第213話 人工知能、と人工知能の衝突
実際、四人でサーバー領に来るのは最適解では無い。
本来ならばクオリアとスピリト、二人で来るのが最適解だった。
“クオリアの心の監視”を役割にしているとはいえ、戦闘が出来ないアイナは無理に来させるべきではなかった。エスも残しておけば、王都でアイナは危険にさらされる事無く、一番安全な状態でいられた。
だがアイナをここに呼ばざるを得なかった、予測不可能の理由が、目の前で覚醒した。
“レガシィ”。
かつてシャットダウンを管理していた人工知能の存在だ。
「シャットダウン。再度説明を要請する。何故この脅威の消去を阻害したのか」
一切の起伏が感じ取れない無機的な面様をクオリアに向ける。声も、ただ用意された言葉を発しただけの無味乾燥なものだった。
実際、アイナの肉体を駆るレガシィの動きこそが、最
転生したての頃、アロウズに対して即排除を試みたクオリアと同じように、最短経路での殺戮プロトコルを実行する“べき”だ。
「更に、生命活動を停止するべきではない理由がある」
だが人は、“べき”の最適解だけでは生きられない。
「過剰に生命活動の停止を行えば、アイナは“心が死ぬ”」
「それは推奨されるべき事だ」
要約。アイナの心が潰れて、“死んで”しまっても問題はない。
懸念していた最悪の事態が顔を見せていた。
“レガシィ”は、肉体の所有権をアイナに取って代わろうとしていたのだ。
それを聞いたエスの表情の瞳が今回ばかりは雑味に溢れて、レガシィを睨みつける。
「レガシィ、アイナに意識を明け渡す事を強く要請します。お前の存在はアイナにとっては非常に有害です」
「貴様は矛盾している。私がこの個体を制御した方が有益であると判断する。
「お前は誤っています。強く誤っています。その体は、断じてアイナのものです……!」
だがエスはそれ以上踏み込めない。いつもの様に“ガイア”のスキルを発動して脅威を制圧する事が出来ない。今目前にある肉体は、紛れもなくアイナだからだ。
それは、クオリアも同じだ。5Dプリントによる
だからといって、無駄だと理解したからといって、クオリアもそれだけで踏み留る程に、人工知能としての性は残っていない。
「あなたの説明は、アイナが消失して良い理由にはならない。そもそもアイナが消失して良い理由は一切存在しない」
「繰り返す。私の方が有益だ」
「説明を要請する。あなたはこれまでアイナに代わって何故ログインしなかったのか。また、何故このタイミングでログインしたのか」
「現在、アイナの支配権を一時的にのみしか取得できない為、この世界の情報をラーニングしつつ、最善解を構築している。だがこの
「……今後の行動における最適解を演算」
そう呟くクオリアが見たのは、完全にレガシィへと
「スピリト。
「え? あ、うん? アイナの事はいいの?」
「クオリア、再考を要請します! アイナからレガシィを除外しなければ、アイナの意識が戻らなくなる可能性が高いです! 私はそれを強く否定します!」
薄い表情の中に迫る鬼気を孕ませるエス。
一方でクオリアは冷静に演算を走らせていた。
「エス、理解を要請する。現時点では、レガシィはアイナの意識を上書きする事が出来ないと判断。その為、この懸念は一旦優先度を落とす」
元の世界で唯一の味方であった人工知能“レガシィ”の情報は、クオリアになっても蓄積されたままだ。レガシィの思惑は、クオリアにも読みやすい。
だからこそ、アイナが危険な状況にない事も読み取れた。まだレガシィには、アイナの肉体の主導権を完全に奪い取れる力が無いのは予測できる。
寧ろ、“正統派”の脅威が犇めく状況においては、レガシィにログインしてもらっていた方が、都合がいい。
「レガシィならば、アイナへの攻撃へ対応すると判断する」
「肯定。私もこの
「しかしあなたに、私は警告する」
クオリアの瞳の宇宙に、ビックバンの様に確固たる意志が宿る。
「もし想定に反しあなたがアイナの意識を消失可能とした場合、如何なる応用手段を使用してでも、レガシィ、あなたの機能を排除する」
「それは不可能だ。人間の“意識”に干渉する方法は、シャットダウンでは算出不可能だ」
「理解している。だからシャットダウンは“クオリア”をアンインストールしきれなかった。しかしそれは、アイナの“美味しい”を諦める理由にはならない」
「“美味しい”の使用方法が矛盾している。シャットダウン。貴様は人間に転生して、スペック低下だけでなく、思考ルーチンに明らかな異常を発生させている」
「その異常は、人間の場合は正常だ」
平行線の話に決着をつけることなく、クオリアはフィールの下へ向かう事にした。
異端審問の情報は駆けながらラーニングする。こうしている間にも、フィールが火炙りにされているかもしれない。そうなってからでは遅い。
しかしその背中へ、レガシィは声を掛ける。
「もう一件の説明をリクエストする。フィールという存在は貴様にとって、アイナよりも優先度が低いと認識する。また、フィールは“宗教”に傾倒していると認識している。しかし
「肯定」
「現在の貴様の役割と、矛盾している。貴様はリスクを拡大させている」
「レガシィ。
「クオリア。ならばフィールは救うべきではないと判断する」
「レガシィ。あなたは誤っている」
人工知能から人工知能へ。
人間に転生した者から、人間に転生した者へ。
クオリアは諭す。自分の体でラーニングした事を伝える。
「フィールは、そのリスクには当てはまらないと判断する。フィールはユビキタスの教えを利用し、“美味しい”を創っていた。
だからクオリアは、修道女を救う事にした。
「そしてアイナの“美味しい”も救う。フィールの“美味しい”も救う。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
そんな言葉は、クオリアには登録されていない。
ヴィルジンの言うような“犠牲”を出す事を、人工知能は良しとしない。
「また、
「それは何か」
「“死の救済”」
クオリアは、その言葉を最後に、まずは異端審問の会場を探しに、戸惑いの街中へと駆け抜けていった。
ここでスピリトは、クオリアの行動にうんと頷きながらも、未だエスが監視する様に睨みつけているアイナ――を現在支配しているレガシィに、一点疑問符を浮かべていた。
(……このレガシィも人類が滅びた後に創られたっていう“じんこうちのー”よね? それにしては、人間に詳しいような……単純にアイナの中からこの一ヶ月、“らーにんぐ”してたってんなら納得だけど、なんかこう、腑に落ちないというか……)
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