第186話 人工知能、国王と食事する①

「状況分析。国王という定義に修正が必要と認識」


 クオリアの父親であるワナクライ=サンドボックスから、人間の支配者に対する評価は低かった。領主を更に超える権限を持つ“国王”という定義も、ワナクライの様に低く評価をしていた。


「庭職人のピートじゃないか。今日の庭園は面白かったよ、あれは東方の趣だな?」

「どうも国王。はは、バレてしまいましたか」

「グレーテル。門番として本当に心強いが、その体勢疲れないか? 休憩取れてる?」

「国王、お帰りなさいませ。ご安心下さい、不審者通過も過労の気配もゼロです」

「やあアニー。相変わらずトウモロコシのパンを焼いているかね? また食べさせておくれ」

「国王様……ありがとうございます。国王様以外では、私達使用人くらいしか食べないんですけどね」


 だが王宮に入ってからも、目前のヴィルジンがとても“国王”には見えなかった。

 隣家の者同士で挨拶するかのような軽い雰囲気で、擦れ違う人間全てに挨拶していく。応じる臣下、更には使用人に至るまでヴィルジンにささやかな美味しい顔笑顔で返すのだった。


 ワナクライの様に、エドウィンの様に、はたまたウッドホースの様にとても誰かの脅威になるような存在には見えない。


 だがこの好々爺は、かつて神聖アカシア王国から“神聖”の名と“げに素晴らしき晴天教会”による完全支配を取り除き、あらゆる面で“強国”に進化させた王である。



 排除虐殺



「すまんの。王宮は広くて、移動するにもどうにも手間がかかる」


 だが白棒で目前の床を叩きながら、確実に王宮の内側へと進んでいく。共に歩くクオリアが衛兵に止められないのが、目前の男の権限を物語っている。


「あなたは国王と定義した場合、あなたにはアカシア王国の為、非常に多くのタスクがあると認識する」

「そうさな。やる事は山積しとる。実際昼食済んだら、また暫く王宮を開ける事になる」

「その中で、自分クオリアと接触する意図は何か」

「だからご飯を食べるに決まっておろうが。儂もお前さんも、お腹が空いておるのだから」


 ヴィルジンは振り返り、盲目を覆ったサングラスをクオリアに向けた。


「クオリア。“美味しい”物は好きか」

「肯定」

「そうじゃろそうじゃろ。美味しい物を食べる最中、食べた後。人間が一番リラックスする瞬間だ。それは人間が文明を持つ前から習性として根付いておる」


 ヴィルジンが止まった廊下の近くには、人間には充分な大きさ程度の扉があった。他の扉はベヒーモスやサラマンダーが入れるくらいに巨大にして鈍重だったにも関わらず、居住区であるこの付近は人間サイズの部屋が多い。

 しかし部屋の中の物音や、匂いで食事の準備をしていることが分かる。


「しかし、確かにクオリアの立場になってみれば、自分が何故呼ばれたのか分からない状態で食べても、それは美味しさに欠けるな」

「情報の不鮮明は味には関わらない。しかしあなたの意図が分からない状況は理想的では無い」

「クハハハハ……! カーネルの話の通り、合理的な子だ……15


 高笑いを一通り浮かべたヴィルジンの暗い瞳が、クオリアへ向けられる。


「エラー」


 先程まで臣下分け隔てなく世間話をしていた好々爺とは、全くかけ離れた値しか検出出来ない。


「いいだろう。食事まで時間はあるし、ロベリア達ももう間もなく来る。その前にお前さんを求める目的……いや、王としての命令でも伝えておこう」

「あなたは誤っている。守衛騎士団“ハローワールド”の管理者はロベリアだ。その為、自分クオリアに“命令”に定義される信号を送る事が出来るのは、ロベリアのみと判断する」

「残念だが、その守衛騎士団“ハローワールド”には、致命的に未来が無い」


 クオリアは表情を崩さない。回路に怒りというノイズが走るが、それに行動は阻害されはしない。


「ロベリアがやっているのは所詮だ。世界にどうあって欲しいか、そのビジョンがまるで欠けている。ロベリアは、儂と“ルート”の間に入りただ邪魔をしているに過ぎない。その先で、この国、この世界に、どう落とし前を着けるかが肝要なのに」

「ロベリアは人間、獣人、魔術人形関わらず、“心から笑える世界”にする事を目的としている」

「どうやって?」


 と、問いつつも、ヴィルジンは続けた。


「……誰もが笑顔になれる世界。その答えを儂は知っておる。儂が進もうとしている道の途上に、その世界はある。クオリアには、前に進める力がある」


 一切の嘘が検知出来ない。ヴィルジンは明らかに自分の言葉に自信を持っている。

 嘘偽りない正直な王は、クオリアへ遂に命令を下した。


「クオリア。“ハローワールド”を抜けて、儂と共に世界を前に進めるのだ」


 クオリアは、返した。

 その間、0.1秒。


「その要請は否決する」

「――クオリア君……」

「クオリア!?」


 クオリアとヴィルジンの神妙な空気。それを裂いたのは、廊下の向こう側からやってきたロベリアとスピリトだった。

 開いた口が塞がらないような二人の反応は、酷く順当だ。ロベリアとスピリトは“会食”にクオリアを呼んでいない。ならば、ヴィルジンが伝えていない限りは、当然の驚愕と言える。


「父上が呼んだの?」

「ああ、そうだ。本日のサプライズゲストという奴だ」


 ロベリアの顔からは、いつもの“お姉さん”の素振りは見えない。ただ父親であるはずのヴィルジンを、深く警戒しているかのように睨みつけている。


「……まさか、クオリア君にコンタクトをもう取ってくるなんて」

「ああ、その話なんだがな。儂、フラれてしまったわ」

「フラれたって事は……父上、クオリアをハローワールドから引き抜くつもりだったの?」

「クハハハ」


 スピリトも事を理解したらしく、クオリアとヴィルジンを交互に見るのだった。

 一方でヴィルジンも冗談を言った後の様に小さく笑う。


「まあ、互いを理解するには、やっぱり美味しい物を食べるに限る」


 ヴィルジンが部屋に入り、料理が敷き詰められたテーブルを示した。


「さあ、昼食にしようじゃないか。子供達よ。積もる話もあろう」


 確かに目前に在るのは、一流料理人が創ったフルコースだ。

 しかしこんな“美味しくなさそう”な極上にして豪華な料理を、クオリアは知らない。それはきっとアイナが作った物じゃないから、という結論ではなさそうだ。

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