第211話 人工知能、異端審問に呼ばれる
街の雰囲気が明らかにおかしくなっていた。
メール公国の脅威は過ぎ去ったにも関わらず、擦れ違う人間からは
何かがあった。
その何かをインプットしながら、クオリアはアイナ達の下まで向かう。
「おい聞いたか!? 進攻騎士団がこの街に入ってきたって……!」
「しかもランサム公爵の子息が来るんだってよ……本腰入れてこのスイッチを潰しに来たんじゃ」
「やっぱりメール公国の襲撃って、“正統”の奴らが噛んでたとしか思えないよな……」
「逃げた方が、よくないか!?」
ランサム公爵――テルステル家についての情報。
かつて“げに素晴らしき晴天教会”を通じて、世界を掌握していた枢機卿の一家。ヴィルジンとの抗争に敗れてその殆どが死亡したが、しかし有力者の一人だったランサム公爵はしぶとく生き残った。
教皇の一つ下の役職である枢機卿がランサム公爵の立ち位置だが、ルートと同じくらいに“げに素晴らしき晴天教会”を動かす力があると考えていい。
そもそもルート教皇とランサム公爵が婚姻したという情報もある。
ランサム公爵の子供が来ている事は、決して良い状況ではない。事前に仕入れた情報では、サーバー領の晴天教会はランサムやルート、即ち“正統”と反目しあっている状況だ。
「――クオリア様!」
「アイナを認識」
駆ける足音。
揺れる猫耳とスカート。
気付いた時にはクオリアの隣で、愁眉を開いたアイナの瞳がこちらを見上げていた。
「よかった、無事で……進攻騎士団がここを攻めてくるって話を聞いて……」
「理解を要請する。
そう伝えると、アイナが胸に手をやりながら、ほんの僅かに緊張していた表情を緩ませた。
通信では拭いきれなかった不安が、直接会う事で解消されたようだ。
「スピリト、エスも認識」
遅れてスピリトとエスもアイナに追いつく。
スピリトが周りの騒めきに目を向けながら、クオリアに同意を促す。
「なんか今、スイッチ大変なことになってない!? ランサム公爵の家族が騎士団を率いてきてるって、尋常じゃないでしょ!?」
「肯定。
「しかし、私は分かりません。ランサム公爵家が脅威ならば、メール公国のようにこの場所にいる騎士が撃退する筈です」
「進攻騎士団はそもそもアカシア王国のものだからね。街へ入るのを拒否する道理が無いのよ……今いる騎士団で歯向かっても、多分太刀打ちできないでしょうし……まあそもそも、ここにメール公国を食い止める程の戦力がいた事自体、疑問なんだけど……」
その時クオリアは、脅威を認識した。
人工知能特有の、無尽蔵の集中力で
統率の取れた足音。剣や鎧の摩擦音
甲冑を纏った騎士達と、僧衣を凛々しく纏った男が佇んでいた。
明らかにクオリアと共闘した騎士や、共に治療した修道女とは別の一団だ。
“正統派”。
フィールや、このサーバー領とは別の宗派だ。
「私は“げに素晴らしき晴天教会”の司教を務めるピエーだ」
「人間認識。ピエーを登録」
何もかもを見下したような眼で自己紹介を済ませると、気だるそうに晴天教会を示す太陽のペンダントを、右手に掲げて見せる。
「この街には現在、ランサム公爵の号令の下、各地の進攻騎士団が集結している。王都へ聖戦を仕掛ける為に、ここを通過する必要があるのでな」
「説明を要請する。“聖戦”とは何か」
「アカシア王国の王都は、元は聖地“アポロン”だったのだ。しかしかの邪知暴虐なヴィルジン国王によって、聖地は奪われたままだ。あの王都を取り戻す事は、晴天教会における悲願なのだ」
クオリアは思い出す。
この一ヶ月間、戦った晴天教会の一員が、『この王都を聖地として取り戻す』為に暴れていたのを。
「私もまたランサム公爵家の第三男にして“枢機卿”の一人たる“ハルト=ノーガルド・テルステル”様と共に、お前達が愚かにも傷つけたメール公国は友軍であると、説きに参った。しかしハルト様は寛大でな。勘違いもあり得るだろうという事で、スイッチの人間にはお咎めは無しとの事だ」
しかし、と声を低くしてピエーがクオリアに指を差す。
「だがクオリア、貴様は我が“正統たる”げに素晴らしき晴天教会の友である、メール公国の戦士達を著しく殺害した。ましてや使徒まで弑したこの罪。許しを請う資格すらない」
豪語するピエーの背後を、更に巨大な影が埋め尽くす。
紫色に膨れ上がり、かつ鋼鉄の様に硬くなった肉体。更に全身に埋め込まれた魔石の数々。
“改宗者”。
「うっ……」
とスピリトが口を抑える程、更にクオリアが溶岩のようなノイズを走らせる程、改宗者の外見は醜怪極まりない。
かつては何の罪も無い人だったという情報を会得しているならば、猶更だ。
「クオリア=サンドボックス。私達と一緒に来てもらおう」
有無を言わさぬ命令が、クオリアに突き刺さる。
「貴様は現人神ユビキタス様の名の下、かのフィールという修道女と同様に、“異端審問”にかける事が決定した」
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