第205話 人工知能、使徒と戦う②

 荷電粒子ビームのシャワーが、メール公国の騎士達を貫いていく。

魔術による反撃は“惜しい”ばかりでまったく当たる気配を見せず、一方的に攻撃を受ける形となったメール公国の騎士達は、やがて戦場から逃げ出す者さえ出始めた。


 しかしクオリアは見逃さない。

 メール公国の陣営の奥側から、肌を鑢で削るような魔力を持った一団が近づいてくる。


「クオリア=サンドボックス。耳があるなら私の声を聞け」


 その中心にて、際立つ装飾を纏った騎士が叫ぶ。

 地と空。あまりにも離れているにもかかわらず、声が良く響く。


「私はメール公より本騎士達を預かり、かつ晴天教会の枢機卿として聖戦に推参仕ったストール=ゼロリプライだ」

「ストール=ゼロリプライを認識。メール公国の貴族に登録されており、また晴天教会の中枢である枢機卿という情報と一致」


 “げに素晴らしき晴天教会”の枢機卿については全員インプット済みだ。アカシア王国以外の枢機卿についても例外ではない。

 事前に仕入れた知識と、実像が一致した所で、クオリアはストールを人間として低く評価した。


「しかし、あなたは誤っている」


 何せストールの周りには、先程クオリアも出くわした“改宗者”がいたからだ。


「生命活動が停止した者を、あなたは不当に動作させている。それは非常に理想的ではない」


 クオリアからは非難の声が届かない。しかし聞かせるまでも無い。

 あのストールを排除すれば、ルート公国の騎士団は統率者を失い、戦線を維持できない。

 ならばクオリアがすべきタスクは、荷電粒子ビームで彼の頭蓋を貫く事だ。


「ここまでの獅子奮迅の活躍、敵ながら称賛せざるを得まい。このまま地獄の釜にくべるべき悪魔と切って捨てるにはあまりにも惜しい。事ここに至っては貴様を“改宗”させ、現人神ユビキタス様に心血を捧げる同胞にしてやろう」

「拒絶する。あなたを排除する」

「見るがいい同胞よ。修練を重ねれば人は誰しも、人の中にある“現人神の要素”を発動し、“使徒”になれる。


 フォトンウェポンのトリガーが引かれた。

 一筋の光線が、ストールへ伸びていく。



「我が例外属性“詠”にて、御身の唄を詠む」


 例外属性“詠”。経典を読む為の能力としてインプットされている。

 しかしストールが見せたのは、別の側面だった。



「“福音詠唱ハレルヤ”」



 

 使



ストールの周りで怒濤の魔力が渦巻く。


「状況分析、不可能」


クオリアは通常の魔術ならば、その際に使用者から漏れ出す魔力から、“どのような魔術現象が発生するか?”を予測する事が出来る。


辺りに揺蕩う魔力を肌で感じ、事前にインプットした魔術書等の経験に照らし合わせて予測し、もし予測との誤差があれば修正フィードバックする事によって、クオリアは魔術相手でも未来視に近い事が出来るように仕上がった。

結果、敵の魔術が発動する前に、その魔術へ荷電粒子ビームを撃ち込み、無力化する事さえ可能になった。情報の少ない例外属性相手でも、予測、修正フィードバックの連続で、やはり丸裸にする事が出来る。


 しかし、今ストールを包む魔力だけは、そのラーニングが一切出来ない。

 肌を掠める魔力から、仮説を立てる事さえ出来ない。システム的な言い方をするならば、完全に暗号化されたブラックボックスの状態だ。


 しかしそのラーニングが出来ないブラックボックス的魔力については、『概要としてどのような魔力か』についてのみであれば、過去に文献等からインプットした“晴天教会に関する情報”から仮説が立てられる。


「仮説……あの魔力が、“現人神の要素”と認識」


 クオリアの中で知識と実際が紐づいた瞬間だった。

 曰く、現人神ユビキタスに近い存在、“使徒”へと昇華させる特殊な魔力――“現人神の要素”。

 それがあの魔力の正体だ。


 その発動条件に例外属性“詠”が関わってくるのならば、“洗礼”を受けていないクオリアがラーニング出来ないのも頷ける。フィールから渡された晴天経典の“古代エニグマ語”を、全く読めなかったのと同じだ。



とどまれよ 閉ざされよ 咎人よ 汝は神の陽を見ることは無い 汝は神の火で暖を取る事は無い 氷は汝の罪 其の死が悪事のつい 我は敢えて雪の理を従えて 行き場無き罪を告白させよう その果てに汝の沐浴が在るならば』



 

 

 しかし荷電粒子ビームが届くまでの刹那の時間で、福音詠唱ハレルヤは“何故か完了していた”。


聖名わがなは“銀世界クリスマススリープ”ストール=ゼロリプライ――使徒回帰リライト


 最後の言葉を紡いだ途端、ストールから純白の炎が津波の如く拡散する。

 炎、という性質とは裏腹に、ストールの半径100mに位置する木々があっという間に氷結の中に閉じ込められた。


 白い炎が触れた途端、樹木は次から次へと凍り付く。

 しかも直後、粉雪となって儚く散っていく。

 後には、何も残らない。

 そんな氷だけの銀世界に、純白の焔を纏ったストールは佇んでいた。


 ストールは、“使徒”となった。


荷電粒子ビームの停止を確認。最適解を変更」


 凍り付き、制御を失った荷電粒子ビームだったものがストールの隣で、落ちて割れた。

 今日まであらゆる物質を融解せしめた荷電粒子ビームすらも凍り付かせる力が、あの白炎にはあるようだ。


「我が信仰の結晶たる白炎にて、悔い改めるがよい。これが現人神の力だ! 異端の愚者共よ!」

「まずい……“使徒”をこの戦いに投入していた、だと……あっ」


 間近まで進攻してきたアカシア王国の騎士達も、森林を埋め尽くすほどの白い焔を見て後悔した様に立ち止まる。

 そして永遠に停止する。

 絶対零度の焔によって、霜の結晶に塗れて、一瞬だけ煌めいて、そして倒れて砕ける。


「状況分析。


 しかしクオリアは狼狽せず、目前の状況をまずは認識する。

 クオリアに照準を定めた“使徒”ストールと、“銀世界クリスマススリープ”の名に相応しい白炎を、今からラーニングする必要がある。


「絶対零度の白炎にて、神へ逆らう邪心……鎮めてしんぜよう」

「ストールを“使徒”として認識。これより無力化、または排除を実行する」


 “使徒”について、ある情報をインプットした事がある。

 その昔、傑物ヴィルジンと当時のクリアランス総団長カーネルでさえ何度も完敗に追い込み、死の淵にすら追いやったとされる晴天教会の最強戦力――“使徒”。

 それは、現人神に近づいたとされる存在。


 ――かつて神話も失せた世界のオーバーテクノロジーだった少年は、異世界の“神話”と初めて戦うのだった。


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