第212話 人工知能、再び目覚める

「……勿論行っちゃ駄目だよ。クオリア。“正統派”による異端審問で、異端ではありませんでしたなんて判決、出た事無いから」


 異端審問。

 その言葉を聞いた途端、クオリアの裾を掴んだのはスピリトだった。


「説明を要請する。異端審問とは何か」

「……晴天教会が体よく邪魔者を消すための、名ばかりの儀式よ」

「聞き捨てなりませんな、スピリト第三王女。異端審問こそ悪魔、魔女たる異端を根絶する絶対にして唯一の方法。そんな無知を晒して、ルート教皇の御顔に泥を塗るのは頂けませんな」

「はぁ? ルートアレこそ魔女でしょ」


 第三王女であるスピリトにも畏怖していない様子で、ピエーは両肩を竦める。


「絶対行っちゃだめです」


 狼狽えるアイナの手も、クオリアの腕を頼りなく掴む。

勿論合理的に演算しても、この異端審問は拒絶するべきだと、クオリアの中で最低機械は簡単に出た。


「法と定義されるルールに違反し、一方的に生命活動の停止を行うべきではない」

「現人神に俗世の乱雑な掟など通用せぬ」

「それは、“免罪符”と同等のものと理解する。あなたは誤っている」

「神の推し量りを理解せぬか、この異端めが、正体を現したな……。


 精悍な顔つきであったクオリアの眉が一瞬だけ揺らぐ。無視できない情報が、ピエーからの言葉に紛れていた。


「説明を要請する。フィールをあなた達はどうしたのか」

「異端審問の移動裁判所に収監したよ。罪を自白せしめる拷問は、そろそろだろうな……」

「何故フィールを異端審問の対象とするのか」

「あの女もお前と同罪だ。お前という異端に誑かされ、“空飛ぶ船”に乗ってユビキタス様の真似事をして、ユビキタス様を侮辱したのだからな」

「ちょっと待ってよ……そんな意味不明過ぎる理屈で異端認定しようっての!?」

「さあクオリア。今から弁解の言葉でも考えておくのだな。上手くいけばこの者共の様に、“改宗”してもらえるかもしれぬぞ? この“キルプロ”様の“改宗者コレクション”のように」

「キルプロ……ランサム公爵の次男ね」

「あの方は改宗のスペシャリストだ。“改宗”のみならば、ランサム様さえも凌ぐ。ここにいる“改宗者”たちでさえ、コレクションのほんの一握りに過ぎない。さあ、私はその威力を今ここで確かめるとしよう……」


 ピエーが指を鳴らす。


「やれ! 例え灰になろうと異端審問は可能だ、遠慮はいらない! !


 一体の“改宗者”の前に強力な火球が出現する。


「……こんなの、人間で出せる魔術じゃないでしょ……」


 魔術と言うより、スキルだった。人では到達し得ない、高濃度の魔力と灼熱で構成された火球だ。

 改宗の影響で、魔力まで桁違いに膨れ上がっている。


『Type GUN』


 だが人工知能もまた、灼熱のオーバーテクノロジーを使う。

 荷電粒子ビームが、火炎を貫通した。

 ぽっかりと穴の開いた火炎は千切れる様に小さくなっていき、特に狼狽もしないクオリアの目前で完全に消失したのだった。


「な、なんだと……」


 ピエーから僅かに余裕が失せる。

 その冷や汗に塗れ始めた顔に向かい、銃口は向けられる。


「あなたを早急に無力化し、フィールの救出タスクを実行する」

「何を……これだけの改宗者と進攻騎士団がいるのだぞ!?」

「では、無力化します」

『ガイア』


 エスの人工魔石が、緑色に瞬く。


魔石回帰リバース――魔石“ガイア”によるスキル深層出力、大地讃頌ドメインツリーを発動します」


 改宗者が皆、突如地面から湧き出た無数の枝に締め付けられた。怪物なみの力を持ってしても、全身を縛り付ける枝は千切れない。一層肉に食い込み、改宗者の自由を完全に奪う。


「馬鹿な……キルプロ様から頂いた改宗者が……」

「ピエー。私は先程から、お前の発言の意味を理解する事が出来ません。ただし『地球を汚す呪われた血たる獣人』の意味は検出できました。それはアイナを侮辱したとして、最優先で無力化の理由になります」


