第207話 人工知能、現人神ユビキタスと称えられる

『……えーと……メール公国の騎士を撤退させて、あろうことか“使徒”まで倒したって事?』


 使徒が一体どれだけ凄まじい存在だったのかは、コネクトデバイスの先にいるスピリトの唖然とした口調からも伺える。アイナも使徒と聞いた途端に声が震えたくらいだ。


『クオリア様、本当にお怪我は無いんですよね? このコネクトデバイスでも、あなたが傷ついていないかが、判別する事が出来ないから……』

「アイナ。理解を要請する。自分クオリアに損害はない」

『それなら、よかった……』


 万の人数が衝突したにも関わらず、アカシア王国とメール公国の戦闘はその後すぐに終わった。クオリアが敵の騎士団長を中心に荷電粒子ビームで的確に排除していた事、そして使徒ストールを倒したことが大きい。まだメール公国の騎士達は数こそはいたが、指揮系統を完全に失ってスイッチから離れていったのだった。


『でも……突然のそんな大規模な戦闘で、なんか、クオリア様がすごい疲れているように感じます』

「肯定。肉体疲労の閾値は超えていないものの、脳内にノイズを多数検出。これは“改宗者”との戦闘、並びに無力化によるものと推測する」


 使徒ストールを倒し、メール公国の騎士達が蜘蛛の子を散らすように敗走して終わり……ではなかった。ストールが連れてきた“改宗者”は、ストールの死にも、自らの死にも気付かないまま、ひたすら人間離れした力で殺戮を繰り広げた。


 結論から言えば、被害が広まる前にクオリアと騎士達で、全て無力化した。

 しかし紫に膨れ上がった肉体が、元の遺体に戻る現象を見ても、クオリアは心が晴れない。

 “美味しく”なかった。

 なんだか体が、重く感じる。


『クオリア様。胸、苦しいですよね』


 アイナの声が、向こうからあった。


『“改宗者”の話を聞いてると、戦ったクオリア様は、きっと後味悪いだろうなって気がします』

「エラー。“後味が悪い”という言葉は登録されていない……これが、後味が悪い、か」


 離れても尚、隣に居るかのように寄り添うアイナの声を聴いて、クオリアはまた一つ言葉を学習する。

 改宗者は、何の罪も無かった。何も誤っている事はしていなかった。

 にもかかわらず、勝手に殺され、勝手に体の支配権を奪われ、そして勝手に殺し殺される。そんな魔術人形よりも悲惨な人形を無力化した所で、真の体の持ち主の“美味しい”までは守る事が一切できていない。


 そう考えると、苦しくなっていた。

 まるで、不味すぎる何かを食べた後のようだった。


『それでも、お前の行動でスイッチが救われました。私はお前を、すごいと認識します。先程の戦いでお前が疲労したというなら、私は“なでなで”でお前の疲労回復を促進します』


 途端、頭蓋を優しく摩られる感触を連想した。


『あと、お前は一人で疲労している時、食事をとらない傾向にあります。だから“美味しい”の取得を要求します。そうしたら、お前は“元気”の状態になると推測します』

「肯定。検討の余地があると推測する」

『まあ、今日は先に宿取って休む事よ。こっちはもう二時間くらいで着くと思うから』


 陽は傾き始めている。

 予定より遅れたが、夜にはスピリト達もスイッチに着くだろう。


「要請を受託する。しかしその前に、自分クオリアはこれよりフィールを探索する」

『ああ、さっき子供達と一緒に助けたって? 確か、サーバー領主の娘だったのよね』

「肯定。フィールはロベリアに関する情報を持っていると推測。また自分クオリアはフィールの生命活動維持を確認する必要がある」

『……?』


 通信の向こう側で、三人の頭上に疑問符が浮かんだような反応があった。


『スイッチへの侵攻は水際で食い止めたんだから、そこ今更確認しなくても問題ないんじゃないかな……まあいいや。私もお姉ちゃんの事知らないか聞きたいし』

『でも、無理はなさらないで下さいね。なるべく体を休める方向で。他にも騎士は沢山いるんだから、その人たちに頼ってもいいと思います』

『肯定。

『……? どういう事ですか?』


 物憂げな雰囲気から一点して、首をかしげる様なアイナの声が聞こえた。

 しかし返答の必要は無かった。

 クオリアの丁度近くで、胸躍るアカシア王国の騎士達がこんな会話を繰り広げていたからだ。

 


