第169話 人工知能、星喰らいを凌駕する③
もう一度空を見上げたら、大咀爵という忌むべき存在が聳える気がした。
幽霊相手にも似た恐怖に慄き始めた頃、人々はある現象を目撃し始めた。
怯える母親の手を握りながら、幼き少女は興味深そうに彗星群を見る。
司教は不吉の前触れと叫びながら、彗星群を睨む。
貴族の老人はもう何も見たくないと、彗星群から目を逸らす。
晴天教会の聖歌隊は、彗星群を見て再度歌い始める。
獣人の中年はどうせ何も変わらないと、酒の肴に彗星群を見物する。
創られたばかりの魔術人形の少女は、彗星群を情報として取得する。
俺が大咀爵を倒してやると、獣人の少年が丘で彗星群に棒を向ける。
俺も大咀爵を倒してやると、人間の少年が丘で彗星群に棒を向ける。
花に水やりをしながら、ある女店主は無言で彗星群を見つめる。
今の仕事はあんた治す事だと、ある医者は彗星群を見ずに治療を続ける。
俺が守ってやると、獣人の少年は妹を背に隠しながら彗星群を見上げる。
あら綺麗ね、絶対何かあるわね、とカーネルは彗星群を観察する。
クリアランスに指示を出しながら、プロキシは彗星群を前に形見を握る。
ある魔術人形の手にあった元々リーベだった魔石は、彗星群に反射する。
マインドの為に置かれた花は、彗星群に共鳴する様に花弁を散らす。
三人の魔術人形に付き添われながら、
ロベリアは気付けば足が動いていた。
スピリトは気付けば足が動いていた。
エスは気付けば足が動いていた。
真昼にも関わらず見えた彗星群。
あまりのエネルギー量に空間が歪み、蜃気楼の様に何百光年も先の彗星群がくっきり刮目できた。そんな理屈の説明を、誰も要請していない。
あそこにクオリアがいる。そう思ってしまった。
大空の向こうに届く体術も魔術もスキルも無かろうが、足が動いてしまう理由なんてそれで十分すぎた――。
アイナの部屋のカーテンは揺れ続け、ずっと窓から彗星群が見えた。
風はアイナの日誌も捲り、あるページで止まった。
『クオリア様が目を覚ました。自殺の後遺症で記憶がおかしくなり、私の事も覚えていないみたいだった。それでもよかった。お兄ちゃんみたいにならなくて、本当に良かった』
『どうか拾えた命を大事に、クオリア様が幸せに生きていけますように』
■ ■
『Processing... 8.2%..』
対消滅という概念がある。
全く
地球という世界の人類はその概念を発見したものの、対消滅時の膨大なエネルギーさえ活用できなかった。人工知能は対消滅した際のエネルギーを永久機関の如く使用し、対象と対消滅を引き起こす際の反物質を生成かつ保管する事さえ出来るオーバーテクノロジーを生成したのだった。
その到達点こそが、
シャットダウンがフォトンウェポンから発する光球は、強制的に対消滅を引き起こすように演算された、特殊な反物質である。
そしてシャットダウンのラーニング能力は、例え相手がブラックホールであろうと対となる
フォトンウェポンから斉射された宇宙全てを照らす光は、たった一発で世界ごと物語さえ消し去ってしまいかねない、そんな
『残り1兆5810億9618万73個』
『Processing... 8.3%..』
ブラックホールと、それに衝突した彗星の如き
星程に大きい閃光を発しながら跡形もなく対消滅していく。
彩無きモノクロの巨大な花火が、既に2000億も宇宙で光って咲く。
それでもまだ、残りのブラックホールは1兆以上存在する。
この漆黒は一つたりとも通す訳にはいかない。
それまで自身が無力化する事も許されない。
だからこそ、両手に握ったフォトンウェポンのトリガーを引き続ける。
『Execution Superposition』
“
『残り1兆397億9918万9921個』
『Processing... 8.4%..』
押し寄せるブラックホールの一つ一つの軌道を、
ここまで全弾の
『予測修正在り。最適解変更』
目まぐるしく照準が入れ替わる。
シャットダウンのメインカメラに、一兆のポインタが所狭しに描写されていく。
インプット。ラーニング。状況分析。最適解変更。これを1兆回繰り返す。
人工知能の演算能力を、オーバーフロー寸前まで追い込んでも。
『残り6341億2130万1758個』
『Processing... 8.6%..』
一瞬、シャットダウンはアイナ達のいる惑星の方角を見た。ノールックでも分析も斉射も行えるため、問題はない。
だが対消滅の光が交錯し、もう星の光すら検出できる状態にない。
そもそも、何故こんな無駄な行動を取ったのか、シャットダウンには分からなかった。バグと判断し、目前の1兆を超えるタスクに全てのパフォーマンスを注ぐ。
『残り882億7334万3802個』
『Processing... 8.8%..』
予測との誤差を検出する。
トリガーを引く。
ブラックホールの対消滅を確認する。
全てがプログラミングされた、ルーチンワークだ。
そして、最後のトリガーを引く。
合計弾数、1兆7999億9275万389発。
『全てのブラックホールの消滅を確認』
『Processing... 8.9%..』
空っぽの宇宙に、未だ唸り声を上げる大咀爵ヴォイトを認識する。
まだタスクは完了していない。大咀爵ヴォイトをゴーストとして存在たらしめている暗黒物質、即ち魔力を完全に消滅させなければ、無限にブラックホールは生成され続ける。
全てを終わらせるための最適解も、既に算出済みだ。
『Type SWORD STREAM MODE』
銃から柄の形へ変貌したフォトンウェポンから、
大咀爵ヴォイトの反物質で構成された
宇宙を両断しかねない程にどこまでも、どこまでも伸びていく。
自らを貫かんとする聖剣を見ても、回避すらせずに見ていたのは魔王ゆえの余裕だったのか、その聖剣すら食せるのか品定めをしていたのか、あるいは――。
『あっ』
なんて思考を巡らせることをシャットダウンが知る由など無く、
『ヴォイトの排除開始を確認』
『この味は、懐かしい……』
全身から
『ユビキタスが、最後に俺にくれた――ああ……ああ……』
宇宙全てを照らすような閃光の拡散と同時、シャットダウンのメインカメラから対象は完全に消失した。ゴーストとしての暗黒物質もろとも、復活の権利すら与える事の無い、文字通りの最適解であった。
『エネミーダウン。対象の排除に成功』
もう二度と、大咀爵ヴォイトは空腹に苛まれることも無い。
『Processing... 10%..』
脅威は消滅した。もう敵はいない。
それでも
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