第188話 人工知能、国王と食事する③

「その要請は否決する。先程の返答内容に変更はない」


 会食前と同じように、クオリアは断った。

 会食前と同じように、ヴィルジンは不敵に笑む。

 ただ違うのは、その後の台詞位だった。


美味しい顔笑顔を守り、そして創る。それがお前さんのフィロソフィだよな」

「肯定」

「世界を前に進める。文明を開化させ、産業を革命させる。そうすれば、皆“美味しい”ものだけを食べ、腹一杯が当たり前の世界も来る。それは、美味しい顔笑顔を創る事にはならんのか?」

「あなたの提案内容は、“美味しい”を多く創る事に繋がる。あなたの提案内容から、自分クオリアの活動にフィードバックすべき点は多く存在する」

「それなら」

「しかしあなたは、多くの美味しい顔笑顔を消失させる脅威にもなる可能性がある」


 ロベリアも、スピリトも、固唾を呑んでクオリアを見守る。

 その視線を認識しつつも、王への侮蔑を意識することなく、ストレートに物を言う。人工知能にヒエラルキーは存在しない。


「その心は?」

「現在より15年前、あなたは無抵抗の人間を10万人排除している」

「必要な事だった」

「人間が扱える技術テクノロジー領域が拡大した場合、更に強力な兵器が開発される。あなたがその管理権限を持った場合、同じように多くの生命活動が停止される可能性が高い」

「クオリアや。こういう考え方も出来るぞ」


 食事用のナイフを翳し、“兵器”の代わりとして少年少女に見せつけてきた。

 

「強大な兵器を恐れ、誰も戦おうとしない。蒼天党がやったような馬鹿な真似も、晴天教会の聖戦も起こらなくなる」

「人間の精神状態を考えた場合、兵器の脅威度を理解させる為、実際に使用する必要がある。その際、多くの生命活動停止が発生する」

「結果10万人を殺害し、100万人とその子々孫々が救われる。鬼と蔑まれようが、暴君と罵られようが、それを実行できる人間のみが国を強くできる」

「――その10万人の中に、スピリトが紛れるかもしれない。誰かの家族が、含まれてしまうかもしれない。そしてその犠牲の上に成り立った100万人と子々孫々は、結局父上に怯えながら笑うことなく生きる事になる。それだけは、私達が望む世界じゃない」


 ロベリアがゆっくりと、静かに立ち上がる。

 重い空気に耐え忍んでいるが、狼狽はしていない。背筋を伸ばして、ヴィルジンという王を見下ろす。

 クオリアもその隣に並び、ロベリアを支える様に彼女の発言を一部代替する。


「守衛騎士団“ハローワールド”は、その10万人の“美味しい笑顔”も創る役割が定義されている。あなたに協力した場合、その10万の“美味しい笑顔”は失われる。その為、あなたの配下となる要請は拒否する」


 誰も、今クオリアが論じている相手は国王であることを言及しない。ヴィルジン自身も、そんな野暮な話のすり替えを行わない。

 自我が芽生えた子供を見守る大人の様に、興味深そうに顎をついて前のめりになりながら、堂々と構えるのみである。


「成程。どうも理想を語り、手段を選んでしまう性質があるのは良くわかった。クオリア、お前さんはまだ世界を学ぶ必要があるな」

「その発言の意図、詳細の説明を要請する」

「まだお前さんは、? だからこの世界がどんな状況なのか、精々知識でしか知らない」

「ちょっと待ってよ!」


 “産まれたばかり”。

 “この世界が”。


……!?」


 これらの言葉に、スピリトもロベリアも、そしてクオリアも考察せざるを得ない。

 神話程度にしか語られない“異世界転生”。しかしヴィルジンの発言は、それを暗喩した表現に聞こえた。


「騎士は、戦う為の存在じゃ。そもそもクオリア、お前さんの“美味しい顔笑顔”を創りたいという目的と相反するものだよ。戦士はいつだって誰かを殺す事しか出来ない。10万人の命を救えたとしても、笑顔までは救えない。戦う為の存在たる騎士に、幸せを創る力は本来ない……ロベリア。それにスピリト。お前達がクオリアの学習の足枷になっているな」

「私達が……!?」

「もしお前達を守る必要も無ければ、恐らくクオリアは王都から旅立っていただろう。世界をその眼で見て、今自分が何をすべきか、もっと明確にしていたはずだ」

「何が言いたいの?」

「クオリアを、まだ“王都の外”に連れて行ったことが無いだろう」

「王都の……外?」


 ヴィルジンが再びクオリアを見つめる。


「クオリア。お前さんは“げに素晴らしき晴天教会”の紛争地帯に言っても、果たして同じことが言えるかの」

「詳細な説明を要請する」

「君の眼で見届ける事じゃ。お前さんなら戦火の中だろうと死にはしまい。しっかりと学ぶことが出来る筈だ――“貧困”、“差別”、“迫害”。こんな二文字で片づけるにはあまりに重すぎる現実というものをな」

