第202話 人工知能、『空飛ぶクルマ』を創る
「無力化する」
クオリアは、フォトンウェポンのトリガーを引いた。
「うわっ……」
「こいつ……“ハローワールド”のクオリア……!? ぐあっ!?」
ものの数秒で風穴が開き、騎士達は地に沈んでいった。
その光景を認識しながら、トリガーに掛けた指も疎かにしないまま、クオリアは別の状況分析も進めていた。隣で冷や汗を描くフィールが、サーバー領主の娘であるという情報を、不確かながらもインプットした。
それが本当なら、フィールもロベリアの失踪に関わっている可能性がある。現在のロベリアについて十分な情報があるとは言えないこの状況で、これは大きい。
そもそもこの戦場にロベリアが巻き込まれている可能性も少なくはない。
ロベリアがこのサーバー領に来たことと、メール公国の突然の侵攻は無関係ではないだろう。
「噂通りの光線だ……距離を取れ! 魔術で応戦しろ!」
「あのフィールって娘だけは生け捕れ! 話が本当ならサーバー領主への人質にも出来る!」
奥地から騒ぎを聞きつけた騎士達が湧いてくる。キリがない。
しかし今度は迂闊に近づいてこない。魔力を躍動させ、魔術の発動を準備している。地水火風を現象せしめる
一方で馬車にも動きがあった。
フィールが窓に跨り、馬車から降りようとしていた。
「あなたは誤っている。今この脅威に近づいた場合、あなたの生命活動の保証は出来ない」
それはフィールも分かっているようで、騎士達への恐怖が顔面に貼り付いていた。
しかしそれを振り払うかのように、静かに深く呼吸する。
「いくら何でもこのままじゃ子供達も、あなたも無事じゃ済まない……クオリア。私が囮になっている内に、子供達を連れて引き返して……今あの侵略者が言った通り、私はこのサーバー領を統治するラック=サーバーの娘。私が降りれば、彼らは私を間違いなく追うわ。そうすればこの馬車が逃げる時間を稼げる筈!」
「あなたは誤っている。警告を繰り返す。それではあなたの生命活動が停止する」
「『あなたの信仰の戦いを勇敢に駆け、子らを守り、永遠の命を獲得しなさい。あなたはこのために召された』……“ルーデルの信徒への手紙”3章6節。私はこの経典の御言葉に勇気づけられた。私達晴天教会へ誓願を立てた者にとって、死はそもそも救済の機会よ」
これも中々あなたのような無神論者には分かってもらえないけどね、とフィールは苦笑いをする。
「ユビキタス様の御許に参るには祈りだけでは足りない。かの人の善行を、かの人の役割を、かの人の戦いを果たしてこそ、ユビキタス様の加護と救済を与えられるの」
自分に言い聞かすように説明すると、こうしている間にも集まってくる騎士達から守る様に、子供達をしっかりと抱きしめる。
「……この子達の命運を託されたのは私。それを放棄しておめおめ逃げ出してユビキタス様の御意志に背き、子らを見殺しにすることは、悪魔になり下がる事と同じ、だから――」
あくまで、フィールは経典に従って死に場所まで決める。刃に貫かれる恐怖、下手すれば女性としての尊厳も踏み躙られる戦慄が待ち受けている事は知っている。だがその恐怖以上に、嘘偽りの無い子供達の未来を案ずる慈悲に彼女は満ちていた。
深呼吸。子供の“美味しい”を守る為に、フィールは全身の震えを止める。
「ユビキタス様……この子達に、どうか慈しみとご加護を。私に僅かでも勇敢を――!」
意を決し、フィールが馬車の窓へ僧衣に纏われた脚を乗せた。
そのまま飛び出すだけだった。
クオリアが、フィールを馬車内へ押し戻さなければ。
「えっ?」
「あなたは、誤っている」
クオリアの両手から放たれた
「俺達の魔術が!?」
「うがあああああああああっ!?」
魔術が
クオリアは騎士達を見ていない。
フィールしか見ていない。
今度は、怒っていたのはクオリアだった。
