第206話 人工知能、使徒と戦う③

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN』


 右手に長筒マグナムモードのフォトンウェポン。

 左手に短筒ノーマルモードのフォトンウェポン。

 二丁のフォトンウェポンを、真下の地面に仁王立ちするストールへ向ける。


 木から木へと燃え移り、人から人へと燃え移り、戦場を瞬く間に覆い始めた白い焔を自由自在に操るストールに向かい、最大出力の荷電粒子ビームを右手の長筒から放つ。

 更に左手の短筒から数条の荷電粒子ビームも同時に連射する。


 結果、ストールの真上から強力な荷電粒子ビームが突き進む。逃げようにも左右からは、ぐにゃりと垂直から水平方向へ曲がった光線が集結してくる。


「噂の荷電粒子ビームとやらか。確かに卦体けたいではあるが……!」


 クオリアが繰り出した無機的な関数に、ストールは有機的に蠢く白炎を以て応ずる。

 ストールと荷電粒子ビーム群の間に、雲の様に膨張する白炎が聳え立った。特に頭上から注がれるマグナムモードの荷電粒子ビームの前には、何階層もの白炎の壁が出現している。


 荷電粒子ビームが突き抜ける。

 そして、凍り付いた。

 最大出力の荷電粒子ビームすらも、五回白炎に塗れた所で絶対零度の硝子にコーティングされてしまった。


「状況分析。フィードバックを開始」


 しかし、クオリアは狼狽しない。人工知能らしくフィードバックする。

 そのまま制御を失い霜だらけの地面に沈んだ荷電粒子ビームが、直後に元の瞬きを取り戻した――が再び“ぐにゃり”と曲がってストールへ向かう前に消滅した。エネルギーを使い果たしたのだろう。


 数で押してどうにかなる問題でもない。ストールを取り巻く白炎の体積は、先程試した通りフォトンウェポンの連射をもカバー出来るくらいのリソースがある。

 また、取れる形も自由自在だ。ストールの周りの酸素までは凍っていない事も考えると、かなりコントローラブルと考えて良い。


「くくく……手詰まりか? それならば“改宗”の時間だな」


 クオリアとストールの距離は天地で100m。

 その距離を、蛇の様に白炎が上って詰めてくる。


 青空は、いつのまにか白い靄で埋め尽くされていた。

 入道の雲かと思われたそれは、全て極寒の炎だった。

 “使徒”が送り出した白い炎は、触れるだけで生命活動が停止する。

 指先で触れれば一瞬で心臓ごと全身が凍り付き、ドローンアーマーも停止して地面に叩き砕かれる。


 ……そうなれば、あのスイッチに行ったフィールや子供達も、街ごと氷の世界に閉じ込められる。


「それは、非常に理想的では無い」


 こんなものが死の救済だと定義するのならば、クオリアは否定する。


「状況分析」


 状況は、確かに不利だ。


 荷電粒子ビームが効かない。

触れたら死亡確定の白い炎が舞っている。

 それを操る晴天教会の最強格、“使徒”の存在。


 


「どうした、アカシア王国を救ったとかいう騎士の実力はその程度か!?」


 天まで届くストールの罵声を耳にしつつ、天空を疾駆しながらクオリアを追いかけてくる巨大な白炎を一瞥する。

 生き物の様にうねり、途中で枝分かれしてクオリアを挟みこもうとしてきた。

 先回りされた。

 しかしクオリアはドローンアーマー搭載のエンジンを止めない。バーニアは寧ろ加速し、予め算出していた方向に旋回する。


「私の白い炎は自由自在だ! 潔く俺に改宗されろ!」

「否決する」


 そう言いながら、クオリアの右手から5Dプリントの光線が飛び出した。


「白い炎のスキャンを実行。情報入力」


 5Dプリントの光越しに得られた情報。

“現人神の要素”については読み取り不可能でも、それ以外の性質は読み取れる。


 ストールまでの距離、高度100mの気流。空気の情報。

 荷電粒子ビームが凍った際のプロセス。

 上下左右を取り囲んだ、何でも凍らせる白い炎。

 もう、逃げ場はない事。

 

「終わりだ。おめでとう。君は死を以てユビキタス様から許された」


 予測の隙間も無い、全方向から収縮する白い炎。

 迫る銀世界の怪炎を視野に納めて、クオリアは一人、結論を出す。




 同時、クオリアの全身から5Dプリントの瞬きがあった。



 


 


「なんとあっけない。アカシア王国の同胞共はこんな奴に踊らされていたのか」


 時間が止まった氷の塊が自由落下を始める。

 クオリアは完全に氷結し切って、ブリキの様に固まっていた。

 硝子の如き氷面ひもから反射する太陽光は、いつ見てもストールの眼には美しく見える。


「あのクオリアのオブジェを見せてランサムやルートを嘲笑するのも良いな。いや、改宗した姿を見せた方が効果的か」


 憎きランサム達への仕打ちを考えながら、空が流した涙の如く落ちてくるクオリアを魔術で受け止めようと魔力を張り巡らせる。落下して完全に砕けてしまったら、改宗するにもランサム達への誇示に使うにも困る。

 しかし、後地上まで五メートルと言った所で状況が一変する。


「ん?」


 刹那、ストールは背筋が凍った。

 今、永遠に固まったはずの眼球がぎょろりとこちらを見たような――。



「“断熱膜”を解除する」



 同じ目線までクオリアが落ちてきた瞬間、クオリアの全身が5Dプリントの輝きに包まれた。


「!?」


 目が眩む。強くは無くとも、唐突過ぎた。

 しかしストールが眼を開けた時、凍っていたはずのクオリアが、一切の凍傷も無い完全な状態で動いていた。

  

「予測修正、無し」

『Type SWORD』


 それどころか着地して、右手の柄から荷電粒子ビームを出現させ、突くという動作を平然とやってのけた。


「えっ」


 5D、ストールに分かる訳がない。


 白い炎が凍り付かせたのはその膜のみで、温度の伝わらない内部空間のクオリアには、一切のダメージは無い。

 そのまま断熱膜も、白炎ごと絶対零度の氷も、全てを空気に変換してクオリアはコールドスリープから目覚めた。


 しかしストールはそんな事に全く考えが及ばない。

 最適解通り、心臓に荷電粒子ビームの刃が穿たれても尚、血を吐きながら最期にこう言う事しか出来ない。


「ユビキタス様、御身の、下に」

「あなたは誤っている」


 こうして使徒の一人、“銀世界クリスマススリープ”ストール=ゼロリプライによる“美味しい顔笑顔”への脅威性は、永遠に凍結したのだった。



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