第162話 人工知能、王都が滅びる程のブラックホールを受け止める①

 一体全体、最下層で見た雪のように真っ白な少年は誰だったのか。

 聖テスタロッテンマリア迷宮の最下層で見た、異常な重力波は何だったのか。

 そして、どうして聖テスタロッテンマリア迷宮は音を立てて沈むのか。


 突如吹き荒れ始めた嵐の中、誰もクオリアや雨男アノニマスに尋ねる余裕は無かった。


「空が……」


 青空に重なる雲の模様が、歪んでいた。

 虫食いの様に欠落している。寧ろ綺麗な純白色の風穴が青空に鎮座している。

 群青なる青空。自由なる積乱雲。青と白灰色で彩られたこの風穴に捥ぎ取られ、一瞬だけ輪郭となって――そして中心に消えていく。

 正確には風穴に吸い込まれているのは、背景である青空や雲を視認可能にしている光だ。


 その欠落の中心に、ヴォイトはぽつりと浮かんでいた。


「クオリアちゃん。アナタ、あれが何か知ってるのかしら」 

雨男アノニマスの発言から、大咀爵“ヴォイト”に関連するものと判断している。ゴーストと推定している」

「ゴーストにしても異端だがな」


 場がざわめく。エスは知らなかったのか無反応だったが、場の騎士達は一人残らず浮足立つ。ある騎士は、クオリアと雨男アノニマスの言葉を拒絶せざるを得なかった。


「で、でたらめを言うな! そ、そんな事、だってヴォイトは2000年前の……」

「じゃあ、あの魔術でも説明がつかない現象はどう説明する気かしら?」


 しかし責める言葉を受け止めたのはカーネルだ。答えに詰まる騎士に、しかしカーネルもプロキシもそれ以上指摘することは無い。

 突如目前で世界を滅ぼした伝説が再現されたと聞いても、それを吞み込める人間は少ないだろう。


「……そもそも、今アタシ達が認識しなきゃいけないのは、あれがヴォイトかどうかじゃない。あれがどれだけ脅威かどうかって事よ」


 では、どれだけ脅威か。その説明を求める者はいなかった。

 大森林の中、鳥や魔物達の騒めきすらかき消す大音量で地響きを鳴らしながら、今まさに現在進行形で聖テスタロッテンマリア迷宮が潰れているのだ。

 遥か昔の建造物とはいえ、その堅牢さは誰もが身にしみてわかっている。それをたった数回の重力波で粉々に打ち砕いた時点で、脅威度は青天井に伸びている。


『……ご飯、いっぱいある』


 上空の彼方で下界を見渡している筈なのに、地上にいたクオリア達にも何故か声が響いた。

 途端、青空が更に歪む。ヴォイトの重さに、世界が耐えきれていない。それを示すように、徐々に大きくなっていくヴォイトの右腕に集約する様に、風景が湾曲し始めていた。


『食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい』

 

 人の枠から外れた真っ白な右掌に、が出現した。

 途端、まるで空気が球体に吸い込まれるように嵐がクオリア達を掠めて昇っていく。


「あれが……ブラックホール、なのか……」


 騎士達もブラックホール自体は見たことが無い。歴史を記した文献と、あくまで魔石の解析を経て入手した被害範囲しか知らない。だがかの黒い太陽の禍々しさは、知らなくとも感じ取ることは出来てしまう。

 そもそも、実物のブラックホールを見たことがあるのはクオリア位のものだ。

 

「状況分析。先程の重力波よりも甚大なエネルギーを認識。しかし完全なブラックホールではない。しかし、疑似的にブラックホールを再現していると推定される」

「クオリア。説明をお願いいたします。あのブラックホールにはどれだけの破壊力がありますか」


 クオリアはシミュレートした。人工知能は無慈悲に仮想世界にて、あのブラックホールが沈んだ際の被害を算出する。疑似的とはいえ、中で躍動している重力のループは天文学的なエネルギー量を弾き出している。

 “美味しい”の消失を計算した瞬間、ノイズがはためいた。

 


「結論。半径100km圏内が壊滅的な被害を受ける事を認識」

「王都滅びるじゃないの」

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