第158話 人工知能、諸悪の根源たるブラックホールの騎士を攻略する③


 古代魔石“ブラックホール”の力を、ウッドホースは信じていた。

 その集大成である重力の檻が露と消えた。


 途端に変貌した形相が、ウッドホースの依存度を示していた。


「馬鹿な……そんな馬鹿な……」


 一層どす黒い環を頭上に浮かべ、更に太くなった回路を涙腺として彩るクオリアに、ウッドホースは初めて理不尽を感じた。

 先程まで必死確定の重力の檻である圧縮ジップに囲われた筈だ。

 今頃路傍の砂と同じ小ささにまで圧縮されていた筈だ。

 今目前で立って、こちらに歩いてくる事など出来ない筈だ。


 止め処ない“筈だ”の濁流が、ウッドホースの思考を蝕んでいく。


「在り得ない。在り得ない、そんなの認めない! 古代魔石“ブラックホール”スキル深層出力――圧縮ジップ!!」


 再びクオリアの周りを重力の檻が囲う。

 一気に収縮させて終わらせる。ブラックドッグを通して、空間ごと一気に潰そうと魔力を送った瞬間だった。



5D

『Execution Quantumクァンタム


 クオリアの右手から放たれた5Dプリントの光が、圧縮ジップの膜に触れた。

 途端、シャボン玉のように重力の檻が消滅する。


「……何故だ」


 力が抜けて、右手が降りた。

 愕然としながら、ウッドホースが問う。


「古代魔石“ブラックホール”の重力は、あらゆるものを跳ね返す筈だ……無敵の力の筈だ……それが何故」

「重力波を構成する素粒子に、5Dプリントを使用して干渉した」

「素粒……子……?」


 重力は、素粒子の一つである重力子の相互作用によって成り立つ――この理論は、かつて地球では仮説として人間が提唱していた。実証されたのは人工知能の時代になってからだ。

 重力子を媒介に発生するのが、重力あるいは重力波そしてブラックホール。この方程式は、根源が星と人の間に働く万有引力なのか、あるいは古代魔石“ブラックホール”から生じたものか、その違いは関係ない。


 この素粒子の力に干渉するには、物理法則を支配するのみでは不可能だった。

 量子法則への干渉が必要だった。

 故に、“Execution Quantum”――“5Dプリントによる量子干渉機能”を拡張した。

 シャットダウンから新たにダウンロードした機能は、量子法則を利用してテレポーテーションするだけでなく、直接干渉する機能だった。


「嘘だ」


 ウッドホースは小さく呟いた。

 量子力学と言う概念も、重力を象る波動関数も知らない。


 ただ古代魔石“ブラックホール”の圧倒的な力のみ、知っている。

 それだけ知っていれば十分だ。大咀爵“ヴォイト”の伝説はそれだけの信頼がある。


「潰れろ」


 だからこそ無傷で直立するクオリアの存在が、どうしても認められない。視界と認識の齟齬は、欝憤となってウッドホースの理性を滅ぼしていく。

 怒りは、ブラックドッグに伝播する。重力波となってはみ出す。


「潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろぉぉぉぉぉぉ!! 王にひれ伏せぇぇぇぇ!!」


 重力波を連続で迸らせた。

 上下左右全てから、無数の重力波が迫ってくる。第一の重力波を突破しても、第二、第三の重力波が波状攻撃を仕掛けてくる。

 何層にも重なった斥力の津波が一斉にクオリア目掛けて迫りくる。


 真正面、真後ろから磨り潰しに穿たれる。

 真上から踏み潰しに振り下ろされる。

 無色透明の波動。目視する事さえ困難だ。


「状況分析。スピリト、リーベとの戦闘でラーニングした内容を類推可能」 


 全方向からの攻撃ならば、スピリトの方がもっと過激だった。

 見えざる攻撃ならば、リーベの方がもっと徹底的だった。


 過去の戦闘で既に、ラーニング済みだ。


 



 クオリアが大きく目を見開くと、全身から蒼白いかそけき光が伸びる。

 バックアップ用に眠らせていた5Dプリント機構まで全てを発動していたのだ。結果、全身から伸びた特殊光は、その最先端で重力波を無害なものへと量子的変換をする。


 ウッドホースが何度重力波を怒りのままに放ってきても、クオリアが最適解のままに無力化する。

 ただの作業ルーチンワークでは、人は人工知能に勝てない。


 何百通りと試したところで、ウッドホースはひれ伏すように膝を着く。


「……はぁ、はぁ……そんな」


 両肩で息を切らし始めたウッドホースの前で、クオリアは5Dプリントをまた起動させる。

 

『Type GUN』


 クオリアは再びフォトンウェポンを向ける。

 重力波によって無効化されている事は、クオリアもウッドホースも経験済みだ。にも関わらずこのタイミングで向けてきた銃口に、ウッドホースは声も出せなかった。


「“5Dプリントによる量子干渉機能”を付与」

『Execution Quantum』


 流星が一つ、銃口から発生した。

 重力波がその軌道を変えた――筈だった。

 しかし荷電粒子ビームは反発しない。


 突き進む。

 重力波を削って突き進む。

 重力子へ干渉して潜り抜ける。

 悪意の壁を破壊して貫いていく。


「うわあああああああああああああああ!!」


 たった一条の荷電粒子ビームが、ウッドホースをブラックドッグごと貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る