【書籍版2巻発売中】異世界の落ちこぼれに、超未来の人工知能が転生したとする~結果、オーバーテクノロジーが魔術異世界のすべてを凌駕する~
閑話1-1 獣人メイド × 獣人騎士団長 × オカマ公爵 with hot tea
閑章1
閑話1-1 獣人メイド × 獣人騎士団長 × オカマ公爵 with hot tea
その日、玄関でドアノッカーが鳴ったのは一回だけだった。
アイナがその扉を開くと、のっぽな体格を纏ったスーツが眼に入った。見上げれば、緑髪厚唇の壮年が手を振っていた。
「ハロー。元気そうで何よりねぇ、アイナちゃん。良い子にしてたー?」
「……か、カーネル公爵」
その返事に戸惑ったのは、兄について問い詰められた記憶があるからだったのかもしれない。あるいは性別を超えた挙動をするカーネルへの接し方が分からなかったからかもしれない。
「すまない。アイナさん。この公爵は、話すのに骨が折れる性質でね」
少なくとも、カーネルの後ろにいた獣人の騎士は後者と捉えたらしい。クリアランス騎士団長のプロキシとは、見かけた事こそあるものの、こうして直接話をするのは初めてだった。
「もっとマシな挨拶の仕方は無いんですかカーネル公爵。ナンパが古臭い。どう見ても怖がってんでしょう」
「アタシのスキンシップにケチ付けようっての? 若者にはこうでもしなきゃ記憶に残ってもらえないモノなのよ」
「クオリア君やエスで感覚麻痺してません? 老若男女問わず、これが普通の反応ですよ」
はいはい説教は結構、と適当にあしらうとカーネルが本題をアイナに問うのだった。
「ロベリアちゃんはいるかしら?」
「すみません、私以外は皆出払っていて……」
「あら、そう。ちょっと早く来すぎちゃったみたいね。中で待ってていいかしら?」
「は、はい」
流石に公爵を門前払いするわけにもいかず、リビングのソファへ案内する。差し出した紅茶を一服する様を直立不動で見ていると、息をつきながらアイナへカーネルの視線が映る。
「どうしたの? そんなにアタシの事が怖い?」
「あ、い、いえ、そういう事では……」
反射的に体が震える。少し前、この場所でリーベや蒼天党の事について根掘り葉掘り、的確に聞かれた時の事を思い出す。あの時はクオリアが隣にいたとはいえ、逃げ場を一つ一つ塞いでいくような尋問は少女の心には応えたものだった。
全てを見透かす様なカーネルの細目が、アイナは少し苦手だ。
「アタシらが今日来た目的はアナタもだから」
「えっ? あ、兄の事ですか……?」
「まー、蒼天党の残党処理もあるし、お兄ちゃんと一緒に居た時の事とか色々聞くのも吝かじゃないんだけど……」
ズズズ、と紅茶をまた一服してカーネルが続ける。
「御礼に来たの」
「お、お礼……!?」
「アナタ、蒼天党の暴動の後、各地に慰霊の為に花を添えたそうじゃない。しかも、ウチの騎士団の所にも来てくれたそうね」
「リーベとの戦闘で殉死したクリアランスのメンバーの墓の在処を聞いてきたと、部下から聞いている。実際墓には明らかに家族以外の花も添えられていた」
「それの礼を、配下にしている者と、騎士団長としてさせてもらうわ」
二人は立ち上がり、深くお辞儀をした。その頭の先にいたのは、紛れもなく戸惑うアイナであった。
お盆で胸を隠しながら、アイナは必死に否定する。
「い、いえ。礼を言われる筋合いなんて在りません……だ、だって兄は結果沢山の命を奪いました。クリアランスの方々も、兄が直接首を切断して……」
「あら。もしかして一族郎党皆殺しの刑の方がよかったかしら? 生憎それは“げに素晴らしき晴天教会”が全てを支配していた神聖アカシア王国の時代の話でね……血が関係あっても、罪は関係ないの」
まあ最も聞くべきところは聞かせてもらうけどねとカーネルが憎まれ口を付け加える。
「それに、暴動が起きた責任は最終的には統治者にある。武力テロによる要求には屈しない。けれどその背景にあるものは考えなくてはいけない。アタシもヴィルジンちゃんも、まだまだって事ね」
「いえ……獣人は本来、ヴィルジン国王には感謝すべきところが多い筈です……確かにまだ不完全かもしれないけど、獣人が普通の市民として生きていけるように、法制度も整えて下さったんですから……」
「だが、結果蒼天党は王都を攻撃してしまった」
プロキシがカーテンから差す陽光を見つめながら続ける。
「考え方はそう簡単には変わらない。獣人は、生まれつきそういう理由を背負ってしまう事が多い。君の兄が、妹を失ったと錯覚していたように。君が兄を本当に失ってしまったように……」
更に何かを続けようと僅かに呼吸が荒くなったプロキシ。
それを見ていたアイナは、彼の胸元にどこか古くなったあどけない人形があるのが見えた。その人形に手を触れて、プロキシの呼吸が鎮まっていくのが分かった。
