第192話 人工知能、王都出立と同時刻の王宮

「ヴィルジン様、お帰りなさいませ」


 凝った肩を揉みながらヴィルジンが自室に戻ると、20代程の女性が細身をスーツに包んだ姿で出迎えた。


「ただいまー。あれ? クエリ、髪切った? 随分と可愛くなったな、男でも出来たか?」

「お褒め頂きありがとうございます。しかしこの前、急な仕事を差し込まれたお陰で彼氏とは疎遠になりました」

「ごめんごめんって、秘書の君には助けられとる。ちゃんと埋め合わせはするから。必要なら散歩のときに儂、謝りに行くぞ?」

「結構です」

「あちゃぁ……こりゃだいぶ拗れてしまったな」

「報告、承認が必要な件が本日は147件ございます」


 閑話休題。クエリが秘書としての役目の一つ、“ヴィルジンの下まで辿り着いた様々な書面を読み上げる業務”を開始しようとする。

 盲目であるが故、国王として承認一つ出すのにも、内容を声で読み上げる人間が必要だ。流石に紙面の文字は、何となくでは分からない。


「まずロベリアの事を聞かせてくれ」


 しかし、今日は待ったをかける。報告の順番を指定する事はあまりしないヴィルジンにしては珍しい。


「はい。それが一番目の事項です」

「助かる」

「ロベリア姫ですがラック=サーバー侯爵の下へ向かっているようです」

「ラック侯爵か。やはりな」


 安楽椅子に腰掛けると、風船からゆっくり空気が抜ける様に息を吐きだした。


「大事になる前に、連れ戻すべきかと存じますが。ラック侯爵はルート派です」

「君の不安も最もだな。だが彼は人格者だ。、彼を尊敬しておる。ロベリアにどうこうしようとはしまい……ただ、タイミングが良くないのぉ」

「私が懸念しているのもそちらです。メール公国内で怪しい動きが加速してます」

「聖戦の準備を急いでおるな……それで、?」

「はい。そうなる様に誘導しておきました」


 ヴィルジンが深く頷く。


「クオリアは聡い。彼も直、ロベリアに追いつく事だろう」

「クオリア君にも、“エージェント”を付けさせます」

「よくやった。だがクオリアの行動は阻害する必要は無い。ただ状況を逐次報告する様によろしく頼む……あと、彼の索敵範囲に引っかからない様に、慎重にな」

「分かりました。まあ、クオリア君には。エージェント達も距離は手慣れたものだと思いますよ」

「いつも助かる。おかげで色々話のネタも出来たしな。クハハハ」


 クエリがすまし顔で素早くメモを書き込む音も、ヴィルジンの笑い声にかき消される。


「しかし別口で、サーバー領に騎士団を派遣しなくてはいかん」

「カーネル様を呼び戻しましょうか?」

「奴は今、港町パレンティナで手一杯だろうよ。クハハハ、クエリも恋愛事の相談相手がいなくて困ったのぉ」

「はい。ヴィルジン様と違って女性の立場にも精通していて、いつも助かってました」

「……それを言われちゃ黙るしかなかろうて」


 顎を摩りながら、居たたまれないような表情で話題を変える。


「後で夜明起しアカシアバレーから“開発局局長”を呼んでおいてくれないか」

「開発局……ですか」

「開発中の魔導器を実践運用ロールアウトする。多分そろそろ承認要請が来てるはずだ」

「はい。4つ目で報告予定でした」

「ルートもこれで、馬鹿な考えを改める筈だ」


 クエリの手元で走るペンがぴた、と止まる。紙と筆先の摩擦音も消え、一瞬静寂が王の部屋を支配した。


「……今の“開発局局長”の名前は、確か」

「ああ。“ニコラ・テスラ”だ。少し個人的な話もある」

「前々から思っていましたが、変わった名前ですよね。本名でしょうか?」

「本人はそう呼べと言っていた」




 クエリもいなくなった後、国王は一人椅子に座りながら思案に耽る。

 

「……“地球”とやらから転生した異世界の存在は三人で、既に人類は滅びたと聞いたのだがな。クオリアは居る筈のない四人目か、あるいは更に別の世界から来たか、あるいは――“人ではないか”」

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