第155話 人工知能、最下層の魔物と衝突する

 クオリアも雨男アノニマスも、見上げる他なかった。

 あまりの巨大さに、二人の視界が完全に阻まれていた。

 

「インプットした情報から、“ベヒモス”が近いと認識」

「……そのようだな」


 ベヒモス。

 魔物というより、怪獣だった。

 河馬のような四足方向と、龍の顔面を合わせた魔物ベヒモスだ。

 それも六体、重力の凪という檻の中でクオリア、雨男アノニマスと一緒に閉じ込められていた。

 

 紫の巨体は明瞭に苛立っていた。

 涎を垂らし、唸り声を上げている。


「脅威として認定。攻撃的意図が推定できる」

「古代魔石“ブラックホール”だろう。あの重力波によって、魔物の生活領域さえ制限されてんだろ。ましてやここまで強力な魔力。理性の無い魔物には興奮剤だろうよ」


 ベヒモス達がじりじりと近づく。

 刈りのように、タイミングを見計らっている。

 突進を喰らえば最後、原型を留めないのは目に見えている。


「てめぇらには同情が無いでもない。大人しくしてりゃ何もしねえ」


 ベヒモスが敵意をむき出しにした咆哮で返す。


「そうかよ。警告はした。悪く思うな」


 靡く雨合羽の中で、雨男アノニマスは少し残念そうに溜息をしながら――背中から翼を伸ばす。

 大空を羽ばたく為の、翼竜の翼だった。


『Type GUN MAGNUMマグナム Modeモード


 一方で、クオリアの最適解に説得は無かった。説得の代わりに、両手にロングバレルのフォトンウェポンを携えた。


「このベヒモスを放置した場合、古代魔石“ブラックホール”の無力化のタスクに影響が及ぶ可能性がある。また上階でトロイと戦闘しているエス達に損害を及ぼす場合がある。排除する」

「同意だ」


 その言葉だけで、今一瞬だけクオリアと雨男アノニマスは共闘を開始する。


『ガァ!』


 ベヒモスのたった一歩で、迷宮の床が波紋状に割れる。

 それと引き換えに、巨体であることを忘れる様な速度で疾駆し、今まさにクオリアと雨男アノニマスを潰さんとしていた。

 しかも、それが六体。

 例え百人が相手であろうと、百人が魔術を放とうと、一切止まる事はなく磨り潰していただろう。


 大きい。速い。その二つを掛け合わせた方程式が示す通りに、強さは無尽蔵に膨らんでいく。


『Execution Teleportation』


 しかしもうクオリアも雨男アノニマスもいない。

 人間が建築したとは思えない異常なまでの天井の高さ、その天井に貼り付く様にクオリアはテレポーテーションを完了していた。

 一方で雨男アノニマスの姿は誰の目にも映らない。かといってベヒモスで埋め尽くされている地面にいる訳でもない。


 音すら置き去りにする速度で、宙を変幻自在に舞っていた。

 重力の暴風雨を掠めてもものともしないくらいに、力強かった。


「魔石“ドラゴン”、スキル深層出力“廻閃環状ブロードキャストストーム”」


 六体いたベヒモスのうち、三体が突如として全身に轟音をねじ込まれていた。

 目にも映らぬ速度で、先端となる右足を向けて特攻する雨男アノニマスというハリケーンに、されるがままに魔物の筋肉が擦り潰されていた。


 上下左右全方向から縮地以上の速度で衝突する雨男アノニマス

 たった数秒で、何百回もベヒモスの肉体がはじけ飛ぶ。


 ベヒモスは、何もできない。

 何もできないまま、龍が巻き起こす嵐の中、ただボロ雑巾の様に朽ちていく事しか出来ない――。


 

 その圧倒的な戦闘をラーニングする。


「状況分析。古代魔石“ドラゴン”の機能として、肉体変化、身体能力の著しい向上、高い飛行能力の付与が上げられる」


 今、雨男アノニマスからインプット出来る情報はこれだけだ。


「仮説。雨男アノニマスは他にも何らかの機能を持っていると判断。引き続きラーニングを――」


 ベヒモスの残り三体が、クオリアにとびかかってきた。

 跳躍力さえもずば抜けている。テレポーテーションで何十メートルも頭上にいたクオリアに届くくらいに、飛行と言っても過言ではない跳躍を果たして見せた。


 全力で兎を喰わんとしてくるベヒモス三体を見下ろすクオリアは、構わず自由落下をする。ただしその両手で掲げた二丁の銃身の先。荷電粒子ビームが凝縮されていた。

 灼熱の摩擦音が、甲高く破滅を唄う。

 ベヒモスを焼き尽くすだけの荷電粒子ビームのチャージは、今完了した。



 両手のトリガーを引いた。

 最大出力の流星マグナムが、二本駆け抜ける。

 二体のベヒモスの顔面を覆い尽くす。

 

 たった刹那触れただけで、致命的にベヒモスの顔が融解していく。

 しかしまだ途中式だ。

 フォトンウェポンを左右に伸ばしていたクオリアの体が回転する。それに合わせて放出を続けていた荷電粒子ビームも縦横無尽に軌道が変更される。逸れたビームは別のベヒモスを融解し始める。

 両手、二丁の射角も最適解に沿って修正。

 超高濃度のエネルギーによる反動すらも計算し、オーバーテクノロジーの代名詞は遂に三体のベヒモスを完全に消滅せしめたのだった――。



 クオリアと雨男アノニマスがベヒモスを討伐したのはほぼ同時。

 しかし先に動いたのは雨男アノニマスだった。

 廻閃環状ブロードキャストストームの勢いそのままに、古代魔石“ブラックホール”がある位置まで一気に突き進んでいったのだ。


「至急、自分クオリアも古代魔石“ブラックホール”の位置まで移動する」


 リスク覚悟で、テレポーテーションを連続発動し、古代魔石“ブラックホール”の位置までクオリアも辿り着いた――。



『“ブラックホール”』

「……魔石回帰リバース



 途端、上を見上げれば雨男アノニマスが固まっていた。


「……」


 

 ミシミシ、と骨が折れる音が聞こえる。


「クオリア君か。待っていてくれたまえ。今先客の鼠を駆逐しているところなんだ」


 と、その雨男アノニマスに意図して右手を掲げている騎士がいた。

 身に着けている漆黒の鎧“ブラックドックにて、雨男アノニマスの周りの重力を力づくで圧縮させていた。

 その万有威力の暴走に引きずられ、迷宮の一部や岩石が雨男アノニマスまで引き寄せられる。


「……!」


 瓦礫が雨男アノニマスを全方向から埋め尽くした。やがて瓦礫の球体となり、雨男アノニマスが見えなくなる。


「古代魔石“ブラックホール”スキル深層出力――圧縮ジップ!!」


 騎士が掲げていた右手を握りつぶすと同時、半分以下の大きさにまで瓦礫の球体が圧縮した。そのまま投げる様な素振りを見せると、迷宮の片隅に叩き落とされる。


「ああ、いけないなぁ……死体の確認がこれだと難しいな。まあ、間違いなく死んだろう」


  全ての元凶であるウッドホースは、等身大サイズの古代魔石“ブラックホール”を背景にして、敢えて問う。


「君もそう思うだろう? 君は頭がいいのは知っているからね。だから分かる筈だ……抵抗は無駄だ、と」


 クオリアは返答した。


「あなたは誤っている」


 

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