第193話 人工知能、師匠から学んだことをそのまま返す

 二日も経つと王都は見えなくなり、緑の風景が前から後ろへ流れていた。

 真昼には馬車は停止し、一行は休憩がてら森の中で降りる。


「夕方には街に出る筈よ」

「肯定。十分な設備の整った街まで、残り2時間3分、誤差14分と認識する」

「……初めてなのに地図全部頭入ってるってどういうこと」


 何度もサーバー領に足を運んだ経験から、スピリトは現在位置を口に出来た。

 一方のクオリアは一度見ただけの地図と馬車の走行実績を重ね合わせ、位置情報を計算。四人の現在位置を算出してしまっていた。

 地図に載っている情報だけではない。馬車の中でずっとラーニングしていた地形情報を組み合わせ、地図にすら鮮明に載っていない情報を導き出す。


「ここから113m、8時の方向に小川と定義される流水が位置している。生命活動維持に必要な水分が存在する」

「飲料が不足していたので、丁度いいですね。この辺の水は綺麗だから色んな事に使えそうです」

「クオリア、アイナ、私は山菜の回収を要求します」

「それは誤っている。この場所には自分クオリア達は長く滞在しない。街にて十分な食事は出来ると判断する」

「了解しました」

「まあまあ、途中で良さそうな食材見つけたら拾っていこうね」

「キノコがあると、理想的です」


 ロベリア邸にいる時と変わらない会話を繰り広げる三人の背中を見て、スピリトが溜息を着く。


「まるでピクニックね……」


 スピリトだけは、“いつも”のようになれない。

 唯一の家族が、何をしているのか分からない状態故に、馬車に乗って出立してからも、スピリトを包む靄は完全に晴れなかった。


「ロベリア様なら、きっと何か理由があったんですよ。そして考えあっての事だと思います」


 最初に話しかけたのは、アイナだった。


「私達の前ではいつも元気そうに振舞ってましたけど、いつも執務室とかで見るロベリア様って、結構苦しそうな顔しながら、考え込んでいました……私を見つけると、直ぐに笑顔に戻っちゃうんですけどね」

「それは……知ってるよ。昔からそうだった」

「昔から?」

「王宮に来た時だって、勝手に一人で抱え込んで、誰に嫁げば私が楽になるかって悩んでた。そんな風に悩んでほしくなくて、剣の修行に出て、戻ってきたら王国中の問題を解決しようと政治家になってた。それも、私に死んでほしくないからって理由で」


 携える長剣を撫でながら、嘆息する。

 いつだって太陽に向かっている様に明朗だった姉の横顔を、思い出しながら。


「……この二日間、考えてたんだけどさ。私、お姉ちゃんの事案外知らないや。警護で付き添ったけど、何も理解できてなかったみたい。だから私、怒ってるのかもしれない。不安なのかも、しれない」

「じゃあ、これからもっと知りましょう」

「……もっと、知る?」


 提案を復唱すると、猫耳を立てたままアイナが力強く笑う。


「怒りなんて忘れるくらいに、不安なんて起きなくなるくらいに、いっぱいいっぱい、真正面から話したら少しは前に進めると思います……大丈夫。二人は生きているんだし、時間はあるんだから」

「……って言われると、何を話したらいいのか悩む」

「……言われてみれば、そうですね」


 決まり悪そうに頬を掻くアイナのある一面を、スピリトは思い出す。

 一ヶ月前、アイナの兄であるリーベがロベリア邸にてスピリトに襲い掛かった時、身を挺して庇い、目前の化物を兄と信じずに喉が擦り切れそうなくらいに叫ぶアイナを見たことがある。

 そして誤解が失せて、僅かな時間で自身の無事をリーベに伝えるアイナの涙を、見たことがある。


「……アイナはさ、お兄さんとどんな事を話したかった? 時間があったら」

「そうですね……」


 少し思案する様に葉と空で構成された頭上を見上げ、アイナが続ける。


「お兄ちゃんが今どうしてるのか、大きくなった蒼天党で何をしたのか、そしてどんな気持ちなのか……それを話してもらって、辛さも、痛さも知って、背負える分は背負いたかったです」

「……辛さも、痛さも知って、背負う、か」

「次に、私の気持ちを伝えると思います。多分、お兄ちゃんが気にしてること。今はこんなにも素敵な人達に囲まれてるから大丈夫だよって。店持つ夢、忘れてないよって。私生きてたのに、ずっと会えなくてごめんねって。私は大丈夫だよ、頑張って生きていくよって。お兄ちゃんのやった事は間違っていたかもしれないけど、一緒にやり直そう、だから泣かないでって、言いたかったですね」

「……ごめん、聞き過ぎた」


 眼元が潤うのを見て、スピリトは目を逸らした。

 蒼天党の事件は一ヶ月前の出来事。アイナだって、整理が完全についた訳ではない。


「……案外、知らない事だらけなものです。自分が何を思っているかすらも。それを互いに気付くことだって、大事なんじゃないかって思うんです」


 “互いの生死さえ勘違いしていた”兄妹の片割れであるアイナの言葉を聞いて、スピリトはふと、呟く。


「……お姉ちゃんの事で、お姉ちゃん自身でさえ知らない事、か」

「スピリト」


 声を掛けたのはエスだった。

 振りむくと、キノコを突きつけられていた。気づけば川に到着していたようで、拾った灰色のキノコも洗われていた。

 

「あなたは最近、“美味しい”を言っていません」

「いや、あんた食べたかったんじゃなかったの?」

「一人の“美味しい”のみでは、効果は半減されます。私はお前にも、“美味しい”を食事する事を要求します」


 飲み水を確保したクオリアが、三人に近づく。


「エスに賛同する。人間の活動には食事が必要だ。それはあなたが私にインプットした事だ」

「……そんな事も教えたっけ」

「アイナが昏睡状態の時、あなたは自分クオリアが食事を拒否した際に、あなたからラーニングした」

「思い出したっての。言わないで恥ずかしくなるから」


 少し赤くなった顔を逸らすスピリトに合わせて、移動するクオリア。


「ロベリアと接触した時に、一番効果があるのがスピリト、あなたの言葉と推測する。だからこそ、あなたのパフォーマンスは維持されるべきと判断する」

「……」


 ありがと、と発音したその口で、キノコを口に入れる。

 

「あっ、美味しっ」


 三人の眼差しを浴びている事に気付き、居たたまれない顔になって伏せようとした時だった。


「……えっ?」


 異変に気付いたのは、スピリトとクオリア、ほぼ同時だった。

 続いてアイナとエスも、先程飲み水を確保した小川に眼を奪われる。



「……赤い」



 真っ赤な濁りが、清い透明な水流を凶悪に汚していた。

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