第159話 人工知能、伝説の目覚めを見る

 仕留め切れてはいなかった。


「あ、あ、ぐあ……ぐあ……」


 だが左肩を抑えながら悶えるウッドホースを見れば、勝負の行方は明らかだ。

 左肩から止め処なく血を流す反逆者を見て、クオリアはしかし一つの異常を観測する。


「エラー……嗅覚に異常が発生」


 血の池の光景と、クオリアの“嗅覚”にある差異が生じた。

 鉄と近似するヘモグロビンの臭いを、感じる事が出来なかった。

 0.2歩だけ、クオリアが人間からはみ出した証左だ。


 自分の掌に、漆黒の鋼鉄が重なる瞬間が見えた。

 同時、ノイズが走った。

 その砂嵐の中に、親しい少女たちの悲しむ顔が見える。


「その異常は軽度なものと判断。タスクの続行に移る」


 クオリアは、タスクの続行を選択した。

 “兵器回帰リターン”が1%に満たないならば問題はない。


「予測修正在り。無力化しきれなかった重力波によって軌道に0.4度のズレを検出。次回の攻撃のフィードバックとする」


 ウッドホースの心臓目掛けて放ったはずなのに、左肩を撃ち抜く重傷に留まった原因を分析する。同時、ウッドホースを排除しようとフォトンウェポンの先端を動かした。


 後には苦しむウッドホースの向こう側、未だ漆黒に妖しく煌めく古代魔石“ブラックホール”が控えている。早い所ウッドホースは始末しなければならない。

 バックドアの時のように怒りに[N/A]を連発する事も無く、自分でそのトリガーを掴む様に意識を始める。


 一方で、もう一つ動きがあった。

 雨男アノニマスが、超圧縮された瓦礫を割り、五体満足な姿を見せたのだった。


「流石に堪えた……流石は人間が扱えるレベルでも、古代魔石“ブラックホール”という事か」

「あいつ……生きてたのか」


 驚愕するウッドホースに対し、クオリアは特に表情を崩さない。

 人工知能としての仕様ではなく、最初からこの結果は予測できたからだ。

 一方で雨男アノニマスもクオリアを分析するように、狐面の裏側にある瞳で凝視していた。


「……重力波まで無力化か。魔力干渉による魔石の停止ならばともかく、既に発生しちまったスキルにさえ干渉しやがるのか」

「肯定。5Dプリントによる量子干渉機能は、他のスキルに対しても有効の可能性が高いと推定している」


 雨男アノニマスも、先程ウッドホースを倒した一連の流れを思い起こしながらクオリアを凝視している。


「俺の“楽園”の創造における一番の懸念はてめぇかもな」


 しかしクオリアに攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、未だ夜色にさんざめく曰く付きの巨大な黒宝玉を見上げていた。


「……てめぇはそいつを殺しとけ。俺はこの古代魔石“ブラックホール”を持ってずらかる」

「その行為の停止を要請する」


 水平に構えた銃身の向かう先は、雨男アノニマスだった。雨男アノニマスはその銃口に構う事はない。歩行する事も止めない。

 抜け目ない事に、もう一つのフォトンウェポンはウッドホースへ向けられている。雨男アノニマスと対照的に、息をすることも忘れるくらいに恐怖している。


「ああ、そうだ。殺される前に一つ聞かせろ、ウッドホース」


 そんなウッドホースへ、雨男アノニマスが立ち止まり質問する。

 

「古代魔石“ブラックホール”、?」 


 クオリアの求める情報の優先度が変わった。


「……説明を要請する。それはどのような意味か」

「少量だが、既に無力化された分や、トロイのブラックドッグに使われた分を考慮してもまだ足りない。このウッドホースは、もしこの“本命”がダメだったときの為に、どこかに“予備”を備蓄してんだろ」


 クオリアの目線がウッドホースに戻される。一切の血も涙も通わない、作業を意図する瞳を向ける。


「ウッドホース、説明を要請する。それは本当か。もし回答しない場合は、5Dプリントによる神経回路を書き換え、更なる強要を施行する」

「う、それは……」


 ウッドホースは強張りながら、回答に詰まった。

 言い淀む口を見て、クオリアが“改竄クラッキング”を仕掛けようとした時だった。



 鼓動が、聞こえた。

 か細くとも、小さくとも、消え入りそうでも。

 鈍重で、突き刺さるようで、とても無視できない。


 クオリアがその方向を見る。

 雨男アノニマスもその方向を見る。

 ウッドホースさえ、想定外といった目で凝視していた。


 古代魔石“ブラックホール”の塊から、確かに何かが発動していた。

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