第194話 人工知能、コネクトデバイスを作る

 血。

 鉄の様な“美味しくない”悪臭が、微かに四人の鼻腔を刺激した。


「血の色がまだ新鮮……近いです……!」


 赤い濁りを覗いたアイナの言う通り、視界に捉える事は出来ないまでも、この血の出所は遠くない。

放っておくことは出来ない。ロベリアが関わっている可能性もある。


「これより自分クオリアは先行し、この血液の根本を確認する。あなた達はここで待機を要請する」

「だけどこんな森の中で離ればなれになったら、遭難の可能性もありますよ……!?」

「あなたの懸念については、一件の解決案がある――“5Dプリント”機能作動。“コネクトデバイス”を四点生成。それぞれ自分クオリア、アイナ、スピリト、エスの存在認証情報を付与」


 途端、クオリアの右手を銀色の閃光が包んだ。

 5Dプリント。事実上、無から有を産み出せるこの機能によって、フォトンウェポンを始めとしたオーバーテクノロジーを生成してきた。


 ただし今回出現させたのは、極小の球体である。


「……なにこれ?」


 疑問符を浮かべるスピリトに、それぞれに球を渡しながらクオリアは答える。


「これは“コネクトデバイス”と定義される。“コネクトデバイス”は、人間に通信機能を付与するハードウェアだ」


 クオリアが残りの一つを耳に入れたのを見て、三人とも恐る恐る耳の中へ入れる。


「耳にフィットする……」

「私も……気にならないです。耳栓みたいに聞こえにくくもならない……」

『そのハードウェアはそれぞれの耳に適した形オーダーメイドで構成されている』


 少女達は思わずぽかんと口を開けたまま停止した。エスでさえ、ぱちくりとあどけない瞳を大きく見開く。


「え、あれ? クオリア様……!? 


 クオリアが数十メートルも離れたにも関わらず、クオリアの声が隣に居るかの如く、鮮明に聞こえる。初めての“遠隔会話”に、クオリア以外の三人は戸惑うしかない。


『テスト結果。通信状態に問題は無い。このまま“コネクトデバイス”の稼働を続行する』

「今耳に入れた球が何かしてんの!?」

『肯定』

「……これも、“おーばーてくのろじー”って奴……」

「人工魔石にて連携の信号を受け取る魔術人形の機能と似ています」

『肯定。あなた達魔術人形の機能を類推ヒントとした』

「待って! ここ、この前クオリアから教えてもらった所だ!」


 そこでスピリトが優越感に少し浸った顔で、一同を手で制する。

 しかし、すぐに顔色が悪くなる。


「……えっと……たしか、“でじたる”って、0と1ってのがあって……! えっと、えっと」


 ……十秒もしない内に、眼がぐるぐる回ってしまった。誰でも分かる、ギブアップの合図である。


「クオリア。スピリトが“おーばーてくのろじー”を判断しようとして異常を起こしています」

「べ、別に何も理解できない訳じゃないし!」

『現時点では、“コネクトデバイス”の操作概要を把握すれば問題ない。コネクトデバイスにはもう一つの機能が搭載されている。“コネクトデバイス”は自分クオリア達の位置情報を開示できる』

「えっ、クオリア様、位置情報の開示ってどうやって……って、あれ? えっ!? えっ!?」


 突如神でも舞い降りたかのように、何も無い空間を凝視しながら驚愕するアイナを認識した。間違いなく、アイナには自分クオリアと同じ“マップ”が視界に映っている事だろう。 


「わっ!? ちょっと待って!? 視界になんか映った!」

「光の点が四つあります。それぞれ、私達四人の名前が連携されています。このような魔術も魔石も、私は認識していません」

『テスト結果。位置情報の表示に問題は無い』


 スピリトも、エスも、クオリアと同じ物が見えていると判断した。


 “位置情報”。

 自分の現在地を起点として、どの方角の、どれくらいの距離が離れた座標に仲間がいるのか。その情報が込められた四つの蛍の様な光点が、篝火として視界に映っていた。


『あなた達の中耳から聴覚神経を経由し、脳へ位置情報を乗せた特殊な信号を送信している。これを脳機能と連携し、視界に位置情報をマッピングさせている。これはコネクトデバイスの二つ目の機能だ』

「……とにかく、私達が今どうしているかが分かるって事ね」

『コネクトデバイスはあなた達の脳波状態によってON/OFFが切り替わる。あなた達から位置情報の要求を示す脳波が検出された場合、50km圏内の相手ならば遠隔会話、位置情報の算出が可能だ』


 声を遠くの対象とやり取りする、という技術。位置情報を表示するという技術。

 それは量子力学的に情報をテレポーテーションさせる人工知能には不要だったし、たった一人で戦い続けた人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”には使い道は無かった。

 距離の壁で制約を受けてしまう人間に転生したからこそ、発明されたツールである。


『あなた達の肉体ハードウェアに、アナフィラキシーショックを始めとした悪影響は出ない様に構築されている。しかし、想定外のエラーが発生している場合は、自分クオリアに伝える事を要求する』

「……クオリア様」


 コネクトデバイスを通して、クオリアにアイナの声が伝わる。


「何も体におかしな所はありません。寧ろ、少し安心してます……何かわからない状況でも、これで互いの事が分かりますから」

『私も、あなたに賛同する』


 短く返答するクオリアも、どこか安心していた。

 これで、何も知らない所で彼女達が命を脅かされていても、すぐに助けに行けるから。


『これより、上流で発生している事象について調査する』

「クオリア。もし何か事象があった場合は、連携してください」

『肯定』


 クオリアが上流へ駆け出して行く。

 少女達の視界に映るクオリアの位置を示す点が、離れていく。

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