第156話 人工知能、諸悪の根源たるブラックホールの騎士を攻略する①

 クオリアの状況分析。

 先程師団長達が装備していたブラックドッグには、“プロトブラックホール”と呼ばれる希釈した魔石が練りこまれていた。魔石は何も固形である必要は無く、液体にする事だって出来る。そうしてコントロール性を重視し、希釈する技術もある。


 しかし希釈版プロトブラックホールとは違い、ウッドホースの全身を固めているのは純粋な古代魔石“ブラックホール”だ。魔導器たるブラックドッグを極める事により、古代魔石さえ十分にコントロールできるようになっている。


 勿論魔動器を通さず、古代魔石“ブラックホール”が十全に発動すれば雨男アノニマスさえ塵芥に出来ただろう。だが、十全じゃなくても十分厄介だ。これまでの脅威とは一線を画している。


自分クオリアには、一つ疑問が発生している」


 状況分析。仮説。解の算出。それらをマルチタスクで熟しながら、クオリアは尋ねる。それだけの力を、誤った方向に使おうとしている男に。


「あなたは王都を滅ぼそうとしているのか」

「王になる為だ。これでも国民の信頼は厚いと自負している。貴族がいなくなれば、国民が寄る大樹は俺に違いない」

「あなたは何故王になる事に固執しているのか」


 その質問に、更にロベリアからインプットしていた情報を重ねる。


「また、それはあなたが王族として所属した、“ビット王国”と何か関係しているのか」


 今はもう無き王国名を出すと、突如ウッドホースが顔に手を当てる。

 まるで嫌な記憶を思い起こすような素振りだ。


「……そこまでバレちゃ……仕方ないか」


 ウッドホースは顔を隠したまま、古代魔石“ブラックホール”の方へ向く。

 敢えてクオリアに背中を見せつける。


「君の知る通り……、俺はビット王国の皇太子だった……30年前、アカシア王国に攻め滅ぼされる前まではな」


 ウッドホースの頭が少したれる。ブラックドッグに覆われた掌を強く握りしめている。


「俺は……俺はこの王国が許せない。ち、父上や、母上が愛した国を、あんなに残虐にしやがった、このアカシアがな……」

「……」

「だから俺は……この古代魔石“ブラックホール”を使って、アカシアに復讐してやるのさ……!!」


 家族が失われる辛さは、クオリアも既にラーニング済みだ。

 目の前で死なれたのなら、それは一生ノイズとして残るだろう。

 そして喪失を埋めようとして、バグにさえ手を出す。


 クオリアはその悲しみを再確認した上で、“復讐と悲劇の王子”であるウッドホースにこう投げかける。



「エラー。


 続けて、その悲劇に止めを刺す。






 鼻で一瞬吹く音が聞こえた。

 すっかり力が抜けて、呆れ果てたように笑うウッドホースの後姿を認識した。

 涙声は認識出来なかった。



「なーんだ……クオリア君、



 代わりに、舌を出しながら小馬鹿にする顔だけクオリアに向けてきた。


「こういう悲劇的何か、好きかと思ってサービスしたのに……三文役者で済まないね。演劇は苦手なんだ」


 悲劇が好きかと考察したウッドホースは、見当違いも甚だしい。悲劇は一切回避すべき事項として登録されている。

 悲劇はいつだって、当事者に絶望を与える。クオリアは十二分にラーニングしている。


「ビット王国の王子だったのは本当だ。でも物心がつく前でね。生憎愛国心も復讐心も、腹の中で煮えたぎる事はなかった」

「……」

「アカシアに亡命後も、まあ別に暮らしには困らなかったしな。騎士は楽しかったし、ヒーローになるのも悪くなかった。人々の中に、英雄ウッドホースが根付く人生も、まあまあ悪くは無かったさ……」


 先程の悲劇を語る時とは違い、ペラペラと語り出すウッドホース。

 クオリアの中にその舌から生まれた言葉の羅列が入っていく。

 ノイズと一緒に。


「……ただ、丁度一年前に、ふと思っちまったんだよ。俺を仰ぐ民達を見てたらな」


 その抑揚の付け方だけは、一流役者の様だった。


「……もし俺がビット王国であのまま王になっていたら……民全員が俺を王としてあがめると思ったら……胸底の黒ずんだ野望がどくん! どくん! と来ちまって」


 天を仰ぐウッドホース。


「そうして上を見上げたら、ああ、ヴィルジンとルート、邪魔だなって。その二人だけじゃない。ロベリアも邪魔だった、カーネルも邪魔だった、それにそう、お前も邪魔だった! それらが俺の上から全て消える。こんなにいいとも悪いとも言える日はない」


 高笑いでその演説は締めくくられた。

 余談として、クオリアに逆に問い返す。


「……なあクオリア君。分からないって顔してるけど、ちゃんと相手の立場に立って考えるのが大事だ。君は“美味しい”とかいう笑顔を見たくて守衛騎士団“ハローワールド”やってるんだったな?」

「肯定」

「王になれば、皆笑顔を向けてくれる。そんな椅子があるんだぜ? 玉座って名前なんだけどな? その玉座が今、目の前にある……座りたいよな? 座ってみたいよな。そこからの笑顔をよ……! 例え今座っている連中を、磔にしてもなぁ」

「否定。それは“美味しい”ではない」


 クオリアは、ウッドホースの持論を聞いてずっとノイズがこだましていた。

 バックドアの時ほどではなくとも、無視は出来る程では無かった。


「何より、その行為により、沢山の“美味しい”が奪われている。あなたの行為により、アイナは未だ意識を回復させることが出来ない」


 灰色の瞳が揺れる。シャットダウンの眼の部位メインカメラなら発生し得ないブレだった。

 それが、クオリアとシャットダウンの決定的な違いである。


「あなたを放置する事は、非常に多くの“美味しい”が消滅する事を意味する」


 握っていたフォトンウェポンを、無意識に掲げようとした。


「……」


 しかし、その両手を理性が止めた。


 思い出したからだ。

 全身で抱きしめてくれたアイナの全身の体温を。

 労わってくれた、ロベリアのなでなでを。

 定義できない心の力をくれた、スピリトの右拳を。

 カーネルが教えてくれた、蒼天の記憶を。

 やりどころのない感情を埋めてくれた、エスの胸の温もりを。


「あなたは、誤っている」

「違う。俺が“正しい”になるのさ」


 その上で、自分で選択した。

 再度クオリアは、一切正当な理由など存在しないウッドホースにフォトンウェポンを向ける。


「あなたを排除する」

「面白い。いいだろう。生憎俺にはお前の奇怪な武器を鼻の先で笑える用意がある」

『ブラックホール』

魔石回帰リバース


 雨男アノニマスを下した最強最悪の武装が、再び眠りから覚めた。

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