第197話 人工知能、動く死体と戦闘する②
川辺の石が、踏み砕かれていく。
山の様に聳え立つ影が、クオリアの視界をみるみる内に塞いでいく。
「ガアアアアアアア!」
「状況分析。筋肉が異常な膨張を示している。魔力の値が非常に不安定となっている。明らかな生命活動の停止があったにも関わらず、活動を再開している」
クオリアを喰らおうと獣の如く迫ってくる紫色の巨漢からは、同サイズの魔物すら凌駕する馬力が検出された。同時に、かつて読んだ魔術書には無い混沌とした魔力が肌を掠めている。
何より、死という状態さえ無かった事にされている。
紫に変色し膨張した肉体は、とても生きているとは定義出来なかった。
「ひひひ……すごいぞ! 俺達でも“改宗”をさせる事が出来たぁ! これがユビキタス様もお喜びになる!」
腕や足を撃ち抜かれているにも関わらず、化物を前にして騎士達は笑っていた。
「説明を要請する。“改宗”とは何か」
巨体の動きをラーニングして回避しつつ、疑問を投げる。
「異端も異教徒も、死を以てしか贖えねえだ。けど、そんな哀れな悪魔共にもユビキタス様はチャンスを下さった。ユビキタス様の力の一旦でもある魔石をかすがいに、“改宗”して復活するというチャンスをだ。それがあの姿だ!」
途方もない怪力が籠った掌が、クオリアの真横を紙一重で通過する。
後ろにあった樹木の幹が砕け、葉と枝を交差させながら騒がしく倒れていく。
やはり“改宗”した結果、その膂力は魔物すら超えている。
「これは復活と定義されるものではない」
「復活さ! 死者が罪を悔い改め、異端たるお前を殺そうと動いているではないか! “晴天経典”に記された奇跡さ!」
「あなたは誤っている。これは、“生命”ではない」
断じて、こんなものが生命であってはならない。
焦点の合わぬ血走った眼球からは、転んだ際に飲み込んだ土さえ構わず咀嚼する口からは、糸に操られた様に地面を叩き割る紫色の怪椀からは――“心”の値が無い。
無味乾燥な大破壊から免れていると、騎士達の小生意気な笑い声があった。
「生命ではないだと? 笑わせるな異端が! これこそ、
「
「ユビキタス様を……愚弄しただと!?」
切って捨てる。それ以上の応答はしない。
“心とは何か”。
そんな大事な問いを、この狂信者達と語らう気は無い。それよりも“改宗”の正体についてのラーニングが先だ。
「状況分析」
回り込んだクオリアは、“改宗”した怪物の背中を一瞥した。胴体の至る所に埋め込まれた魔石が、死体の全身に魔力を巡らせている。動力源であり、全身を鋼鉄の硬度に高めたアイテムであり、肉体を動かす電気信号の代わりになっている。
だが何を基準に襲ってきているのかまでは読めない。“破壊”という選択肢を反芻する理由も、クオリアを優先的に攻撃してくるメカニズムも紐解けない。
これ以上は、“改宗”させた魔石をハッキングする必要がある。
「ふははは!! すごいぞ、圧倒的だ! これが“改宗”の力だ!」
クオリアが着地した隣で、メール公国の騎士が神秘を見た狂気的な瞳を象っていた。腕と足に、焦げた風穴が空いている事さえ忘れているようだ。
怪物がクオリアを圧し潰さんと掌底を放ったその瞬間も、魅入られたままだった。
「あぶっ」
クオリアが避けたそのすぐ近くで、得意気になっていた顔が、掌と地面に挟まれて潰れた。
巨大な掌が退いた。騎士の首から上に、零してしまったシチューのようになっていた。
「ひ、ひいいいいいい!? ど、どうして!? ちゃんと儀式通りに魔石に魔力をブゴォッ!?」
「か、改宗した筈だ! 俺達は襲わない筈ま、待て、待てえあああああああああっ、あっ、あがっ」
瞬く間に、想定外を示した他のメール公国の騎士も潰された。河原の石にこびりつき、小川の色彩は更に赤に傾く。
「仮説。あなた達は生命の復活に、並びに制御に失敗した」
ハッキングするまでも無かった。この騎士達は、魔石に何か特殊なプログラムを仕込んでいたのだろう。
だが、彼らは失敗した。
“自分達を襲わない様に”していた筈の魔石は制御を失い、結果騎士達は無残に殺された。
「ゴガアアアアアアアアア」
残ったのは、命も奪われ、死後の安息も奪われた破壊と殺戮の暴走傀儡のみだ。
“改宗”させられた死体は、クオリアの方を向いた。眼球は相変わらずどこを見ているか分からないのに、クオリアの存在は認識出来ている様で地面を鳴らしながら迫ってくる。
「これは、誤っている」
一つだけわかっている事がある。
無理やり、動かされている。
もう、この肉体に“心”はない。
心が魔力となり、怨念だけのゴーストとなったリーベと対称と言っても良い。
「あなたは生命活動が停止している。あなたが意図せぬ破壊活動を実行する事は、非常に理想的では無い」
“弔い”される事無く、“心”も奪われて、無理矢理破壊を繰り返させられている。
これ以上は、美味しくない。
理由も無く、クオリアはそう感じた。
『Type SWORD』
「最適解、算出。排除する」
魔物と見做したから、ではない。
もう終了させた方がこの男の為であると判断すると、柄の形に変えたフォトンウェポンから
「ゴガアアアア!!」
行き場を失った“改宗”後の巨椀が、両方ともクオリア目掛けて穿たれる。
「予測修正、無し」
知性も理性も無い攻撃故に、隙も大きい。
予めクオリアの体が40cm左にずれると、巨椀の間にあるエアスポットにすっぽりとクオリアが収まっていた。
背後で掌が小川へ炸裂し、驟雨の如き水飛沫がクオリアの全身を濡らす。
そのまま、ゼロ距離まで接近した巨体の両腕を斬り落とす。
壊す掌も、防ぐ腕も失った怪物の懐に潜り込む。
そして、刃は分裂する。
『Type SWORD SPREAD MODE』
魔石は四つ。前面に二個、背面に二個ずつ。座標はラーニング済みだ。
その魔石が嵌め込まれた場所全てから、
「……!」
「エネミーダウン。脅威の無力化を確認」
ズゥン、と寂しく地に沈んだ肉体は、元の男性のものに戻っていく。
死体は、死体に戻った。
今更断末魔を上げる事も無い。
死体を動かしていた魔石は、内三つは融解した。残りの一つは直接融解されることはなく外れてクオリアに回収された。
騎士達が死亡した以上、“改宗”のメカニズムについては入手した魔石をハッキングするしかないが、それよりも先にクオリアにはやる事が二つある。
『Type GUN』
一つ目。
数十発の
これ以上“改宗”の被害者を増やすにはいかなかった。
「これより残りのメール公国の騎士の無力化、及び生存している人間の保護を実行する」
二つ目。
メール公国の騎士達は言っていた。別の騎士が、『この異端共の子供と、異端を教える修道娘を追ってどっか行っちまった』と。
これ以上、見ず知らずの人間であろうと、“美味しい”を奪われるわけにはいかない。
「既に逃走の開始から五分以上が経過している可能性が高い」
だがクオリアの演算結果は既に残酷な結果を示している。
時間が経っている。今から追いかけたのでは間に合わない。
しかしクオリアは、それでも救う可能性を算出する。
「最適解、算出。この上空より索敵し、
5Dプリントは、それを実現するアイテムを生成する。
この一ヶ月でラーニングした経験により、そのレパートリーは広がっている。
『Type WING』
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