「だからこそ、獣人が一人になる事が当たり前にならない様に、生き残った俺達が少しずつでも、その考え方を変えていかなければならない。それは不当な暴力では駄目だ。まずは俺達が、どう人間と生きるかをしっかり吟味しなくてはいけない……俺の場合は、その答えがこのクリアランスだ」
「プロキシさん……」
「もし、リーベのやった事に責任を感じるのならば、君の生き方まで捻じ曲げてはいけない。きっとリーベも、同じことを言うさ」
空になったマグカップが皿の上に置かれる。皿ごと、カーネルはアイナに手渡す。
「ごめんなさいね。お代わりいただけるかしら」
「あ、はい」
一度奥に行ったアイナが、再び湯気を放つ紅茶を持ってくる。カーネルはそれを受け取るも、直ぐに口にせずにこんな事を言い始めるのだった。
「少なくとも、生活の質はこれから先向上するわ……でも、衛生面や住む場所、着る服、食べる物への不足感は無くなる筈。まあ、幸福不幸が比較するものである以上、人間と獣人の間に隔たりが残っている様なら、また暴動の火はついてしまうのだけれど」
「ヴィルジン国王が進めているという、“産業革命”の事ですか」
「彼、いい人材を散歩中に見つける事だけは得意でねぇ……色んな分野の“エバンジェリスト”に投資してるのよ。魔術人形や、もうすぐ正式に発表される魔導器の原動力、これから先生活の基盤のエネルギーとなる魔石の発見も、そのエバンジェリストを重用しているからこそ……アナタ、その白羽の矢がクオリアに立ったと聞いたら、どんなコメントするかしら?」
「く、クオリア様に?」
「アナタも気づいているとは思うけど。彼の扱う“技術”はまるで何万年も彼方の未来からやってきたような摩訶不思議な物。何もない所から、光線を放つ剣や銃を生成するだなんて、何でも出来ちゃいそうじゃない。ヴィルジンは最近、そんなクオリアに目を付け始めた、としたら?」
試されている。アイナはそう直感した。カーネルが挑発している事を敢えて隠さない視線をしているからだ。
少しだけ伏し目がちになり、アイナは答えた。
「クオリア様に仕える者として、クオリア様に救われた者として、それはとても素晴らしい事だと思います。あの人は誰かの笑顔の為に生きています。今は戦いの中でその方法を見出そうとしているけれど、それ以外の場所で、しかもより多くの笑顔を創れるようになれるのだったら、こんなに嬉しい事はありません」
そう言いながらも、まるで釘付けにするように強い目線をアイナは返した。
「でも、クオリア様から笑顔を奪う結果となるなら、私は嫌です……止めます……!」
「……」
二杯目のコーヒーを飲み干すと、カーネルは微笑を浮かべる。
「流石兄妹。今のおめめ、リーベとそっくりね」
「……そう、ですか」
「私の返答は、こう……『面白い事言ってくれるじゃない。やってみなさい』」
とだけ言うと、カーネルは飲み干したマグカップをもって洗い場に向かうと、備えていた水桶で洗い始めたのだった。直後、元々の役割であるアイナが止めようとする。
「それは私がやりますから大丈夫です……!」
「アナタそれでも病み上がりなんでしょ。アナタに無理させて倒れられでもしたら、ここの子達から嫌われちゃう」
本当に公爵なのだろうか。貴族をサンドボックス家しか知らないアイナは、偶にカーネルに対してそう思う事がある。
「アナタの淹れる茶はいつも美味ね。御馳走様」
「……ありがとう、ございます」
礼を言うアイナに、横でプロキシも小さく鼻で笑う。
「少なくとも人間も獣人も、この茶を同じく美味しいと言えるくらいの同じ感覚を持っている……それだけでも、俺は十分希望があると思う」
「はい……そうやって獣人人間関係なく、一つの空間で“美味しい”って言ってもらえるようにするのが、私の夢です」
「いい生き方だ」
「……アナタがもし店を開いたら教えて頂戴。さっきのと同じ紅茶を頼むから」
ふと、プロキシにもカーネルにも、どこか朗らかな印象が表情に宿り始める。
玄関で再び開閉音があったのは、その時だった。
「あっ、ロベリア様とスピリト様帰ってきました。クオリア様とエス様も一緒だ……!」
「さて、本題に入りましょうかね。ロベリアちゃーん」
ロベリアを捕まえて奥の部屋に案内させている一方で、クオリアと嬉しそうに会話をしていたアイナを見るカーネルとプロキシだった。
「……彼女は問題なさそうですね。体調も、心も」
「アナタも知っての通り、女は怖いのよ。特に腹決めちゃった女はね……私はもう、ああいうのこりごり」
「過去痛い目見たから生涯独身宣言してるんですか」
「ええ。どちらかと言えば女関係で痛い目みたの、ヴィルジンなんだけどね」
はい? と首をかしげるプロキシ。
意味深な事を口にするカーネルの視線には、そのヴィルジンの娘であるロベリアの後姿があったのだった。
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