第160話 人工知能、世界を破壊した大咀爵の再来を見る①

 鼓動。

 鼓動。

 鼓動。

 鼓動。


 人工知能では絶対に出せないような心臓に似た音が、古代魔石から反響する。

 檻から出たいと格子を叩く音にも聞こえた。

 恨みを抱いて地団駄を踏んでいる様にも聞こえた。

 世界を糾弾している様な鼓動に合わせ、広がる魔力の波紋があった。


 直ぐに演算機能を取り返し、状況分析を再開する。勿論ウッドホースと雨男アノニマスへの警戒を怠らない。

 しかし雨男アノニマスも、今が異常事態であることを理解したようだ。古代魔石“ブラックホール”への接近を停止して、事態の把握に努めた。


「……何しやがった。ウッドホース」


雨男アノニマスに問い詰められ、ウッドホースも首を横に振る。


「ち、違う、俺じゃない……俺もこんなのは分からない……」

「虚偽の報告ではないと判断」


 クオリアもウッドホースに対しては注意深く見ていたが、古代魔石“ブラックホール”を遠隔操作した素振りは見えなかった。

 挙動からして、ウッドホースにしても想定外の出来事のようだ。これ以上問い詰めても何も出ないだろう。


 だがかつて古代魔石“ブラックホール”をハッキングした際にラーニングした内容と、今の“鼓動”は明らかに矛盾している。


「古代魔石“ブラックホール”に関する情報をアップデートする必要発生。再度ハッキングを行い、5Dプリントによるスキャンを用いてラーニングを実行する」


 クオリアが右手に量子干渉機能付きの5Dプリントを起動させようとした時だった。



 突如途方も無い重力波の濁流が、鼓動と一緒に零れた。

 破裂し拡散した無が、迷宮の壁すら圧し潰し始める。

 ブラックドッグを経由したものよりも、数十倍凄まじい威力だ。


「重力波を認識」

「ちっ」


 即座に重力波への干渉を実行。五指から極細の光線を発射して、重力波を無力化する。

 雨男アノニマスも重力波の軌道を見切り、飛行能力で回避し切っていた。


「う、わ、助け」


 だが誰も、ウッドホースを庇うだけの余裕を演算できるものはいなかった。

 ブラックドッグによる制御も聞かず、自前の重力波も簡単に飲み込まれた。


 結果、全てを押しのけ吸い込む古代魔石“ブラックホール”の余波は、ウッドホースのみを彼方へ吹き飛ばす結果となった。


「う、うわああああああああああああああああああああああ」


 迷宮の奥へ一瞬のうちに吹き飛ばされ、薄暗き迷宮の背景へと完全に消え去った。しかしクオリアも雨男アノニマスもウッドホースを気にかけている余裕はない。


 今度は古代魔石“ブラックホール”が、固形を忘れて変貌していたからだ。

 ただ黒いだけの不定形へと変わり果てていく。

 クオリアも、雨男アノニマスもかつて視認したゴーストの前兆だった。


「状況分析。リーベの背後に存在した暗黒物質と同一と認識」

「古代魔石そのものが、ゴーストになろうとしている……?」


 揺らめく暗黒物質そのものが、地面に滝のように降り注ぐ。

 茫然と見つめるクオリアと雨男アノニマスの前で、グラスに満たされるように一人の少年が象られ始めていた。


「人間認……エラー、人間ではない。あれは、ゴーストが一番近似している」


 それでも外見だけは人間の少年であるとクオリアも認識している。

 クオリアと同年代の顔立ち。寧ろ体はクオリアよりも小さく、細く見えた。

 痩せこけた線が頬に見える。

 眼の力も弱い。

 末期の大病を患っている様にさえ、クオリアと雨男アノニマスには感じられた。


「……聞いた事がある。大咀爵“ヴォイト”は、その二つ名として呼ばれる前は、魔王と恐れられる前は、貴族生まれながら大病を患った少年だったそうだ」


 飛行状態を説かぬまま、どんな攻撃が来ようとも対応できるように備えながら、まるで自身の知識を整理しているかのように雨男アノニマスが説明を続けた。


「そして“大咀爵”になってからも、人間時は明らかに病弱な姿をしていたそうだ。

「あなたの発言を真とした場合、あの脅威と特徴が一致している」


 状況分析するまでもなく、その姿が全てを物語っている。

 暗黒物質から構成されたゴーストな筈なのに、身に着けている病人着のような服装も含め、どこか真っ白に瞬いている矛盾さがそれに拍車をかけている。

 雨男アノニマスも当然、同じ仮説に辿り着く。



「あれは大咀爵“ヴォイト”だ。どうみても本人じゃねえ、ゴーストっぽいがな」



 干からびた大きな眼球が、ぎょろりと二人に向いた。

 少なくとも本人ではない。ヴォイトは2000年前以上の人間であり、まず生存している事はない。

 更に人間として認識できる要素がどこにもない。

 この少年は空っぽだった。

 魔術人形よりも、致命的な位に中身ががらんどうに見えた。


『……ねえ』


 一番近いのはゴーストであり、そして魔物だ。

 譫言を呟きながら、力ない足取りで彷徨い始めたこの少年の眼からは、魔物と同じ値しか読み取れない。

 リーベが復讐と妹への愛を魔石化し、果てにゴーストになったのと同じだ。だがリーベと一番異なる点は、最早大咀爵ヴォイトであっただろう心は、微塵も存在しない事だ。


 唯一感じるのは、魔物とよく似た一つの本能だ。


 


『食べたい……お腹が、空いた……美味しいもの、いっぱい、いっぱい食べたい……!!』

 




 “美味しい”を求めて嘆く子供の声が発された途端。



『お腹が空いたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』



 先程の重力波さえ生ぬるく感じる程に、ヴォイトを中心に重力が破裂した。


 そして、聖テスタロッテンマリア迷宮の最下層が致命的に崩れ出した。

 

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