第178話 1章エピローグ①:黒幕の末路

 王都とは反対方向へ逃げていく集団があった。

 ウッドホースは、どことも分からぬ森の中を数人の部下と共に彷徨っていた。


「……まだだ……まだだ……」


 全身、満身創痍だった。他の部下も無事ではない。

 トロイはほぼ壊滅し、本命の古代魔石“ブラックホール”も結果的に消滅した。今やアカシア王国からすれば蒼天党以上の反逆者として見られており、このまま捕まれば処刑は免れない。

 しかし、未だウッドホースの顔から壊れた笑みが剥がれない。


「最後に勝つのは……勝利者は、王は……この俺だ……」


 ウッドホースの手から溢れんばかりの大きさで、最後の古代魔石“ブラックホール”は月光に反射することなく、漆黒にどよめいていた。

 星無き宇宙に魅入られたように、ウッドホースの眼が狂気色に血走る。

 

「……古代魔石“ブラックホール”、話に聞いていた以上の、とんでもないモノだったじゃねえか……もっとこれを解明して、俺が第二の大咀嚼ヴォイトになるのも面白い……」


 “げに素晴らしき晴天教会”は崇拝していないが、今なら神を信じる事が出来る。

 思えば大咀嚼ヴォイトに吹き飛ばされた時も、同一の力を持つ“ブラックドッグ”を纏っていたおかげで事なきを得た。聖テスタロッテンマリア迷宮の崩落に対しても同様だ。


 後の顛末はウッドホースも知っている。

 大咀嚼ヴォイトがどんな存在だったかも再認識した。

 伝説に違わぬ、規格外の化物。

 あれを飼いならす事が出来れば、騎士団だろうが晴天教会だろうがゼロデイ帝国だろうが簡単に屈服させることが出来るのは周知の事実だ。


「俺は舞い戻るぞ……大咀嚼ヴォイト、この力を解明してな……!」


 風は自分に吹いている。

 掌に乗った石に野望を込めて、今は後ろへ前進するだけだ――。



魔石回帰リバース


 超常現象による爆発が突如巻き起こった。

 途方もない炎や雷撃、鎌鼬が残党を蹂躙する。


『ブラックホール』

魔石回帰リバース!」


 ウッドホースは“ブラックドッグによる重力波で並み居る“スキル”を全て弾き返す事が出来た。だが振り返った時には、部下たちはもう人の形を留めていなかった。


「スキル……魔術人形……?」


 歯軋りしながら、ウッドホースが周りを見渡す。

 雨合羽を被った少年少女達が夜闇の中に見える。


雨天決行レギオンか……!?」

、流石に古代魔石“ブラックホール”は厄介じゃのお」

「アホが。昨日で散々思い知らされたやろ」

「手負いとはいえ、雨天決行レギオンのメンバーの多くが生命活動を停止する立ち回りを想定する必要がある」


 歳を錯覚するような喋り方をする金髪の魔術人形の少女。

 方言訛りが酷い青髪の魔術人形の少年。

 そしてをする赤髪の魔術人形の少女。


 その三人を先頭に、他の魔術人形も明らかに感情があるような素振りで、しかし魔術人形らしい完全な連携でウッドホースの逃げ場を完全に塞いでいた。


「貴様ら……この期に及んで……王たるこの俺に」

「――てめぇは間違っている」


 雨天決行レギオンの中心から、唯一の人間が抜き出てきた。

 雨男アノニマス。ウッドホースも最早よく知る脅威だった。


「結局てめぇは大咀嚼ヴォイトの力に一番近い所に居ながら、その本質を見出す事が出来なかった。壊す事しか考えていない」

「何を言っている」

「……ラヴが望んだ虹の麓には、ただの害悪でしかない」

『“ドラゴン”』


 雨男アノニマスの胸から、光に満ちた一つの生物が煌めいた。

 今やどのダンジョンにでも存在が認識されていない、伝説上や経典上の文章でしか見ない、大空を支配する気高き生物。

 “ドラゴン”。

 それが、夜闇の森を乱舞する。 


 龍の渦の中心で、狐面に覆われた瞳をウッドホースへ向けた。


「そろそろ舞台から降りろ。魔石回帰リバース


 背後に迫った翼竜が、その瞬間だけ誰かを愛する女性の如く雨男アノニマスを抱擁する。


 雨男アノニマスを支えようと抱きしめているのか。

 それとも雨男アノニマスを止めようとしがみ付いているのか。


 誰にもわからぬまま、雨男アノニマスから風が吹き荒れた。

 

「スキル深層出力“廻閃環状ブロードキャストストーム”」


 螺旋を描く竜巻。

 しかし不自然に、水平に、かつ人一人分くらいに細く展開された。

 竜巻の目と呼ばれる始点と終点に、それぞれ雨男アノニマスとウッドホースが位置している。


 竜巻の“トンネル”が出来た。

 雨男アノニマスが駆けて跳ぶ。

 右脚を、跳び蹴りとして前に突き出す。

 その体勢で、飛矢の如く全てを置き去りにしてウッドホースへ投擲される。


「スキル深層出力――圧縮ジップ!!」


 迫る雨男アノニマスを、重力の檻が捕捉する。

 あらゆる超常現象を押し返す力が、一人の肉体をやりすぎな程に圧縮する――事が出来ない。


「なっ……圧縮ジップが……!?」


 古代魔石“ブラックホール”の力が、大咀嚼ヴォイトの力が、押しのけられている。

 雨男アノニマスを中心として、重力波に拮抗する力がある。


 思えば――そもそも雨男アノニマスが聖テスタロッテンマリアの迷宮で、一度圧縮ジップをまともに受けたにもかかわらず、


「龍……!?」

 

 その理由が、雨男アノニマスを取り囲む幻影が、一瞬だけ鮮明になった。

 白い翼竜。それがブラックホールの力から雨男アノニマスを守っている。


「あっ」


 圧縮ジップが先端の右脚に突き破られたと同時、穂先のように“ブラックドッグ”に着弾した。

 衝撃が、漆黒の鎧ごとウッドホースの全てを砕いた。

 

「がああああああ!?」


 ブラックドッグは割れ、内臓も殆どが衝撃で粉々になり、殆ど虫の息のままウッドホースが転がる。

 ウッドホースの口から大量の血が溢れる。

 放っておいても死ぬのは明白だ。


「死ね」


 しかし突如大降りになった雨の中、雨男アノニマスがウッドホースの頭を鷲掴みにして持ち上げる。息の根を確実に止めようという意志が、その掌から滲む。

 

「くっ……」


 最後の抵抗だった。ウッドホースは僅かに動く右手で、雨男アノニマスの狐面を掴んだ。

 しかしそこで力が伝わらなくなり、結果的に狐面が取れる形となった。


 つまり、雨合羽のフードの下、素顔が雨曝しになる。


「お、お前は……!?」


 自身が死に行く事さえ忘れた。

 それくらいに、ウッドホースの最期は驚愕に包まれていた。


「ま、待て、お前は、……!?」

「……。だが、一つだけわかっている事がある」


 ウッドホースの最期の叫びも、夜空の号泣にかき消される。

 だが確かにそれを耳にしていた雨男アノニマスは、冥途の土産を送る。



 直立の状態から、ウッドホースの首を目掛けて右脚が穿つ。

 頸椎どころか首全てが吹き飛ぶ爆音が、ウッドホースとその野望の終焉を告げた。




 こうして蒼天党から始まり、トロイの野望に利用され、大咀爵ヴォイトを空に写した悪魔の秘石は、最後には雨男アノニマスの手中に収まった。

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