閑話1-3 第二王女 × 銀髪眼鏡魔術人形メイド × 雨男 in Lost taste

「姫ー。おーい、ロベリア姫ー」


 やかましく頭を叩かれて、突っ伏した状態からロベリアは目覚めた。

 最初に鮮明になったのは、メイド服だ。更に頭部の部分から獣の耳が生えているような気もする。この特徴だけを頼りに、その人物を言い当てるのだった。


「アイナちゃん……!?」

「はーい、猫耳メイドのアイナでーす。ぶい」

「いや、違う、君は……」


 まず、アイナではない。途方もなく注ぎ込まれる懐かしさと共に、銀髪の髪が肩まで掛かっているのが認識出来た。そしてどこまでも端正な少女の顔立ちを、ピンクの眼鏡がチャームポイントとして修飾されている。


「……ラヴ……!?」


 自分の両手で猫耳を表現していた少女は、“ラヴ”の名前を呼ばれた途端に呆れたように乾いた笑いを見せるのだった。


「まったくもう、まったくもうなのですよ。自分のメイドくらいちゃんと把握してなさいっての」

「なんで……だって、半年前に、死んだはずじゃ……」

「えぇそうですよ、あなたのお寝ぼけを覚まそうと地獄から蘇ってきました。シャーッ!」


 と効果音を発しながら、椅子に座っていたロベリアを後ろから抱きしめつつ、その場に立たせる。


「眠気を覚ますにはコミュニケーションと散歩が一番。折角濃いメンツ揃ってんだからパワーをもらいましょうよ。ほらタイムイズマネーですよ、ぐーたらしてたらもったいない」

「う、うん……」


 完全にラヴのペースに乗せられながら、ロベリアは少女の跡を付いていく。未だ夢心地で、現実味を感じない。しかしこの魔術人形の概念を打ち破るような明朗快活の太陽少女は、紛う事無きラヴという親友である。

