第203話 人工知能、意図せず奇跡となる
熾烈を極めていた筈の戦場が、歪に静寂へと沈む。
侵略者たるメール公国の騎士も、守護者たるアカシア王国の騎士も、敵味方区別なくひとところを凝視していた。
鳥の様に自由に飛ぶ鉄の箱に、釘付けになっていた。
「救世記6章……ユビキタス様が相棒の“白龍”と共に、人々を“大咀爵”が創り出した死の大地から連れ出した……方舟の奇跡を、見ているというのか……」
戦場から敬虔な修道女と迷える子供達を連れ出す“ドローンシップ”が、晴天経典のページに閉じ込められた神話を再現している。
「さては、ユビキタス様……!?」
仮にも信徒である騎士達はこれがユビキタスへの背徳であると分かっていても、突如浮かんだ奇跡と仰がずにはいられなかった。
その先頭にて“ドローンシップ”を脳波制御するクオリアを、ユビキタスと重ねずにはいられなかった。
「何をしている!?」
メール公国の騎士団長が一人、雷鳴の如く怒号を放つ。
「あれはユビキタス様を騙る異端よ! 異端らしく、俺達を惑わそうとしているだけだ。術中に嵌ってどうする!! 浮遊能力を持つ魔術など、珍しくはあれど在り得ない奇跡では無いぞ!!」
「……お、おお!!」
メール公国の騎士が順番に奇跡の夢から覚めていく。一方のアカシア王国の騎士も、止まっていた思考を動かし始め、目前の敵に注意を払う。
その騎士団長は続けざまに、神話の正体を明かし続ける。
「あれはアカシア王国で“正統”なる
「最近噂の……!」
「分かったのなら貴様らの矮小な信仰心全てを、奴らに鉄槌として喰らわせよ!!」
下界のあちこちで魔法陣が花開く。緑と茶一色だった大自然を、基本属性の四色を基調とした光が着色する。
数が多い。トロイの第五師団を全滅させた時とは、百倍も数が違う。
地水火風の結晶が、一斉にドローンシップへ投擲された。
「わ、わああああああ!?」
「……っ!」
外を確認できる透明の壁から、自分達に迫りくる怒涛の魔術をフィール達は見てしまう。
炎の咢が幾重にも喰らいに来る。波の礫が全方向から圧しに来る。嵐の刃が真っすぐ断ちに来る。岩の腕が握り潰しに来る。
フィールは目を伏せた。子供達を抱きしめながら。
一方クオリアは、ドローンシップに搭載された無数のフォトンウェポンによる防御機構を、起動した。
『Type SWORD BARRIER MODE』
炎も、波も、嵐も、岩も。
雷も、氷も、槍も、矢も。
例外なく、張り巡らされた
「なんだと!?」
純白の閃光に魔術が溶けていく様を見て狼狽するのは騎士達だけでは無かった。
自身の目前で雲散霧消していく魔術を、フィールもまた夢心地の如く眺めていた。
「……ユビキタス様。今私は空飛ぶ船の中に居て、魔術を軽々と跳ね飛ばす光の中にいます。これが、あなたの思し召し……なのでしょうか」
「あなたは誤っている」
花火の様に魔術の閃光がび交う中、クオリアは平然とした様子でフィールを否定する。
「ドローンシップにも、フォトンウェポンにも、ユビキタスの力は採用されていない。」
主たる神を否定されたにもかかわらず、今度は怒る気にもなれなかった。それくらいに今フィールが見ているクオリアの所業は、神のそれに等しかった。
「あなたは本当に、何者なの。人間なの」
「肯定。
「……?」
当たり前の問答のはずなのに、フィールは疑問符を浮かべていた。。
「危険区域を離脱。及びスイッチのマッピングを完了。到達地点を入力。これより“ドローンシップ”は自動運転に切り替わる」
「自動運転……!?」
「
『Type WING』
「“ドローンアーマー”の生成完了を確認」
クオリアに内蔵された5Dプリントが一瞬発光した途端、脚部と胴体を銀色の鎧が纏っていた。フィール達を助けに空からやってきた時と同じ、“
ドローンシップの表面に貼り付いている円柱。これの半径が小さくなったものが、鎧の表面で整列している。
「飛行開始」
ドローンアーマーを纏ったクオリアの体が、ドローンシップから離れた。しかし鎧の全身から放たれる特殊な振動が、明らかに重力の力を相殺している。結果クオリアは一人でにドローンシップと同じ高度を保って浮遊しているのだ。
低層にある雲に紛れ始めたクオリアを見ると、フィールが窓に貼り付く。
