第151話 人工知能、戦場を託す

 やられた、という顔で目前で繰り広げられているトロイとクリアランスの戦闘を見ながらカーネルが少し感心した様子で呟く。


「……恐らく雨天決行レギオンの狙いは最初からこうやって、陽動の役を私達に押し付けるつもりだったんだわ」

「どうやら雨男アノニマスは既に最下層に行っています。最下層のウッドホースとの接触次第では……自爆最悪の事態に発展する事も考えられます」

「……腹括るしかないわね」

「ええ。死ぬ気で、死なない程度に」

「――うわあああああああああああああああ!!」


 塵紙の様に騎士達が吹き飛ぶ光景をプロキシは見た。

 異常なまでの斥力。クリアランスの騎士達が次々と吹き飛ばされ、壁に押しつぶされて砕かれていく。

 人が割れていく気味悪い音の中に、罵声が割り込む。


「クリアランスも大したことないな、おい――まあ、獣人がトップの時点で尾ひれはひれ付きまくってんだろうが」


 その大本で、トロイ第一師団長キーロガーがほくそ笑んでいた。

 古代魔石“ブラックホール”の恩恵を受けた魔導器、“ブラックドック”。これ見よがしに自分の鎧を摩りながら、プロキシを睨む。


「獣は獣らしく刈られろ。それかお前も飼われてみるか? あの蒼天党の様に」

「……」


 プロキシは何も答えない。

 ただ得物である斧を掲げ、トロイ第一師団長キーロガーへ疾駆する。

 重力波が迫ってくる。

 しかしプロキシは力強く、荒野を駆ける狼の様に突き進んでいく。


 その後姿を認識しながら、カーネルは思案する。

 “ブラックドック”の前に、味方達が苦戦している。

 そもそも元々の人数からして、トロイに倍以上差が付いている。それだけなら練度の差で十分乗り切れたが、重力の支配権を奪われているのは如何ともしがたい。

 それを認めた上で、次に見たのは頭上に黒い環を出現させたクオリアだった。


「クオリア。アタシ達はこいつらを突破して、必ず最下層に向かうわ」


 カーネルはその状況を見ても尚、退くことをしない。ただ最善の未来に向かって、立っている者は親でも使う。勿論、猫の手だろうと子供だろうと何であろうと、人工知能であろうと投入する。

 その為に、大人げない協力の要請も惜しまない。


「だからアナタ、先に最下層に行って古代魔石“ブラックホール”のハッキング、済ませてもらえないかしら」

自分クオリアもあなたと同じ意見だ。了解した」


 カーネルに指示されたからではない。

 ただ、描いていた最適解がカーネルと同じだった。

 淡々と、首を一度頷かせるとクオリアはエスの方を見た。


「エス。同行を要請す――」


 その時、エスはクオリアの近くに居なかった。

 最前線の彼方にエスはいた。

 それも、固形化し始めた溶岩に舗装された最下層への道、その途上で第二師団長クリッカーの前に小さな体で立ち塞がっていた。



        ■          ■


 エスは、体が勝手に反応していた。

 クリアランスと激戦を繰り広げている中、何故か最下層へ向かおうとするクリッカーの姿を見つけたからだ。


 同時、クオリア、カーネルと同じ結論――クオリアが最速で古代魔石“ブラックホール”を止めに行くという結論に、エスも到達した。

 その局面に達した時、最下層にトロイの騎士が駆け付けては、想定外のイレギュラーになり得る。特にたった四人で戦況を掌握している師団長は、クオリアに思わぬ痛手を与えるかもしれない。


 クオリア、カーネルがそれぞれ最適解を算出していたように、エスも最適解を算出した。その結果が、先回りしての第二師団長クリッカーの足止めである。


「はぁ……はぐれ鳥になった魔術人形ですか」

「お前が最下層に到達した場合、クオリアが古代魔石“ブラックホール”を無力化する際の、障害となります。その為、ここで無力化します」


 目前に突如湧いて出た小さな騎士に、呆れたように溜息を吐くクリッカー。


「先程の雨天決行レギオンとやらとの戦闘から何も学んでいないのですか……魔術人形も、この“ブラックドック”には手も足も出ていないという事を」


 気怠そうに話すクリッカーの右手から、“ブラックドック”が斥力を迸らせる。見えざる破壊の波動だが、リーベの様に認識できない訳ではない。潰れる石が破壊の足音を知らせてくれる。


『ガイア』

魔石回帰リバース


 エスの目前に何十もの地面が突き出て、エスを覆い隠す。


「はぁ……


 


 例えどんな壁があろうとも、引っ張る重力に変わりが無いように――この斥力の前では、障害物は意味をなさない。その向こう側にいる人間を弾き飛ばすのみだ。

 結果、エスの小さな体は宇宙に放り投げだされたように宙へ舞う。

 その速度たるや、背後の壁面に衝突すれば、少女の形をした疑似肉体など致命的に割れてしまう程の衝撃だ。


「エス――」


 テレポーテーションをしてきたクオリアが見えた。

 自分には決してしないであろう、大きく見開いた眼を見せてきた。


 その心配が、何故か嬉しかった。 

 しかしエスは認識している。

 クオリアと共に戦う側であって、ただ一方的に心配されるべき存在ではない事を。



「魔石“ガイア”によるスキル深層出力、大地讃頌ドメインツリーを発動します」

 


 左右の壁の隙間から、無数の枝が突き出て、組み合わさる。

 エスの背後に、格子上に張り巡らされた細かな枝のネットがクッションの様に少女の短背矮躯を衝撃ごと受け止める。


 同時、クリッカーの周りからも枝が出現した。鎧の隙間に潜り込み、そのまま締め壊す為の攻撃も同時に行っていたのだ。


「はぁ……しゃらくさい!」


 しかし、そちらは失敗した。

 大地讃頌ドメインツリーが体中を侵食する一歩前で、重力波により無理やり引き剥がされた。


 歯軋りをしてみせたクリッカーに対して、エスはクオリアの隣へ着地する。

 明らかにクリッカーを倒す為の最適解を算出していたクオリアに、彼の手を退くことで呼びかける。


「クオリア。理解を要請します。トロイ第二師団長クリッカーは、私が無力化します。お前は最優先事項である古代魔石“ブラックホール”の無力化を実行してください」


 一瞬クオリアは、『共に無力化する』と言いかけて立ち止まった。


「……要求を受託する」


 仲間を頼る事。

 かつてスピリトが第零師団に満身創痍で立ち向かった時、ラーニングした事だ。


 それでもエスの安全を優先しそうになっていた。

 今も心配だ。スピリトの時だって、ずっと心配だった。

 また信じなければいけない試練が、クオリアにやってきた。


「ただし一つ条件を付けるものとする。もし生命活動の停止の危機がある場合は、速やかに退避する事を要請する」

「はい。お前から“なでなで”を貰うタスクが残っていますので」

 

 それが、クオリアの精一杯の抵抗だった。

 エスは深く頷いた。


「お前にも一つ要請します。もしお前の精神状態が不安定になった時は、未明の私の抱擁を想起し、精神の安定に努めてください」

「要請を受託する」

『Execution Teleportation』


 たった一人、まだどこかエスを心配するような影を残したまま、クオリアは一人最下層へ転送されたのだった。

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