 その途中で、窓を丁寧に拭くアイナと鉢合わせた。


「あっ、ラヴさん、それにロベリア様、疲れは取れましたか?」

「うーん、まだ寝ぼけてるみたいでしてね。付きましてはアイナちゃんにもロベリア姫にパワーを与えてもらいたく」


 普通にアイナと打ち解けている。見たことが無いような、しかし前々からそうだったような気もする。多分、自分が寝ぼけているせいなのだろう。

 と、思っていたら。

 アイナのスカートに向かって思い切り下から上へ万歳した。


「ひゃあっ!?」

「おっ、ピンク。相変わらず羨ましい太ももとヒップしてる。でも尻尾見えないですね、もうちょい尻尾出してくれると助かりますねー」


 スカートがまた閉じるまでに見えた内容を具に解説するラヴ。当然アイナは顔を真っ赤にしながらラヴに詰め寄るのだった。


「もう、また! 何するの!」

「大丈夫大丈夫、クオリア君がいない事は重々承知ですから」

「そ、そういう問題じゃありません!」

「あはは、もうそれだけ元気なら問題ないですね! 本当に一週間前まで起きてこないから怖かったんですよ」

「それは……ご心配をおかけしました」

「あなたはまだリハビリ必要な病人。こういう時はちゃんとメイド仲間を頼る事。お医者さんから10日間は静養必要って言われたでしょうに」

「う……それは……」

「ちゃんと元気になったら命一杯頑張ってもらうから。それまでちゃんとチャージしててくださいね。という事で、はい、掃除用具置いて、回れ右して自室へゴーホーム!」


 とアイナを精一杯労わりながら(途中二回くらいスカート捲りをして)自室に戻すと、今度は庭でスピリトとエスが模擬戦闘をしていた所に出くわす。

 目前で急にラヴが声を張るのだった。


「よしよし、よしよしなのですよ。ここはエスちゃんに加勢しますか。なんたってエスちゃんは私の妹ですからね」

「いいえ。私はあなたの妹には当たりません」

「えー」


 腕まくりして模擬戦闘に割り込もうとしたら冷たい事実を突きつけられ、硬直するラヴ。


「ほら、ちゃんとラヴお姉ちゃんって呼んでください」

「それは意味がありません。お前はラヴとこれからも呼称します。先程スピリトから“一本”を取ったのでなでなでしてください」

「えー、お姉ちゃんって呼んでくんないと私やる気が出ないですねぇ……」

「条件を把握しました。“ラヴお姉ちゃん”、なでなでを要求します」

「おーし! よくできましたぁ」


 明らかに不貞腐れた様子から一気に元気になり、エスの頭を撫でるのだった。

 しかし今度は向こう側からクレームが入る。


「いや別に一本取られてないし! てかまだ模擬戦闘中なんだけど!」

「スピリト姫にもそろそろお姉ちゃんって呼ばれたいですねぇ」

「いや、私の姉はロベリアお姉ちゃんだけだから」

「仕方がありませんね。ここでスピリト姫を倒して、私がお姉ちゃんだと認めてもらうとしましょう」

「な、なんでそうなる……ってかアンタ戦えないでしょう」


 戦闘のせの字も知らないような体勢になったラヴにスピリトが指摘する。

 ラヴは古代魔石“ドラゴン”を胸に填め込んだ魔術人形だ。しかし古代魔石“ドラゴン”の力は何故か使う事が出来ず、結果“不良品”として紆余曲折ありロベリアのメイドとして送り込まれた。

 しかし、どうも古代魔石“ドラゴン”の力が全く作用していない訳ではないらしい。

 この人との距離感とか考慮せず、24時間365日明るく振舞い続けるこの性格は、ども古代魔石“ドラゴン”に元々組み込まれた“記憶”らしい。そんな風に昔ラヴは言っていた。


 ラヴは自身が戦闘出来ないことをようやく認めると、ポケットの中から水筒を取り出した。透明な容器の中を見て、スピリトもエスも動きが止まる。


「ただね、ただねなのですよ。二人共水分補給も無しにぶっ通しで模擬戦闘とかどうかしてません? ほら、ここに私お手製の果汁入りのリンゴジュースがあるでしょう?」

「それは非常に美味しいと予測します!」

「……まあ、じゃあ一時中断とするか」


 四人で庭に座り、水筒の中に在るリンゴジュースを注ぎ込む。喉の渇きが相まって、芳醇でさっぱりした爽快感が口と喉を駆け巡る。


「悪くないわね……」

「これは非常に“美味しい”と判断します」


 一方で、ロベリアは一点を見つめていた。

 裏庭の中心。

 そこに、十字架が立っていたような――。


「どうしたんです? ロベリア姫。まだ夢の中?」

「……このリンゴジュース、最近飲んでない気がして……いつにも増してめっちゃ美味しいというか」

「はー、駄目だ、これは重症なのですよ。という訳で今日は私の手料理フルコースと参りますか」

「ラヴ。私も手伝います」

「助かるのですよ。でも私の事はラヴお姉ちゃんと呼びなさい」


 その後模擬戦闘を再開した二人を後にして玄関に向かうと、丁度クオリアが帰ってきたところだった。布袋の中には今日の夕食の食材が入っていた。


「人間認識。ロベリアとラヴを認識」

「おっ、クオリア君お帰り。買い物代わってくれて本当にありがとうなのですよ」

「あなたが現在外に行くことはリスクが高い。先程“げに素晴らしき晴天教会”の人間と戦闘になった」

「はー、本当にしょうがない世界になりましたねぇ。クオリア君がシャットダウンになってまで、大咀爵ヴォイトからこの世界を救ったというのに……守衛騎士団“ハローワールド”の一員たる私は、今の状況を見過ごせないですね」


