第185話 人工知能、国王から食事に誘われる
ロベリア邸に辿り着くと、玄関の前に人が立っていた。
アイナではない。アイナと共に家に残したエスでもない。
貴族が住まう上層において目立つ庶民の服装をしていた、クオリアも見覚えのある老人だった。
「人間認識。
「おー。クオリア。久方ぶりだな」
老人は振り返り、白杖を掲げる事でクオリアを迎える。
白杖と殆ど真っ黒なサングラスが、彼の眼に一切の光が届かない事を示していた。その挙動から盲目であることを状況分析せずとも。
「あなたはどのような目的でここに来たのか。ロベリアとスピリトは、“国王ヴィルジンとの会食”の為、現在は不在だ」
「ああ。問題はない。儂の目的はお前さんと会う事でな。クオリア」
コネクションを着実に広げているロベリアへの来客は非常に多い。偶にスピリトの客人も来ることがある。
しかしクオリアを訪ねてきたのは、この盲目の老人が初めてだった。
「ちょいーと時間くれんか?」
親指と人差し指で“ちょいーと”を表現しつつ、老人は続ける。
「メイドやってる可愛い獣人の娘さんが作る料理には劣るかもしれんが、それでもちゃんとした御馳走をするから……いやーそれにしてもなんと香ばしいカレーの匂いだ。もし店出したら絶対行こう」
「
「それは食事までのお楽しみじゃ。な、頼む。この前の御礼も是非させてくれ」
両手を合わせて頭も下げて頼み込む老人。挙動からして、虚偽らしき虚偽は検出出来ない。
一応の認識に問題が無いと判断したクオリアは、そこで僅かに開いた玄関の扉を見る。
「……おかえりなさい」
どこか珍しい物を覗くような眼差しで二人を見ていたアイナが、恐る恐る扉をあけながら口にする。目の前の老人に関係なく、クオリアは答える。
「“ただ、いま”」
「話は何となく聞いてました……折角だから、行ってきてはどうでしょうか」
「しかし、
「カレーは、夜まで煮込むつもりです。お昼は丁度何しようかなぁって考えてたところでした。家にはエスちゃんもいますし、私の事は気にしないでください」
「クハハハハ……! よし、決まりじゃな。まあ店開いた時には何かご飯作ってくれ、アイナとやら」
アイナが微笑を浮かべ一瞥すると、一旦クオリアと老人はその場を離れた。
アイナの猫耳にも聞こえないくらいの距離になった事と、その質問をした事には何の因果関係も無い。
「あなたの個体名を要請する」
「ん? ヴィルジン」
■ ■
その二人の後姿を見つめるアイナの後ろから、とことこ、とエスが近づく。
アイナに尋ねる前に、クオリアが守衛騎士団“ハローワールド”としての役割外の事で老人と宮殿の方へ向かっている事を認識した。
「アイナ。説明をお願いいたします。クオリアはこの後、私達と昼食を取る予定でした。クオリアの行動はそれと矛盾しています」
今のエスは“わたあめ”に夢中だ。
雲の様なお菓子を口いっぱいに入れて、“美味しい”と共に糖が溶けていく感触を味わっている。
「エスちゃんもだけど、クオリア様、最近は晴天教会と戦い続けて忙しそうで、羽を伸ばしてほしくて」
「私は”美味しい”があれば、そしてロベリア、スピリト、クオリア、そしてお前とコンタクトが取れていれば問題はありません」
アイナの表情に喜びの色が表れる。
「それにクオリア様にお客様って珍しいから。あのおじいちゃん、何となくいい人だと思うし……でも、なんで私が店開きたいっていうの、知ってるんだろう……」
「あの人間はアカシア王国第八代国王ヴィルジンと判断します」
「あっ、あの人が国王なんだ……へぇ……あの人が……」
しばらくアイナは沈黙した。
エスが持っていたわたあめは、木の棒だけになった。
まるで石になった様に二人の後姿を見つめるアイナに、エスが要求を伝える。
「アイナ、カレーを要求します」
「待って待って待ってエスちゃん! 今とんでもなくサラッと大事な事言ったよ!?」
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