「父上。守衛騎士団“ハローワールド”を管理するのは私。勝手にクオリア君の行動を決めないで」

「そうしてクオリアの可能性を狭めるのなら、やはりお前に王国を良くするなど、無理じゃ。お前の“ままごと”で才能ある者を振り回すでないよ」

「私は私がやるべきことをやっているだけ」

「ラヴという“人形”の、温かい幻に肖っているだけに過ぎん」

「あなたにラヴと私の何が分かるっていうの……!?」

「あれは、魔術人形だ」


 深く椅子に腰を掛けるヴィルジンと、徐々に拳に力が籠るロベリア。

 テーブルを挟んで対峙する二人の様子が反比例していく。


「ところで話は変わるがクオリア……今お前さん、この二人と共に住んでいるんだったな」

「肯定」

「そうか。実際の所、君の事を調べだした切欠はそこにある。娘達が同じ屋根の下に客人を住まわせていると聞いての。娘達ももう17と15だし、そういった恋愛事を意識し始めてもおかしくはない。どこの誰とも知らぬ馬の骨と“間違い”があっては困ると思っていた所よ」

「ちょ、ちょっと、何を言い出すのよ!」


 若干顔を赤くすると同時に、複雑そうに顔を歪めるスピリト。踏み込まれたくない心の領域に、土足で入り込まれた様な顔つきだ。

 そのスピリトの狼狽すら、期待通りと言わんばかりにヴィルジンが頷く。


「しかし、クオリア。儂は君で安心した」

「詳細な説明を要請する」

「クオリア。儂はの、お前さんであればロベリアもしくはスピリトを娶っても問題なさそうだと睨んだのだ」


 それはあまりに直線的で、ロベリアもスピリトも反論を忘れる程だった。

 だが、ヴィルジンの立場からであればこの発言には一切の問題が無い。ロベリアもスピリトも王の娘である以上、順当にいけば有力者に嫁がざるを得ないだから。

 ただ、その“有力者”としてヴィルジンはクオリアを認定した。


。一方クオリアは、間違いなくアカシア王国の未来を担う存在だ。もう少し時がたてば、クオリアは王国の中枢にいる。王女を嫁に取るにも相応しいくらいにの」

「だから勝手に私達の人生を決めないでよ。クオリア君を勝手に巻き込まないでよ……!」


 ここまで平静を装ってきたロベリアも、震え始める。こんな表情のロベリアは見たことが無い。いつも“お姉さん”を自称する余裕はどこかに置いてきた。

 思えば、ロベリアもスピリトも父であるヴィルジンと対峙した時から、いつもと挙動が違っていた。


「ロベリア。お前は誰かの上に立つべきではない。誰かの横にいて、誰かを支える立場こそ相応しいのぉ。その誰かは、クオリアかもしれんな」


 自分が愛する相手を勝手に指定される。

 ここに、姉妹の自由は確かにない。


「ヴィルジン。あなたはやはり、誤っている」


 まだ男女の“愛”のラーニングは不足しているクオリアも、明らかにロベリアとスピリトの顔から“美味しい”が奪われている事くらいは認識出来る。


「あなたの発言は、ロベリアとスピリトに損害を与えている。これ以上の質問は敵対的行為と定義し、あなたを脅威と分類する」

「ロベリアとスピリトを心から庇っておるな。良いぞ。二人どちらかの伴侶として申し分ない」


 ヴィルジンは立ち上がり、光無い視界にも関わらず的確にクオリアの隣に並ぶと、ぽん、と肩を叩く。


「じゃがな。儂はこの二人の親だからこそ、十二分に理解しておる。君の様な優しく、強い男の庇護下に在る事こそが、この二人にとって幸福である事をな。彼女達のも、確実にそれを望んでいる筈だ――」

「――あなたがお母さんを語るな!!!」


 小さな広間に、少女の慟哭が響き渡った。

時が止まった様に、全員が青筋を立てて怒るロベリアを見た。


「何が私達の幸福よ……何がお母さんが望んでいる事よ!! 15年前、あなたは私達を殺そうとしたくせに!!」


 荒げる呼吸から、酷いマイナスの値が検出された。

 クオリアの薄くも心配そうな面持ちを見ると、ロベリアも我に返り、呼吸を整える。


「説明を、要請する」

「さっきクオリア君が言った10万人の無抵抗虐殺……その殺害対象に含まれていただけ。

「……」

「私達の親は一人、命からがら私達を抱えて逃げ延びて、その先で自分を犠牲に私達を育ててくれたお母さんだけよ……! 今更父親面するな!」


 その詳細を聞こうと、クオリアはヴィルジンを見た。

 しかし、今まで世界を掌握せし国王としてどっしりと構えていた好々爺の姿が、僅かに薄れていた。


「……」


 ――その一瞬だけ、ヴィルジンの顔が人間に見えた。


「――ルート王女が到着しました」


 使用人の声と共に、絶対零度の広間に一人の女性が入室した。

 豪華絢爛な装飾を全身に施し、歩くだけで金属音が鳴り響き、煌々とあちこちの宝石を瞬かせる。住む世界どころか、人種さえ違うと主張する外見であった。

 たなびかせる髪も、瞼の中の瞳も桃色で、金髪碧眼であるロベリア達とは“母親が違う”事を示す。だが血が半分である以上、近似している値が出てしかるべきだ。


「ルートを認識、しかし」

「いや……成程な」


 クオリアが疑念を抱くと同時、ヴィルジンがルートを見て溜息をつく。

 ルートと呼ばれた王女はおどおどと、誰とも眼を合わせようとしない。その理由をヴィルジンは的確に指摘する。


「クハハハ、貴様、じゃな」

「対象をルートの登録から抹消」

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