 今のロベリアの認識はこうだ。守衛騎士団“ハローワールド”のの騎士はクオリア。の騎士はエスである。

 ハローワールドの始まりたるの騎士は、ラヴである。

 ぼんやりした頭で、そうだった、それが正しかったとロベリアは判断する。


「クオリア君。次、私も連れてってください。晴天教会がどれくらいにヤバいのか知りたいんで」

「その提案は否定する。あなたの戦闘力の場合、生命活動維持のリスクが発生する」

「一応魔術人形としては自衛くらいはできますって。古代魔石使えないけど。だけど、現状が分からなきゃハローワールドの一員として、どんだけ皆笑えなくなってるかを知らなきゃいけないじゃないですか」

「……肯定」

「それに、このままだと晴天教会で悪さした奴らを無力化する毎日に追われて、クオリア君まで笑顔失っちゃいますからね……シャットダウンになった時みたいに」


 ラヴは屈んだ姿勢を取り始めた。クオリアの少し疲労した顔色をじっくり見ているのだ。

 次にラヴはロベリアを見てきた。視線を突きつけられて分かる。ロベリアの心の中が、見通されている。


「ロベリア姫は、まだ君をシャットダウンに兵器回帰リターンを命令した事を後悔してる。あれは、誰も笑顔にならない最終手段ですよ……そんなのを使う前に、出来る事したい。私は、守衛騎士団“ハローワールド”の一員として、守衛騎士団“ハローワールド”がいらない世界にしたい。皆が、宗教も派閥も人種も価値観も関係なく、笑顔でいたいときに笑顔で生きられる。そんな虹の麓を見てみたいです」


 そんな虹の麓なんて、目指すべきではあるにしても、やはり完全な実現が出来るかと言えば難しいだろう。

 けれど、このラヴという魔術人形は、自分を何かの道具としか考えていなかったロベリアの価値観を、根底から変えてしまうくらいには影響力が強いのだ。


「クオリア君も、ロベリア姫も。勿論二人も、笑いたいときに笑える世界にしたい。二人共、一人で戦う必要は無いんですよ。皆でそこは苦しみましょ」


 満面の笑みが、ヒマワリの様に広がった。クオリアの疲れが、少しだけ取れた様に見えた。自分の重荷も、なんだか少しだけ拭えた気がした。

 そして、ロベリアは食卓を見る。三人の少女と一人の少年、そしてその中心には太陽の様に輪の中心で輝いているラヴの姿があった。


「……成程。私、本当に寝ぼけてたみたい。が夢だったんだね」

「何ぶつくさ言ってんですか姫ー? 皆姫を待ってますよー」


 美味しそうなラヴお手製のフルコースが並ぶ食卓へ、ロベリアが向かった直後だった。


「あれ?」


 世界が暗転した。

 気づけば、大雨の路地裏にロベリアは飛ばされていた。

 降りしきる無限の雨粒が、雑音を耳栓の様に振りまいていた。一方で視界はまだその先に在るものを映していた。


「……」


 目の前で、ラヴが死んでいた。

 魔石が無くなり、空っぽになった胸の窪み。そこに雨水は溜まっていく。

 足元には、彼女の割れた眼鏡がずぶ濡れになって散らばっている。


「誰もが、笑える世界を、創るんじゃなかったの?」


 ラヴは返答しない。独り言は、水溜りに落ちてもう浮かび上がることは無い。

 その瞼が開くことは、もう無い。


「……あなたは知ってるの? ラヴがどうして死ななきゃいけなかったのかと、ラヴが目指した世界の答えを」


 ラヴを挟んで向こう側に、雨合羽と狐面を被った存在があった。この雨を呼んだ男、雨男アノニマスだ。

 雨男アノニマスは、狐面を取りながら、告げる。


『アンタの力を貸してほしい。ラヴが望んだ世界を作る為に』





 転寝していたようだ。心地よい夢だった。

 『R.I.P. LOVE』の文字を中心に刻んだ十字架を見て、ロベリアはふと呟く。


「あのリンゴジュース、また飲みたいなぁ」


 少女の呟きも虚しく、第二幕への日々は加速する。


 止まない雨に、虹もヒマワリも沈もうとも。

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