦げの死体とでもどうぞ……!」


 歯を食いしばり、口を真一文字に閉じる。そして猛る炎へと、自ら後ろ向きに歩いて近づく。

 目前で罵声を浴びせながら、こちらに向かってくる男達などどうでもよかった。


 フィールの目に映るは、ユビキタスのシンボルたる太陽の石像。

 フィールの脳裏で駆けるは、クオリアという少年の、後姿。


 ――そんなフィールを、歯軋りしながら見ていた魔術人形がいた。


雨男アノニマス様、まだか……!?』


 雨具のフードを被りながら群衆に紛れていた、マリーゴールドだった。

 “合図”を待てず、今にも飛び掛かりそうな彼女を、胸の魔石に届いた声が止める。


『マリーゴールド、助ける必要は無くなった』

『なんじゃと?』

『来ちまった。


 マリーゴールドは思わず、夜空を見上げた。

 丁度、荷電粒子ビームという流星群が降り注いでいた。



『Type GUN』



 空から降ってきた荷電粒子ビームは全部で39発。

 内24発が医者と修道女と子供達を取り囲む騎士を無力化。

 内14発がフィールの近くにいた脅威を無力化。ハルトも右肩に風穴を空ける結果となった。

 内1発が、フィールの体を弄ぼうとした司教の伸びた手を貫通し、更に股間まで融解した。


「が、が、が――」


 光線に去勢され、倒れた司教の目前で、既にフィールはその身を業火の中へと投じていた。


「うえっ!?」


 フィールの体は宙を浮く。空飛ぶ奇跡は二度起きる。

 一切火傷も無く純潔なままのフィールは、横向きに抱えられていた。


「フィール、医者ドクターを始めとした生命活動の維持を認識」

「クオリア……」

「フィール、理解を要請する」


 “空飛ぶ鎧ドローンアーマー”によって、クオリアは重力に逆らう。

 フィールの火刑という、神の決定にも逆らう。

 フィールが拠所とする、死の救済にも逆らう。

 人工知能は全てに逆らって、自分だけの解を出す。


「あなたが“死は救済”の方針を変えないならば、いかなる時も自分クオリアはあなたを“死”から救出する。あなたに“死の救済”は実行させない」

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