「また飛んでる……いや、でも!? こ、この空飛ぶ船大丈夫なの!?」
「問題はない。5Dプリントによりプログラミング済みの自動制御ユニット、空間情報認識の為の
「ぷ、ぷろ、ぷろぐら、れーだーせんさー、えーせー……ん?」
晴天経典にも、辞典にも載っていない単語を羅列され、困惑の色が隠せない。
しかしドローンシップの姿勢が崩れる事は無い。落下を感じる事も無い。
クオリアの言う通り、クオリアの制御なしでもドローンシップはフィールと子供達を乗せて飛んでいく。
「フィール。これであなたも、生命活動が停止することは無い。“死”のリスクから回避する事が出来る」
「……それでもスイッチに騎士が押し寄せてきたら、どうしようもない。この子達を隠せる場所を探すわ。そして、いざとなったら……」
「理解を要請する。
クオリアが入る事で、精々拮抗状態であるアカシア王国とメール公国の戦闘に終止符を打たんとしている。
そんな事が出来る訳がない。とフィールは言いそうになった。
しかし直前、精悍な顔つきでメール公国の騎士達を見下ろしていたクオリアの横顔を見たフィールは、口を噤んだ。
「そうすれば、あなたが生命活動を停止しなければならない役割を、果たす必要も無い」
“意地になっている”という言葉を、まだクオリアはラーニングしていない。
しかし
まだフィールとは会って間もない。
しかし他人事の神なんかに、フィールを殺させたくはない。
「クオリア。子供達は、必ず私がスイッチまで送り届ける。そして全力で祈るわ。どうか立ち向かう戦士に、現人神ユビキタス様のご加護があられますようにって」
「繰り返す。あなたは誤っている。現人神ユビキタスの評価は低い」
そしてクオリアは戦場から高度100mの宙に到達する。
待ち受けていたのは――迎撃の魔術による、逆さまの豪雨だった。
「晴天教会の敵……! よくものこのこと……。やれ! ユビキタス様に仇為す悪魔を滅ぼしてやれ!」
メール公国の騎士の集団。その中心に先程からノイズがうるさい騎士団長がいる。
彼の号令で更に魔術の勢いが増していく。クオリアの視界は、一つでも触れれば重傷は免れない魔術の投擲で埋め尽くされていた。
一方アカシア王国の騎士は、クオリアを一先ずは敵と見定めてはいないようだ。目前の脅威に良く奮戦し、前衛を押し返してはいるが、しかし人数差から言っても、このままではアカシア王国側が押し切られる可能性は高い。
クオリアに後退は許されない。
例え死の砲撃に晒されても、死ぬ事さえ許されない。
アイナと、皆と約束しているから。
“元のクオリア”にも、託されたから。
「あなた達は非常に多く、スイッチに侵入した場合多大なる生命活動が停止する恐れがある。その為、この場に限り事前警告をする事無く、排除を選択する」
烈火が僅か数センチ横を焼却する。強力な水圧が頭上を通過する。
鎌鼬がほんのわずかに服を千切る。岩石が先程までクオリアがいた座標を横切る。
ただし、当たらない。
「なっ……何故だ! こちらの攻撃は何故当たらぬ!? あんなに遅いのだぞ!」
ドローンアーマーがそのバーニアをフルに活かし、縦横無尽にクオリアの体をフライトさせる。それでも飛行型の魔物と比べれば、小回りは利くも速度は遅い。
投擲される魔術よりも遅い。
だが、当たらない。
ほんのわずかしかズレていないのにも関わらず、全ての魔術がクオリアから紙一重分、外れる。
何故なら、クオリアには見えているから。
千の魔術の軌道を、演算し切ってたから。
「もっとだ! もっと火力を奴に集中させろ! あのような悪魔に、我らが晴天を欲しいがままにさせてよいのかああああああっ!?」
魔術の密度が増えた。
しかし、関係ない。
赤橙黃緑青藍紫の砲撃にも隙間はある。潜り抜ける。
『Type GUN』
『Type GUN』
クオリアは二丁の銃を、メール公国の騎士達へ向ける。
「
「何たることか! 奴は我らが太陽に泥を塗っておる! 好きにさせるな! はやくあの害鳥を叩き落と――せっ、せっ、せっ、せっ、せっ、せっ、せっ」
騎士団長の脳天が貫かれたのが、皮切だった。
「う、うわああああああああああああああああああああっ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます