第187話 人工知能、国王と食事する②
約20年前まで、“神聖アカシア王国”が正式名称だった。
そもそも、“げに素晴らしき晴天教会”の教皇から戴冠されて初めて、神聖アカシア王国の国王と見做される。数百年以上、この構図でアカシア王国は晴天教会の隷属国だったのだ。
時は腐敗させる。神に仕える使徒達でさえも。
堕落しきった聖職者達が神を建前に、欲の本音を曝け出す王国。最早それが神聖アカシア王国の実態であった。
そして20年前、ある青年が神聖アカシア王国の玉座に着いた。
青年は、王族ではあったが分家の子であり、王位継承権からは程遠かった。だが“げに素晴らしき晴天教会”の枢機卿や教皇に取り入り、何故か王位継承権を持つ宗家の有力者達が次々と不運の死を遂げた事が決定打となった。
晴天教会の人間達は、逆らわない国王への戴冠を見てこぞって笑う。これでアカシア王国とその国民を犠牲に、晴天教会は
『晴天教会の諸君。君たちは、王にする人間を間違えた』
しかし、その国王が最初にやった事は、晴天教会を潰す事だった。
結論、当時の晴天教会の有力者たる枢機卿はおろか、教皇さえも粛清された。
その過程で百万以上の大殺戮を経て。
その国王の名は、ヴィルジン。
神聖アカシア王国を終焉させ、人が統治するアカシア王国へと変遷せしめた暴君である。
彼は現在、クオリアという少年を招いて娘達と食事を楽しんでいる。
■ ■
「どうだったかの。特にこの海老料理はイチオシだ。最近散歩中に見つけた店の料理なんじゃが、そこの旦那に頼み込んで、今日ここに来て作ってもらった」
しかし、楽しんでいるのはヴィルジン位なものだ。基本は沈黙で、ただ食器が当たる甲高い音だけが響いていた。後はクオリアが機械的に返答するくらいなものだ。
確かによく手入れされた海老の料理は美味しかった。文句の付けようがない。
だが美味な筈なのに、張り詰めた空気はまるでシャットダウンへと
極上の冷たい料理を食べ終えたところで、話は再開される。
「さて、話は聞いたぞ。スピリトよ。アカシア王国剣術大会の優勝に続いて、あのトロイの第零師団の主力を返り討ちにしたそうだな。すごいじゃないか」
「……ちょっと驚きね。父上が私の件について褒めてくれるなんて。どういう風の吹き回しかしら」
「そうさな。二年前、お前が突然修行に出たと聞いた時は流石に阿鼻叫喚だった。まあ直ぐに、お前と一緒に修行していた“剣の師匠”とも話をしてな。一旦様子見という結論になったがの」
「それは初耳ね……あの“師匠”が父上に説得するような手回ししてたなんて」
「正確には、共通の知り合いがいたお陰だがな」
クオリアは
スピリトの師匠についてはクオリアも会った事が無い。スピリトよりも戦闘力が高い事と、女性である事くらいしか知らない。
後は、世界へ旅に出たまま消息不明という情報のみだ。
「だがスピリトや。二年前、お前が家出する前に言ったはずじゃがのお。最早剣を極める事に、意味等無いと」
あくまでリラックスした姿勢を崩さないヴィルジンに、スピリトが眉をひそめる。今にも剣を抜きそうな雰囲気だ。
「二年前にも言った筈よね。私達姉妹の人生は、私達が決めるって。私達はあなた達に殺されもしないし、あなた達の道具にもならない。私が剣を極めたのは、それが理由よ」
「殺される、か。そんな馬鹿な事を考えるのはルートだけだ」
「良く言うわ……自分が国王になる為だけに、自分の親兄弟さえも暗殺したっていうのに……!」
「彼らは皆、不運な事故だった」
「説明を要請する。何故スピリトが剣術を極める事に意味が無いと発言したのか」
全身に抑えきれない力が入るスピリトと対照的に、心の内が現れない真顔でクオリアが尋ねる。
一方のヴィルジンからは『クハハハ』と高笑いが返る。
「クオリア。君の常識で考えて良い。君にはその答えが分かるはずだ。“フォトンウェポン”というとんでもない兵器を自由に出せる君ならば」
「その場合、あなたが意図するのは、効率性と推測する」
「左様だ。やはりお前さんとは気が合うな」
ニッ、とヴィルジンが頬を吊り上げる。
「剣も含めた“武器”は時代遅れとなる。人が自前で出す魔術も例外ではない。もっと効率的に、もっと圧倒的に敵を倒せる“兵器”が、この先の戦争では主役になる」
「その“兵器”とやらが、魔術人形って事?」
冷気を孕んだ視線が駆け抜けた。ヴィルジンのサングラスも、その方向を向く。
ロベリアが細めた瞳で、射殺すようにヴィルジンを睨んでいた。
「確かに魔術人形も含まれるが、不服か?」
「勝手に産み出され、道具として使われ、消費物として死んでいく命を見て、父上は何も思わないの?」
「ならばロベリア。姿形が可愛い少年少女ではなく、言葉も発さなければ今と同じ質問が出来るのか?」
「……」
押し黙るロベリアに、ヴィルジンは続ける。
「お前の言う“命”とはなんだろうな?」
「あなたの問いは、即ち“心とは何か”という問いと同義と推測する」
その問いを持って、クオリアはこの異世界にやってきた。あるいはシャットダウンから帰ってきた。
「命、即ち心の定義は、詳細には完了していない。しかし、魔術人形は人工魔石にプログラミングされていた役割とは別に、自らの要求を検索し始めた。それは心の機能の内一つであると判断する」
エスは、自分の“要求”を探している。自身の存在を通して、やりたい事をハローワールドの活動の中で探している。その中で食べ物が美味しい事も学んだ。誰かの為に料理する事も学んだ。アイナという親しい人が出来た。アイナが死にかけた時のショックも得てしまった。しかし暴走したクオリアを止める事もした。
そのエスを侮辱されたような気がして、少しノイズが走る。
「あなたは誤っている。魔術人形は道具でも兵器でもない」
「クオリア。お前さん、優しいな。やはり」
「説明を要請する。それはどのような意味か」
「クオリア。やはりお前さんは、戦いに向いておらんよ。守衛騎士は辛かろうて」
少し溜息を吐きながら、ヴィルジンが背もたれに体を預ける。
「待ってよ、クオリアを騎士として引き抜こうとしたんじゃないの……!?」
「それはスピリト、お前の早計だ。クオリアの本質は戦闘力では無い……あぁ、戦闘力もヤバいくらいヤバいのは分かっておるがな。証左も無いが、十中八九あの大咀爵ヴォイトを倒したのも嘘では無かろう」
少し拍子抜けをしたようなスピリトの隣で、ロベリアも言葉を失っていた。
フォトンウェポン。そこから放たれる
ただ効率的に敵を破壊する閃光を、誰もが想像した。
「……“兵器”とやらを創り出させる気?」
「いいや。それも一興だが……兵器の開発にも、既に充分な人財がいるのでな」
しかしヴィルジンは、不敵に笑いながら首を横に振る。
「“技術”じゃ」
「技術?」
「農業、林業、漁業、貿易、鉱業、医療、生活基盤等のインフラ業、紡績等の軽工業、錬金術建設製造等の重工業、そして軍事――これらすべての産業が発達してこそ、“強い国”になる」
「……」
「儂が望むもの――それはまず、“この国を強くする”事。それには軍事力だけでは駄目だ。あらゆる産業において発達し、人々の生活水準を上げてこそ、儂は強くなるという事だと思う。だが産業がこれ以上強くなるには、あらゆる魔術法則、そして物理法則を使った“技術”が必要だ」
サングラスを取り、光を失った三白眼でクオリアを見つめる。
「そうじゃ。儂がクオリアに期待するのは騎士ではなく、産業革命の為の“技術”。その発明の為のチーム、
ヴィルジンが求めているもの。それはオーバーテクノロジーによる文明の進化そのものだった。
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