「そしてあなたにそのような選択をさせる晴天経典は、現人神ユビキタスはやはり誤っている」
「あなた、また……!」
「
「だけど! このままじゃメール公国の騎士が噴水の様に出てくるだけ……ジリ貧なんだよ!?」
「“死”は救済の機会ではない……!」
クオリアが、ショートする回路に描いていた記憶。
それは、吐血して青ざめ、呼吸も停止したアイナの虚ろな瞳だった。
「……アイナが“死”の危機に陥った時、そこに“救済”と定義されるものは何もなかった……!」
「……!?」
誰の事か、フィールには分からなそうにしていた。だがそんな事を聞かずとも、何があったのかは曖昧に察せてしまう気迫が、クオリアには宿っていた。
「……
かっこよく死ぬ事の愚かさは、元々のクオリアから強くラーニングしている。
「だから
「でも……だったらどうするの……!」
距離を取って、再び騎士達が魔術を練っていた。
まったく終わりが見えない。確かにフィールの言う通り、このままでは“ジリ貧”なのだろう。
「最適解、算出」
だが、人工知能が齎すオーバーテクノロジーによる最適解に、問題はない。
「 “死の救済”を、拒絶する」
そう言い放った途端だった。
クオリアの体を、星にも勝る銀色の閃光が隠した。
「えっ!?」
「バックアップ分も含め、5Dプリント全機能作動。早急な“改造”を実行する」
全ての物質情報を塗り替え、果ては量子力学にさえ干渉可能なオーバーテクノロジーがフル稼働する。
しかし今回作るのは
そもそも5Dプリントの光はクオリアに向けられたものではない。
馬車に向けられたものである。
『ヒヒイイイイイイイイ!!』
馬車を引いていた馬のサスペンションや手綱が外され、馬たちは駆けて去っていく。背後からの光や、辺りの衝撃で元から興奮気味だったようだ。
だが馬を失った馬車は、車輪の赴くままに戦場を駆け下る事をしない。
何故ならこの時点では既に、馬車から車輪は無くなっていたからだ。
その“変化”を見て、一人の子供がフィールの袖をつかみながら訪ねた。
「馬車に、魔法がかかってるの? 御伽噺みたいに」
フィールは答えられなかった。見る見るうちに遷移していく空間を、ただ目で追っていく事しか出来なかった。
5Dプリントによって、馬車が書き変わっている。
「ば、馬車が……変化してるの!?」
馬車の天井が歪み、床が揺れる。明らかに形が変わっていく。
色も新規に塗装されたかのように、所々から銀が侵食し始めた。木材特有の臭いも、床に敷かれていた布も最初から無かったかのように消えていく。
しかし、変化は内面だけではない。
外見は、まさに異様だった。
ガシン、ガシン、と。
愉快な金属音がする。
『Type WING』
その機械音声が響いた時には、馬車は“鉄の立方体”になっていた。誰もそれが馬車だったと言う事は出来ないだろう。
騎士達も唖然として見つめたその箱には、特徴があった。
左右へ伸びる無機的な翼と、鮫のような頭上の
そして至る所に模様の如く貼られた、吸盤のような円形機構。
分からない。
誰にも、一体何になったのかが分からない。
――その先端に居座る、クオリア以外には。
「“ドローンシップ”の完成を確認。存在認証の成功を認識。これより脳波による“操縦”を開始する」
結論。
その
勿論、フィールと子供達も乗せたまま。
「えええええええええっ!?」
メール公国の侵略者たちも、ただ見上げる事しか出来なかった。
「あっ、あっ……えっ、えっ、うっそ……」
敬虔な修道少女も、遠くなっていく地面を見て理解した。
「飛翔成功。これより本ドローンシップはスイッチへ飛行する」
馬車だったものが飛び、晴天の道を走るという前代未聞の奇跡を。
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