第154話 人工知能、最下層へ辿り着く②
最下層に入るや否や、突如見えない巨人の掌に握られたように横向きの重力に攫われそうになった。自分の体が浮かんだところで、一旦回避策を出力する。
『Execution Teleportation』
テレポーテーションで飛び移るや否や、またクオリアの脚が地面から外れかかる。
「状況分析。大きな量の、古代魔石“ブラックホール”の魔力を検出。更に重力情報が一部書き換わっている」
連続でテレポーテーションを発動しながら、本質を分析し始める。
最下層と名付けられた空洞の奥に古代魔石“ブラックホール”があると、
だが、あまりの強力さに魔力が漏れ始めているのだろう。暴走する重力へと変貌を遂げた特殊な魔力の放流が、今クオリアの行く手を阻んでいる。
一歩進めば万有引力の嵐に持っていかれて、とても移動どころではない。
常人ならば例えテレポーテーションを有していようと、透明の濁流に呑みこまれていつかは朽ち果てるだろう。
飛ぶのは自分だけではない。
凄まじい速度で瓦礫や罪の無い魔物さえ振り回されているのだ。
それに巻き込まれても、人体は簡単に潰れる。
しかしクオリアは異常な重力の流れさえ、ラーニングする。
「状況分析、最下層全体で
クオリアの体が、重力に再び引っ張られる。
意図通り、狙いの方向まで進んでいく。途中で重力のレールから降りて、自由にしばらく歩くと、また別の流れを乗りこなす。
そうやって古代魔石“ブラックホール”まで吹き荒れていた重力の暴風雨を人工知能は簡単に乗り越えていく。
「予測修正無し」
ふと、クオリアは自由自在に前に進みながらフィードバックする。
クオリアが重力を見切れたのには、そもそもシャットダウンの専門だったという事もあるからだ。
シャットダウンの主戦場は、地球だけではなく宇宙もだった。
“本物のブラックホール”を起こしていた惑星の中で活動した経験も、ここで活きていたのだ。
勿論ブラックホールの超重力は、シャットダウンだからこそ活動できた。
今のクオリアでは、生き抜く最適解を算出できない。それはクオリアも、既に出してしまっていた答えだ。
■ ■
広い
古代魔石“ブラックホール”も近い。その周りは強力な重力異常が発生している為に、迂闊にテレポーテーションをすることは出来ないが、重力異常や迷宮内の状況をアップデートしながら突き進むことは出来る。
罅割れた殆ど地面の床を少し駆けると、途端にイレギュラーを検出する。
微かな空気の流れの変化を肌で感じた。
僅かな足音を耳で聞いた。
今自分の右にある壁。その向こうに、誰かがいる。
「状況分析。算出困難」
“ブラックホール”の魔力が音を立てて縦横無尽に放流している。これがノイズになって、状況のラーニングを妨げている。重力の流れは分かるが、重力の流れが隠しているものまではラーニング出来ない。
聞こえるのは辛うじて足音。しかも、向こうもこちらに気付いているのか、どこか警戒している様に感じる。
ウッドホースか、あるいは――
壁の終わりが近づく。
『Type SWORD』
フォトンウェポンを右手に携えながら、その向こう側へ飛び出した。
同時、壁の向こうから影が割り込んだ。
雨合羽のフードで、狐面を覆い隠していた。
たった一秒、凝視し合いながら二人の動きは静止した。
「
「クオリアか」
アイナが死にかけていた時、助けに来た背中を思い出した。
しかし
今も明らかにクオリアを警戒しながら、正対し、冷静に出方を伺っている。
「そうか……カーネル達がもう来たのか」
「
しかし味方ではないかもしれない
「あなたの協力が要因となり、現在意識を喪失している状態であるものの、アイナの生命活動は維持出来た。“ありが、とう”」
流石に礼を初手で言われる事は想像していなかったようだ。
「……礼はいらない。俺の気紛れだと言ったはずだ。“楽園”に相応しいと何となく思ったに過ぎない」
「何故あなたはこの迷宮の最下層に来ているのか」
「時代遅れのダンジョン攻略にロマンを見出している様に見えるか?」
昔はダンジョンに位置付けられた魔物の巣窟で、力比べの番付が行われていた。
「古代魔石“ブラックホール”を探している。俺の事も、古代魔石“ブラックホール”の事も放っておけ」
「説明を要請する。何故あなたは古代魔石“ブラックホール”を探しているのか」
「理由は簡単だ。今のところ、俺の“楽園”を創る為にはあの魔石が必要だからだ」
「古代魔石“ブラックホール”には、超重力による破壊的機能しか存在しない。また、あなたの“楽園”の定義は不明確と判断する」
「あの古代魔石“ブラックホール”は、ただ破壊を齎すものじゃない」
少し苛立っている様に見えるが、まだ戦闘行為を勃発させる素振りは見えない。
「大咀嚼“ヴォイト”の事は?」
「現在、大咀嚼“ヴォイト”については定義が曖昧になっている。現在の学習状況では、約2000年前の超常的個体であり、人間に非常に大きな被害を齎したとされる」
「……それは、完全に正しい訳じゃない」
クオリアはまだ、その中に古代魔石が眠っている事を知らない。
「俺はこいつから学んだ。大咀嚼“ヴォイト”の力には、別の側面がある。“ブラックホールじゃないもう一つの側面が”。それが俺の目指す、楽園に必要不可欠な力と一致している」
「少なくとも、ウッドホースみたいな使い方はしない。犠牲者が出ねえように、二度と流出されないように、慎重に取り扱うつもりだ」
『Type GUN』
「しかしそれは、あなたの誤っている行動を承認する理由にはならない」
一足先に古代魔石“ブラックホール”を拝もうとする背中に、クオリアはフォトンウェポンを突きつけた。何故か、とても嫌な気分がした。
しかしそのノイズを無視して、今自分がすべき役割を果たす。
「古代魔石“ブラックホール”は非常に多くの生命活動を停止させるリスクを孕んでいる。あなたはアイナを助けた。しかし、古代魔石“ブラックホール”をあなたに渡す事は、誤っていると判断」
べき、べきと。
「放っておけと言った」
『ドラゴン』
声に脅威と思わせるには十分すぎる敵意が乗っていた。
しかしこれまでの脅威と違い、一切憤慨する事も罵声を浴びせる事も無く、直立不動で胸の魔石を白く瞬かせる。
「“ドラゴン”の古代魔石を認識。カーネルから得た、“ラヴが所持していた古代魔石”と一致」
宝石で出来たような煌めく翼竜が胸から飛び出す。
薄暗い迷宮を祝福するように照らしながら飛行し、その果てで背後から
「邪魔をするなら、何者であろうと容赦はしねぇ――
雨合羽の下で、翼竜が重なった肉体部分が凄まじい変化を遂げているのが見えた。
獣人すら軽く凌駕する桁外れの身体能力。その皮膚は皮膚と呼称できるものでは無く、寧ろ龍の鱗へと進化していた。
『Type GUN
最大威力で
“ダイヤモンド”程では無いにしても、防御力は凄まじい事が分かる。
このまま戦闘となるならば、まずこれを当てて反応を伺う。
長い銃口をクオリアは向ける。
一方で
「――脅威を認識」
「……ああそうか。ここ、ダンジョンか」
その二人の睨み合いを終わらせたのは――聖テスタロッテンマリア迷宮最下層を支配する、強靭な多くの魔物たちだった。
人工知能は、既に魔物に囲まれていた。
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