第153話 人工知能、最下層へ辿り着く①

「……どうして、こうなった……“ブラックホール”の力が……何故通じない……」


 第二師団長クリッカーの圧死とほぼ同タイミングで、第一師団長キーロガーも丁度死神に肩を掴まれていた。

 正確に言えば、キーロガーを二度と離すまいとブラックドッグを鷲掴みにしていたのは、クリアランス総団長のプロキシだった。

 傷塗れの掌は、鋼よりも硬い。


「生憎獣人ってのは痛みに慣れててな……」


 重力波で圧し潰した。重力の向きを変えて何度も叩きつけた。

 散々に痛めつけた。全身骨折で死んでいて当たり前だ。

 にも関わらず、プロキシは一切の戦意を絶やさず、寧ろ過激に攻め立ててきた。

 オーバーテクノロジーも魔石も魔導器も持たない、ただその獣人の肉体一つで何度も突進を繰り返した。


 そして今、ようやく王手がかかっていた。

 血塗れのプロキシの左手が、途方もない力でキーロガーの“ブラックドッグ”の装甲にヒビを入れながら掴んでいた。


「この野郎、重力波で引き剥がして――うわっ!?」


 重力波がプロキシを押し戻す――かと思えば、鎧を掴まれているキーロガー自身も吹き飛ばされそうになる。

 一方のプロキシは千切れない。離さない。逃がさない。

 思わずキーロガーから甲高い声が漏れた。


 まさに、獣。

 獲物を食いちぎらんとする野生そのものが、顔面となって貼り付いていた。


「どうした人間様ぁ……」

「いっ……」

「由緒正しい伝統ある騎士なんだろ? ならゼロ距離での殺し合いなんてやり慣れてるじゃねえか。なのに鎧掴まれた程度で、何でそんな追い詰められた顔して被害者ぶってんだ? 貴様には剣があるだろうよその剣は見せかけか!?」

「……く、こ、この、おい!」


 キーロガーが剣を抜いて降りかかった。

 その腕ごと、真下から振り上げられたプロキシの斧が引きちぎった。


「い、ぎゃあああああああああああ!!」


 トロイの面々が振り返るほどに、醜い泣き声を上げて血を噴き出す。

 返り血を気にかける事も無く、振り上げたままの戦斧を最上段にまで上げる。

 紅く染まり出した半月状の刃が、偶然松明の灯りに反射して夕焼けの如く煌めく。


「ま、待て、待ておい!」

「獣人が、何だって?」

「あ、あ……」

「冥途の土産に学んでいけ。


 最期に、キーロガーは見た。

 プロキシという、何よりも巨大な戦神を。


「あっ、おい」


 けたたましい咆哮。

 同時、落雷の如く斧が地面を砕いた。

 迷宮の彼方まで、稲妻模様の境界線が床に深く広がっていく。


 その過程で、トロイ第一師団長キーロガーは頭蓋から股間まで割れ、そのまま二つの肉体は崩れ落ちた。


 キーロガーの亡骸へ、斧を担ぎながら見下ろすクリアランス総団長プロキシへ、全員が注目する。


「キーロガー様……そんな」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 トロイの騎士達に不安が伝播し、対照的にクリアランスを始めとした騎士団からは歓声が巻き上がる。


「しまった、を落としたか」


 しかしその歓声に呼応することなく、逆に不安そうに何かを探すように首を動かす。


 その時、粉々に砕けた“ブラックドック”からそれを拾い上げたのはエスだった。

 子供が無邪気に作ったような、布製の人形だった。

 エスはそれをプロキシのものと認識する、傍によって差し出すのだった。


「これは、お前のものですか」

「ああ。探していたんだ。ありがとう」


 深く頭を下げて、人形を懐に入れるプロキシ。

 エスはその人形を目で追いながら、単純に浮かび上がった疑問を投げかける。


「その人形には、どのような効果があるのですか」

「ああ。娘が、私だと思ってと作ってくれたものなんだ」

「理解をしました。プロキシ、お前には娘がいるのですね。家族の存在が人間、獣人の力になる事は、認識しています」

「……


 まあ君の場合は外見年齢かと、力なくプロキシが苦笑いする。

 エスは、まだその言葉の意味を理解できる程、言葉の事情に詳しくはなかった。

 再び問おうとした所で、プロキシが真上で木々に絡まって死亡していたクリッカーを見上げる。


「クリッカーを倒したのか。ありがとう。流石に一人で複数人倒すのは難しかった」

「キーロガー様に、クリッカー様まで……」


 みるみるうちにトロイの騎士達から戦意が干からびていく。ある騎士は剣を落として、膝を着いた程だ。


「投降すれば命は助けるわ。ああなりたくなければ、剣を捨てなさい」


 敢えて諭すような口調のカーネルの声が、戦場に澄み渡る。直後、いくつかの刃が床に当たる武装解除の音がした。

 余分な戦闘がその音の数だけ消える。

 クオリアに追いつく時間が、これで格段に短縮できた。


「よくやったわ。プロキシ。エス。これでチェックメイトね」

「――まだだ、まだ俺達がいる!」


 ブラックドックの重力波が、投降したトロイの騎士ごと吹き飛ばした。

 明らかに面構えの違う貴族が二人、古代魔石“ブラックホール”の鎧を身に纏っていた。


「第三師団長――」

「第四師団長――」



 名前を聞く事さえなく、プロキシとエスの眼が二人の師団長に向いた。

 最後の死者は、その二人だった。





       ■         ■



 クオリアは丁度その頃、最下層にいた。

 まだ視界に捉えていないが、古代魔石“ブラックホール”がある事は直ぐにわかった。


 なぜなら、重力が自然と暴走していたからだ。

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