第204話 人工知能、使徒と戦う①

 戦場を一望出来る丘の上。

 メール公国の騎士達が、凄まじいペースで散っていく。

 足場無き青空から奇跡の雨を降らす少年を見上げて、メール公国貴族にして“枢機卿”の一人、ストール=ゼロリプライは嘆かわしそうに息を吐いた。


「あれが噂のクオリアか……完全に一方的では無いか」

「アカシアの王都で我らが晴天教会の信徒達を挫いた者ですね」


 隣に並ぶ従者にフン、と短く鼻を鳴らす。


「まあ、アカシアの業突く張り共は勝手に倒れてもらって構わんさ。今回の遠征も、公がランサム公爵に臆した故の事。内紛を鎮めた恩を百歩譲り認めるにしても、こうも早急に騎士を出せなどと……」


 メール公国は、つい先日まで内紛の真っ只中にあった。公が指示する“げに素晴らしき晴天教会”の信徒と、それに対抗する勢力とで二分されていた。

 結局、ランサムの増援もあって、対抗勢力を打倒する事には成功した。しかしこの経緯から、メール公国の頂点たる公は、ランサムに頭が上がらなくなった。

 内紛で疲弊した国力を戻す暇も無く、アカシアの王都という聖地奪還へ協力せざるを得ない程に、メール公国はランサムの傀儡に成り果ててしまった。


「ところでルート教皇、ひいてはランサム公爵からの騎士団は結局間に合うのか」

「いいえ。ランサム公爵の次男“キルプロ”殿と三男“ハルト”殿が率いる進攻騎士団一万ですが、この分だと夜になりそうです」

「……おいおい。三男“ハルト”の方はまだ子供だろう。かなりの凡愚とも聞くぞ。ランサムめ……息子達の為に、私達を踏み台にするか」


 ストールは舌打ちをした。あまりにもメール公国がぞんざいに見られている。

 スイッチを手に入れたとしても、サーバー領主の喉元まで向かいながらランサムは豪語するのだろう。『我らは友であるメール公国と共に、聖なる道を切り開いたのだ』と。


「しかし……どうも今回の遠征は妙だ。


 更にストールには気になることがあった。

 スイッチにはメール公国のを止められる程の常備軍はいない。本来の計画なら、スイッチにメール公国の進軍を足止めできる程の騎士がいること自体、何か妙だ。

 こちらの手の内が漏れ、何者かに先手を打たれた様な気味悪さがある。


(さては……内通者がいるか)


 ルートやランサムの横暴、更に内通者の存在による進軍の足踏み。

ままならない事ばかりだ。

苛立ちで歯を軋ませながらもストールは立ち上がり、空を埋め尽くすほどの魔術を全てかわし、逆に純白の光線で公国の騎士を銃殺していくクオリアを見上げた。


「しかし、あの素体なら……“改宗”した時が楽しそうだ。

「おぉ。ストール様、“改宗者”を使うのですな」


 周りがざわついている。

 紫に肉体を変色させ、人を握り潰せるくらいの巨体に膨れ上がった“人間だったもの”が、全身に埋め込まれた魔石を煌めかせ、おぼつかぬ足取りでストールの下に集結した。

 白目を剥き彷徨う彼らは、もう死んでいる。

 異端として屠られ、異教徒して殺され、そして人の遺体である権利すら剥奪された。


 ストールの周りに集まった“改宗者”は死者特有の異様な雰囲気を見せながらも、一切暴れることもない。完全にストールの指示に従っている。


「いつ見ても、ここまでの“改宗者”を従えられるのは壮観ですな」

「他人事では無いぞ。“洗礼”を受けたならお前達にも改宗は出来る筈だ。改宗に必要な例外属性“恵”の下地は、例外属性“詠”と同じく洗礼によって与えられる」

「何をおっしゃいますか。本来“改宗”による復活は現人神の所業。それを代行する貴方様は、やはり、“使徒”に相応しい」


 薄笑いが貼り付くストールからは、“改宗者”へある例外属性の魔力が流れていた。

 そもそも、“洗礼”によって付与される例外属性は、二つだ。

 例外属性“恵”。

 例外属性“詠”。


 そのうちの一つ――人を癒し、罪を浄化させ、果ては改宗まで可能とする例外属性“恵”。ストールが改宗者の魔石に込めた魔力がこれに当たる。

 だが、ただ洗礼を受けただけでは改宗は出来ない。

 出来たとしても、改宗者を制御できずに返り討ちが関の山だ。


 しかし、度重なる修練により、例外属性“詠”にて自身に隠された“現人神の要素”を見つけ出した“使徒”は違う。

 “改宗”も、想いのままだ。


「ならばあの天を不当に占拠する輩を、私が直々に“改宗”させてやろう。使

「……俺達は、“使徒”の奇跡を目の当たりにするのか」


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