 人形の様に整いながらも淡々とした顔に、しかし容赦ない雰囲気が込められていた。


「また“改宗者”が魔石によって動いているのならば、“桜咲クハニーポット”が有効です。魔石“ガイア”によるスキル深層出力“桜咲クハニーポット”を発動します」


 醜怪な紫色の巨体を十分に彩る、満開の桜が改宗者の周りで咲き誇る。

 それが例外属性“恵”というブラックボックス的魔力であろうと関係なく、花の養分となった改宗者達は皆、元の肌色を取り戻した上で再び永眠に着く。


「……」


 絶句するしかないピエーの背後で、別の血飛沫が舞う。


「ぐふ……強い……」


 いつの間にかピエーの背後を取っていたスピリト。

 辺りの地面は、切り伏せた進攻騎士団の体と血ですっかり舗装されていた。


 その名は聖剣聖。

 万全な状態ならば、百人斬りさえ朝飯前だ。


晴天教会あんたらに言葉が通じないのはよーく分かってるから。だったらこっちも容赦しないっての」

「く、くそ……!」


 時間を刻むごとに次々と進攻騎士団が斬られていくのを尻目に、ピエーは先程までの余裕をかなぐり捨てて、逃走を始めた。脇道の路地へと入り、建物がその姿を遮る。

完全にクオリア達の死角に入った。


 しかし、クオリアは元人工知能。

 敵の姿が見えなければ照準を合わせられない、なんて事は一切ない。

 


『Type GUN』

「ぴえっ」


 光線が、建物を貫通する。

 そしてのピエーの脚も、的確に荷電粒子ビームが撃ち抜く。


「アイナ。自分クオリアの半径10m以内に留まることを要請する」

「はい」


 アイナがまた混乱の中で刺されないように、またアイナもクオリアが安心できるように、互いに手を繋いで共に移動する。

 そして一切の予測修正も無く、路地の向こう側でピエーが脚を抑えてのたうち回っていた。


「馬鹿な……建物越しに、こちらの動きが分かるというのか……」

「あなたの動きは既にラーニング済みだ。どの時点で、脚部がどの座標にあるか予測する事に障害はない。フィールの情報を要請する。フィールはどこで異端審問にかけられるのか」

(く、くそ、守衛騎士団“ハローワールド”……まさかここまでの化物揃いとは……)


 ――フォトンウェポンを突きつけられたピエーは、フォトンウェポンを構えるクオリアの向こう側の、味方が全滅した醜態を見て歯軋りするしかなかった。

改宗者はエスによって無力化され、進攻騎士はスピリトによって斬り伏せられた。

恐怖に震える手で、思わず自らが這いつくばっていた土を握りしめる。


(このままおめおめと帰っては、テルステル一族に潰される……)


 ピエーが見たのは、クオリアの隣に居るアイナだ。

 晴天経典では、ユビキタスが救うべき“人”に定義されない種族だ。


(“呪われた血”の首を持って帰れば、神も寛容を見せてくれよう……!)


 風穴の空いた脚に鞭打ち、隠し持っていた刃を煌めかせ、佇む猫耳の少女目掛けて立ち上がる。


「獣人め! 死ねええええええええええええええ!!」

「予測修正、無し」


 一方、ピエーの短絡的な突進をクオリアが予測していない訳も無く。

 アイナを庇う様に立ち塞がり、迫る必死の形相に向かって銃口を突きつける。


「アイナ」


 しかし、流石に予測できなかった。

 アイナが、前に出た。


「アイナ、停止を要請す――」





 ピエーの渾身の突きを、僅かに体を捻るだけでアイナが避ける。

 しかも同時に、左脚を前に突き出していた。

 結果、アイナの左爪先とピエーの鳩尾が衝突する。くの字にピエーの体が折れ曲がる。


「おご、ごが、がば……」


 内臓が飛び出るかの如く腹部を抑えながら、泡を吹いて蹲る。脚を射貫かれた痛みも合わさって、そのまま泡を吹いて意識を失っていた。

 一方ピエーが手放した剣を、アイナは右手で拾い上げた。


「エネミーダウン。脅威をする」


 単純作業だった。

 刃は、痙攣するピエーのうなじ目掛けて振り下ろされた。


『Type SWORD』


 アイナの動きは止まる。

 右手の刃が、突き抜けた荷電粒子ビームに根元から融解されたのだ。


「……理解を要請する。この人間からは情報を取得する為、排除は推奨されない」


 いつもの愛らしさは、アイナの中から消失していた。

 冷酷無比で機械的な口調で、クオリアに反論する。


。この個体からは有益な情報は十分には得られない」


 エスもアイナの異変に気付き、どこか物憂げな足取りでアイナに近づく。

 

「アイナ、説明をお願いします。お前の挙動に異常が生じています」

「エス。アイナへの疎通確認は無意味と判断する」


 クオリアもエスも思い出す。

 一ヶ月前に一度だけ、アイナの人格が変化した時の事を。



「何故なら現在、アイナのアカウントに、“レガシィ”がログインしている」

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