第157話 人工知能、諸悪の根源たるブラックホールの騎士を攻略する②

 重力の暴走を察知する。

 ウッドホースに喰らいつく様に同化しているブラックドックから、途轍もない大咀爵“ヴォイト”の力が溢れ出していた。

 光すらも歪み、ウッドホースの体が捩れて見える。超高濃度の魔力が、人為的な重力となって躍動している事は間違いない。


 初手、クオリアはマグナムモードの荷電粒子ビームを二発斉射。荷電粒子ビームを先端に集約させる長身の筒を二丁、水平に翳しトリガーを放つ。

 最下層の魔物さえ融解せしめる最大出力の荷電粒子ビーム弾丸マグナムが、ウッドホース目掛けて疾駆した。


 突如90度、巻き起こる重力の暴風によって軌道が逸れるまでは。


「どうしたノーコン」


 一歩も動かず茶化すウッドホース。ブラックドッグ経由で発生したブラックホールの重力波は、荷電粒子ビームにも干渉が有効だった。

 だがクオリアは、狼狽を知らない。


「予測修正無し」


 オーバーテクノロジーはここから真価を発揮する。

 逸れた荷電粒子ビームが、再度ぐにゃりと折れ曲がり、軌道を修正する。それこそ重力に引っ張られた自由落下運動の様に、当たり前のようにウッドホースの背中に向かって再発進した。

 ウッドホースは気付いている素振りは無い。不意打ちとしては十分だ。


「予測修正有り」


 しかし、まったくの死角から激突した筈の荷電粒子ビームは、直前で反発した。見えざる壁に弾かれたかの様に、いともあっさりと彼方へ吹き飛ばされる。


「状況分析。荷電粒子ビーム命中の失敗を確認」


 消えゆく荷電粒子ビームを確認し、フィードバックを実行する。

 明らかにウッドホースは背後から迫っていた荷電粒子ビームに気付いていなかった。にも関わらず、荷電粒子ビームは斥力に負けて跳ね返された。


「悪いな。俺のブラックドッグと古代魔石“ブラックホール”の相性は最高でな。常に全方向に、かつ攻撃を受けたら自動で発生する仕組みの自動防御機構が搭載されている」


 クオリアを軽んじているのか、余裕の笑みを見せてくる。

 しかしクオリアの状況分析が、思わしくない事は事実だ。更に分かった事がある。


「状況分析。現時点で荷電粒子ビームを最大出力に調整した場合でも、あなたの古代魔石“ブラックホール”の機能を貫通出来ないと判断」


 ダイヤモンドの鎧を相手にしていた時と違う。そもそも荷電粒子ビームが当たらないのだ。10000発当てれば良いとか、そういう次元ではない。

 然らば魔力切れを待つのも策だったが、場所が悪い。背後にある本命の古代魔石“ブラックホール”から魔力が供給されている事が分かった。その供給量が大きすぎる。


荷電粒子ビームによる攻撃は、無意味と判断」


 フォトンウェポンを、クオリアは降ろした。

 それを見て、ウッドホースの頬が更につり上がる。


「お前の予測とやらも、完全に超えてしまっていたようだな」


 予測は出来ていなかった。


「じゃあ、死のうか」


 


『Execution Teleportation』


 迫った重力波を目前にして、クオリアが別の地点へテレポーテーションを遂げていた。ウッドホースは構わず重力波を広範囲に解き放つ。辺りの瓦礫も浮かせて、隕石の様にクオリアへ放つ。

 圧倒的な破壊を受けた箇所から、砂塵が舞い散る。

 しかし砂煙の中に、クオリアはいない。


 何度放っても、何度放っても、クオリアはテレポーテーションで凌ぎ切る。

 32回目の回避で、ウッドホースが舌打ちを強くした。


「ちっ……ここは潔く死んでおくべきところだろう……お前は認めてしまったんだろう!? この俺に、古代魔石“ブラックホール”には敵わないと!!」

「あなたの認識は誤っている」


 不快感を表明するウッドホースに対して、クオリアの表情は変わらない。戦況はウッドホースに有利な筈なのに、まるで追い詰められているのもウッドホースの様だった。


「フォトンウェポン単体ではあなたに十分な成果が上げられないと判断した。しかしそれと、あなたの無力化が不可能であるという事とは結び付かない」


 クオリアは、今もなおラーニングを続けた。

 突破口となる最適解を構築する為に、クオリアはひたすらラーニングを繰り返していた。

 ラーニングだけが人工知能として進化し、タスクの完遂を果たす為の唯一のプロトコルだ。


 敵が強大だから諦める。そんな事は今までに一度しかなかった。

 シャットダウンの最期、目前のウッドホースすら一体で簡単に捻り潰せてしまうような最新鋭の兵器達に囲まれた時くらいだ。


「……若いっていいな。夢を持つことも悪くはない。だが身の程を弁えるべきだったな、サンドボックスの所の落ちこぼれが!」


 ウッドホースが一喝すると、しびれを切らしたかのように古代魔石“ブラックホール”の魔力を集約し始める。雨男アノニマスがやられる直前、クオリアの皮膚を掠めていた魔力の流れとパターンが同じだ。


「古代魔石“ブラックホール”スキル深層出力――圧縮ジップ!!」


 クオリアを、超重力の檻が包囲した。

 上下左右。どこにも逃げ場はない。

 シンプルに、クオリアの中心に向かって収縮を始める。

 空間ごと押し潰される。


 5Dプリントによる緊急メンテナンスでさえ追いつかない程に、全身が塵になるまで圧縮されるだろう。そうなれば“蝶々開きインフィニティリカバリ”による蘇生さえも意味がなくなるだろう。これ程にないクオリアへの最適解を、ここに来てウッドホースは引いていた。


 対して、クオリアはテレポーテーションで避けるでもない。かといって、迫る自分の死に怯えている様子も無い。



 縮む世界の中でもクオリアは、いつも通りだった。

 

「最適解の為には、5D

『Type SHUTDOWN Process 0.3%』



 この時、ウッドホースにはクオリアが見えていなかった。

 代わりに黒色の鋼鉄の人型が、死神としてウッドホースの眼球に焼き付いていた。

 ぞっとした時には、発動していた。


 たった0.2歩、人工知能の世界を無双した破壊兵器に近づいただけなのに。

 こんなにも、違う。



兵器回帰リターン

『Execution Quantumクァンタム



 直後、重力の檻は跡形もなく破壊された。

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