第214話 人工知能、神へ宣戦布告する①
その夜は、メール公国が突如奇襲を仕掛けてきた昼よりも、一層絶望感に沈んでいた。スイッチから一望できる山々に、篝火が魔物の眼光の如く無数に灯っていたからだ。
晴天教会において最も畏怖すべき“テルステル家“がその中心で指揮をとっている。それだけで、スイッチの人間は震え上がる。
テルステル家。
ランサム公爵を当主とする、現人神“ユビキタス”の血を継いでいると言われる一族。
同時に、 “正統”として苛烈な聖職一族でもある。
「あ、ああ……」
スイッチの大自然を埋め尽くす篝火が、ほんの一部だけ街に入った。
同じ王国の甲冑を纏った五百名程の騎士団を見て、スイッチの人間は誰もが息をする事さえ忘れる。皆一秒後に自分の首が繋がっているのか、それすらも分からないくらいに不安に潰されそうになっていた。
何せサーバー領は、”正統”とは晴天経典の解釈がまるで違うのだから。いつサーバー領そのものが“異端”扱いされてもおかしくなかったのだから。
(遂に……“正統”が本腰を上げてサーバー領を潰しに来た……)
そして、“改宗者”達の中心に、“ランサム公爵の三男”を見つけただけで、誰もが死を覚悟する。
「なんだ? まるで御伽噺の魔王にでも出くわしたような顔をするじゃないか。美しくない。顔を上げろ」
若干15歳の少年は“枢機卿”にも関わらず、質素な聖衣を身に着けていなかった。
精巧に金と宝石で飾った衣装を纏い、権威というものを余すところなく醸し出している。その装飾に彩られた端正な顔立ちの頭上には、光沢に満ちた海色の髪が切り揃えられていた。
ハルト=ノーガルド・テルステル。
テルステル家三男は、スイッチ全体へ告げる。
「スイッチの代表たる市長とは話が付いている。この耽美な大自然と調和した街を、無用な血で汚したくはない。何より君たちは、同じユビキタス様を母とする美しい兄弟とさえ思っているのだから」
許された。自らの命が助かると、僅かに顔を見せた希望に縋るスイッチの人間は、思わず顔を上げてハルトという少年を見上げた。
しかしハルトは、相変わらず侮った眼で見下している。
「だが我が聖戦の友であるメール公国の騎士達を殺した事は美しくない。一番多く殺したクオリア――そしてクオリアが騙った“空飛ぶ舟”のいかさまに手を貸したフィールという魔女もね」
「あ、ああ……」
「この二人をキルプロ兄上の命れっ……おっと」
言い直すも遅い。そして、とても逆らえない。
今、このスイッチへ手を伸ばしているテルステル家は、ハルトだけではないのだ。
篝火で恐怖を煽る夜闇のあの大軍を率いているのは、まさに暴君たるテルステル家次男“キルプロ”なのだ。
「この二人を現人神ユビキタス様の名の下に、確実に異端審問へ掛ける必要がある。隠匿する汚物は……消毒しなくては」
■ ■
「
『ああ。俺もさっき知った』
マリーゴールドは、スイッチに濁流の如く押し寄せた進攻騎士団を、雨具で自身の顔を隠しながら遠巻きに見ていた。
その中に、縄に繋がれたフィールを見た。医者らしき男性や、仲間と思われる修道女も同じく束縛され、連れられていく。
“
魔石を介したネットワークのおかげで、
『救出のチャンスは異端審問の場だ。マリーゴールドがフィールを救出次第、“
『承諾した。ケイ、あなたに補佐を要求する』
『ええで。ついでにマリーゴールドがとちったら尻拭いしたるわ』
「儂のスピードを忘れたのか? 電気椅子の刑にされたくなかったら妙な方言のチャックを閉じる事じゃな」
魔石を介した人間らしい冗談が入り混じるが、マリーゴールドがフィールを見つめる物憂げな目線は変わらず終いだった。
「
『心配不要だ。今回は俺も中に潜り込んでいる。もしその時が来たら、俺が何とかする』
「女の敵を許さぬお前様も、儂は惚れ惚れして仕方ないわい」
『それから、もう一つ。もしかしたらクオリアがフィールを救出に来る可能性がある。その時はクオリアを利用しつつ、スイッチに入った“正統”の晴天教会の人間……忌々しいユビキタスの血を継いだ“ハルト”も含めて潰せ』
次第に
ここから先は、ずっと
『忘れるな。俺達は楽園を創る。楽園に“げに素晴らしき晴天教会”は、いらない』
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