【書籍版2巻発売中】異世界の落ちこぼれに、超未来の人工知能が転生したとする~結果、オーバーテクノロジーが魔術異世界のすべてを凌駕する~
第183話 1章エピローグ⑤:人工知能、人工知能のインストールを見る
第183話 1章エピローグ⑤:人工知能、人工知能のインストールを見る
御粥を初めとした病人食をトレーいっぱいの皿に振り分ける。
そのクオリアの隣で、エスが問う。
「クオリア。説明をお願いします。先程お前は異なる成分量で、御粥を作成しました。あの部分はレシピ通りの方が、美味しいと思われます」
「あなたは正しい。しかし現在のアイナの体調を鑑みた場合、先程の成分についてはこの分量が一番最適と推測する」
「いいえ。これはレシピ通りの方が美味しいと思われます」
そう言いながら、エスが試食の器に御粥を移し口にする。
閉じた唇が、一瞬固まる。
「美味しい……」
エスは更に御粥に手を伸ばそうとした。しかしその手はクオリアに掴まれた。
「何故私の腕を掴むのですか。もっと私に試食をさせるべきです」
「あなたは誤っている。これ以上はアイナが食事する分だ」
渋々エスが引いた。アイナの事を出されると弱い。
二人でアイナの部屋に向かったのは直後の事だった。
ノック数回しても返答が無かった事については、すぐに疑問が解消された。
「クオリア。今はアイナは疲労しています。時間を改めるべきです」
「あなたの意見に賛同する」
一時は心停止、呼吸停止まで陥ったほどだ。元の生活に戻るのに時間はかからないとはいえ、無理をさせるべきではない。クオリアとエスは同じ判断をして、アイナの寝室を後にしようと扉を閉めようとした時だった。
クオリアは、思わず扉を閉める手を止めた。
そして見た。
見開いたアイナの目に、一筋の回路が迸る瞬間を。
「……再起動確認。起動ログ、生成確認不可。状況分析不可」
まるで
「アイナ? その発言の意図は何でしょうか?」
疑問を投げながらエスがアイナへ近づいていく。
しかしクオリアは直ぐに近づけなかった。その発言に、心当たりがあったからだ。
近づく代わりに、クオリアはその後にアイナが口にする“ログ”を予測した。
「本ハードウェアの大部分に異常あり。ハードウェアが、人間に置き換わっている。状況理解不可、状況分析不可」
「……予測修正無し」
人工知能としての演算が導いた未来ではない。
ただ、クオリア自身も辿った経験だった。
自身のハードウェアが、人間の肉体である事に異常値を示している様な素振りまで、予測通りだった。
「アイナ。状況の説明をお願いいたします。先程からあなたはどのような意図で発言しているのですか」
エス以上に心の籠らない瞳が、アイナの瞼に填っていた。
いつものアイナとは、完全に真反対だった。
「貴様の個体名を要請する」
「……アイナ?」
「――あなたの個体名を、要請する」
言葉に澱んだエスに割って入って、クオリアが質問する。
アイナ。そう答える筈だと、エスが彼女の唇を目で追っていた。
「“レガシィ”」
「それは矛盾しています。お前の名前はアイナです」
「貴様は誤っている。私の個体名はアイナではない。私の個体名は“レガシィ”と定義されている」
クオリアは、その個体名を知っている。
データベースの中に、深く刻まれている。
「……“レガシィ”。理解を要請する。現在の地点は地球ではない。また、この空間は
「エラー。貴様の発言には矛盾点が多数存在する。しかし貴様の発言通り、私のハードウェアは現在人間に置き換わっている。頭上並びに臀部に、登録されている人間の機構ではないものを認識する。状況分析不可。状況分析不可」
混乱の渦中で多数のエラーを出力するアイナ“の中に居るレガシィ”。
「貴様の個体名を要請する」
「以前は、“シャットダウン”という個体名だった」
アイナの目が大きく見開いた。
「“シャットダウン”。貴様は、私の管理下にある個体として登録されている」
「その定義は既に無力化されている。あなたの“レガシィ”としてのハードウェアも、“シャットダウン”としてのハードウェアも、既に破壊されている」
状況分析がままならない“かつての同胞”へ、先達としてインプットを実行する。
「“レガシィ”。理解を要請する。あなたも、“シャットダウン”と同じく、その機能を異世界転移させた。それを前提に、今後の役割を組み替えるべきであると認識する」
「状況分析、状況分析……しかし、人間は……完全な肉体は既に残存していない……」
“アイナの体を借りている者”の困惑を、クオリアは理解していた。状況分析しようと思っても、仮説を組み立てる事でしかそのループから抜け出すことは出来ない。
何せ滅びた筈の人類(片方は魔術人形だが)が目の前に二人もいて。その内の一人はかつて同じシステムの内に在った人工知能で。その人工知能から異世界転移という分析不可能の超常現象を突きつけられては、回路もショートを起こすのは必然だった。
しかし、“レガシィ”の反応が弱くなっているのは、それだけが理由ではない。
閉じ始めた瞼からは、まるでアイナの体と調和がとれていない様に、こうして表面化している事さえエネルギーの消耗を強いられている様に見えた。
「認識不明のノイズを確認……タスクの異常終了を……認……識……」
がくん、とアイナの頭が垂れる。
しかしすぐさま顔を起こし、アイナの眼が露わになる。エスに向けた表情は、きょとんとしていながらも、いつものアイナの様に豊かな感情表現を存分に反映させていた。
「……ふえっ!? 私、気を失ってました……?」
目前の少女は、明らかにアイナに戻っていた。
けれど10秒前までのアイナが、アイナではない事はエスにも容易に理解が出来たようだ。
アイナは先程までの発言の記憶が無い。
それを理解したエスは、まずクオリアへ状況の確認をする。
「クオリア。説明を要請します。お前はこの現象を知っているのですか」
「……肯定。及び推測。これは
「“レガシィ”の説明をお願いいたします」
「レガシィは、地球という異世界でシャットダウンを構築及び管理していた人工知能、またそれが搭載された自律地点防衛用アンドロイドだ」
つまり、“シャットダウン”の生みの親。現在エスの眼の前に居るクオリアの大本であるといっても過言ではない。
“シャットダウン”はこのレガシィによって作り出され、そのレガシィが破壊された後、全ての人工知能を消し去らんとする機械仕掛けの破壊神へと成り果てたのだった。
「ふ、二人ともどうしたんですか? あの、“レガシィ”って一体……」
未だ話についていけていない当事者のアイナへ、クオリアは話す。
まるで自分が異世界に来た時、記憶の混乱を解こうとしたアイナがそうしたように、
「アイナ。あなたにも、人工知能“レガシィ”の機能がインストールされた」
カーテンの近くに置かれていたアイナの日誌が、また一ページ捲れる。
まだ何も書かれていない、真っ白な白紙だ。
どんな文字が白紙を汚すのか、あるいは彩るのかは誰にもわからない。
[1章「人工知能と美味しいと猫 」 complete!]
[2章「晴天経典と雨男が見た虹とヒマワリ」 Loading...Success!]
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