「俺も見たぞ! あのクオリアって少年! メール公国の使徒の心臓を貫く瞬間をよ」

「ユビキタス様の再来だ! 空飛ぶ方舟を作り、自身も空を飛び、空から光を放っては悪辣な侵略者を退けたのだ!」

「更には“改宗者”に対しても慈愛の心を持って、悉く眠らせた。王都で“正統”を騙って暴れ回る暴徒共に、裁きを下して回っていたらしいぞ!」


 通話先で、アイナも勘付いてしまったようだ。


『………………………………なんか、わかりました』

『…………まじで? 君、神扱いされてるの?』


 スピリトからも呆れ果てた声が届いた。



 




「肯定。説得するも失敗した為、現在は服装による攪乱を実施し、自分クオリアの特定をさせないようにしている」


 淡々とした口調ながらも、どこか辟易した声色のクオリアは現在、服装を変更していた。

“クオリアは神の再来”等と崇める人間に見つからない様に、戦場からは程遠い印象のスーツを5Dプリントで生成して着こなしていたのだ。ボタンは上まで留め、ネクタイもぴちっと締め、皺の無いスーツを着こなした様は政治や商売の世界の見習いにしか見えない。

 更に濃いベージュのロングコートを羽織って雑踏に溶け込み、つば着きの黒ハットで白髪の特徴も隠していた。



        ■         ■



 一旦会話を切り、クオリアは見事に人込みに紛れた。

 メール公国との戦闘で騒めく街人と、警備の強化や傷の回復、そしてクオリアを神と流布する騎士達を横目に何食わぬ顔で流れに乗っていた。


「状況分析。フィールの所在についての情報が不足」


 だがフィールを探すにも、手掛かりがない。修道女はこのような時にどこにいるのかを、クオリアは知らない。

 修道女の行動パターンをどのように得ようかと演算回路を走らせていた、その時だった。



「――負傷者に敵味方の区別はない! さっさと運び込まないか! 助かる命も助からんぞ!」



「異常を検知」


 クオリアがその方向を向くと、メール公国の騎士が蹲っていた。明らかに治療が必要な怪我を負っている。しかし周りでは、死にかけでありながら敵である男に止めを刺さんと、アカシア王国の騎士が剣を向けていた。


「お前達が運ばないなら、僕が運ぼう」

「しかし、こいつはメール公国の騎士です! さっきまで殺しに来てたんだぞ!」


 しかし、騎士ではない何者かが言い争っている。白衣を纏ったその男はメール公国の騎士に肩を貸し、アカシア王国の騎士へは一睨みして牽制する。

 

「国境で差別しろと宣う司教にでも出くわしたか? 動けない敵を刺し殺せと、馬鹿なことを言う司祭にでも会ったか? 治療後、敵対行為が行えない様に束縛位はするさ。さあ、とにかく通せ。この命はまだ助かるんだ!」


 アカシア王国の騎士がまた何かを言おうとした途端、歪んでいた表情が一瞬で凍り付いた。

 クオリアが前に表れたからである。


「き、君は。いや、あなたは……先程我々を救った」


 どんな顔をすればいいのか分からない。そんな雰囲気だった。攻撃の意図を失った彼らを尻目に、白衣の男と反対方向からメール公国の騎士に肩を貸した。


「助かるよ。


白衣の男はクオリアを知っていた。その事に矛盾はない。

クオリアは、この男と会った事がある。


「アイナの治療を担当した医者ドクターと認識」

「何故ここにいるのかとか、アイナちゃんの経過も聞きたいが、今は時が時だ。この男を運ぶだけでも手伝ってくれ」



 意識不明のアイナを、死の淵から救ってくれた。

 絶望に沈んだクオリアへ、希望のきっかけを与えてくれた。

 一ヶ月前、クオリアが医者ドクターと呼んだその白衣の男は、場所が変わっても自らの役割を果たそうと必死だった。

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