第147話 人工知能、ダンジョンへと入る
朝の空に二つの影。
エスと手を繋いでいたクオリアの視界には、鬱蒼と生い茂る広大な自然に溶け込む建造物があった。どこか高度さを思わせるも、時の風化を示すように蔦に絡まれた塔。
聖テスタロッテンマリア迷宮――あの地下に、古代魔石”ブラックホール”は存在する。それを小柄の
全身を空に向かって殴り上げる疾風の暴力の中で、クオリアは更にラーニングを繰り返した。明らかに魔物のものとは思えない魔術によって森が破壊された、しかもまだ新しい形跡がある。つい先ほどまで、ここで何かが起きていた。
「状況分析……魔術人形のスキルによるものと……未知の圧縮効果のある魔術もしくはスキルによる破壊を確認。状況把握のアップデートを必要とする」
「クオリア、カーネルとプロキシを発見しました」
迷宮から少し離れた箇所に、騎士と思わしき集団が集まっていた。クリアランスだけではない。千差万別の守衛騎士団が集まって、丁度聖テスタロッテンマリア迷宮を取り囲む様に丁度列を成している。
情報源を認識した。
「理解した。状況把握の為、カーネルとプロキシの位置する地点近くに転移する」
クオリアとエスが再び手を繋ぐと、一瞬だけクオリアの姿に黒い兵器が映し出される。エスが無表情でそれを見つめたまま、クオリアに釘付けだった事に気付かない。
『Execution Teleportation』
転移先では、場のどよめきで歓迎された。
戸惑う声と、奇異な物を見る視線に囲まれる。
「……あれが、噂の」
「“ハローワールド”のクオリアと、エス……本当にワープ、したのか」
「どういう魔術だ……」
「――エラー。ワープとは定義されていない。テレポーテーションと定義されている。これは魔術に分類されない」
怪訝そうに警戒する騎士達に律儀に回答しつつ、時が止まったような集団の間を通り抜けてカーネルとプロキシの前に到着した。カーネルとプロキシも初めて見るテレポーテーションに流石に絶句せずにはいられなかった。
「話には聞いていたけど…アナタ何でもありね。まさかロベリア邸からここまで飛んできたとか言わないわよね」
「肯定。あなたの言う通り、ロベリア邸からテレポーテーションをした」
「……それは……アリバイトリックとか楽そうでいいわね。けど、今この場においては、そのテレポーテーションは非常に助かるわ」
カーネルが話を本題に戻すと、プロキシも状況の説明を始める。クオリアがわざわざ二人の前に現れた理由を、すぐに悟る事が出来たからだ。
「まずバックドアの言う通り、トロイは聖テスタロッテンマリア迷宮にいる。ウッドホースもだ。まあ十中八九、古代魔石“ブラックホール”を守衛もしくは時限爆弾みたいに魔力干渉して調整しているんだろう……最悪自爆をちらつかせた、牽制の意味もあるだろう」
古代魔石“ブラックホール”は、トロイにとって最強にして最恐の切札だ。
奪われてはいけない。だから守衛する。
しかしいざという時は全てを巻き込む。自爆する。
クオリアが編み出し始めた最適解も、『自爆をする隙さえ与えずに速攻で古代魔石“ブラックホール”を無力化する』方針で構築されつつある。
「だが、かなり面倒な事態になってきた」
「説明を要請する」
「理由は二点」
カーネルが指を二本建てる。
「一点。トロイの奴ら、古代魔石“ブラックホール”の魔導器でオイタしてるの。さっき先遣隊が返り討ちにあった」
「説明を要請する。それは、どのような機能を有しているか」
「重力波飛ばしてくるか……こっちの攻撃を跳ね返しちゃう。ただイメージ的には古代魔石をマイルドにした感じだから、本物のブラックホールは出せないとは思うけど」
クオリアも納得した。先程上空から森林を見た時、明らかに真横から超重量の何かに押しつぶされた形跡が樹や地面に残っていた。
古代魔石“ブラックホール”のインプット情報、ハッキングした際にラーニングした魔力構成とも一致する。あの魔石によって生み出される魔力は“超重量”。中心に向かって収縮し続け、あらゆるものを原子崩壊させる力を持つ。
重力を歪めるのも副次的だが、一つの機能だ。トロイの魔導器にはそれを反映させているのだろう。
「それからもう一点」
腕組をしたカーネルが見つめたのはエスだった。
「
「説明をお願いいたします。その魔術人形とは、私と同じ元主人であるディードスの配下にあった個体ではないですか?」
「御名答。“
エスの無表情な顔がぴたりと静止する。
より欲しい情報が提示された時の反応だと、横で見ていたクオリアは判断する。
「奴らは、トロイの隙をついて迷宮に入っていった」
「説明を要請する。
「さあな。少なくとも素材やダンジョン制覇の称号が欲しいからじゃないだろう。狙いはトロイ、もしくは……古代魔石“ブラックホール”だろう」
「おかげで、何故かアタシ達が追い込まれる事になったのよ。とばっちり。あーやだやだ」
葉巻を口に加えて煙たい溜息を吐きながら、カーネルが補足する。
「当初は、他の騎士団達も緊急招集し、数が集まった所で一気に制圧するつもりだった。これから来る騎士の中には、古代魔石“ブラックホール”の魔力構造に熟知した魔術師もいた。クオリア語で言うと、そうね、ハッキング係に当たるかしら」
「エラー。クオリアは言語ではない。クオリア語は存在しない」
「話の腰折らないの、ただでさえ抱腹絶倒級に超ユニークな話し方なのに」
「説明の続行を要請する」
「……まだ騎士は揃っていないし、何ならハッキング係もいないけど。だけど
「状況分析。仮説。もしウッドホース自身も再起が不可能の場合、ウッドホースは古代魔石“ブラックホール”を起動させることが想定される」
「そう。だから私達は超迅速に数で制圧するつもりだった。だけど、
基本的にカーネルは
「……奴は、古代魔石“ブラックホール”をどうしようとしているのか。それが気になって仕方ないのよね。無力化してくれるのか、あるいは――自分のものにしようとしているのか」
「そこで守衛騎士団“ハローワールド”に協力を仰ぎたい。今のところ古代魔石“ブラックホール”を安全にハッキング出来るのはクオリア君しかいない。突如大役を押し付ける情けない我々を、許してくれ」
その後、一団が配置にものの数分でつくと、一気に聖テスタロッテンマリア迷宮に駆け出す。クリアランス、ハローワールド含めおよそ騎士の数は百人。聖テスタロッテンマリア迷宮の定員にはまだほど遠い。
迷宮の中へ進みながら、カーネルがプロキシに一言漏らしていた。
「情けない、ね」
「情けないでしょう。あんな子供の両肩に、王国の命運をかけてしまうんですから」
「大人としても、オトコとしても不甲斐ないばかりね。もしかしたら世界の命運をかけてしまうかもしれないしね」
「嘆く暇があったら俺達もやる事やりましょう。『きっと生きていたらクオリア君やエスと同い年だったかもしれない』なんて台詞吐かれる子どもを増やさない為にも」
「アナタ死にそうな顔してるわよ」
「死にませんよ。リーベにも啖呵切りましたし」
「じゃあ、激しくやっちゃいましょう。死ぬ気で、死なない程度に」
千差万別の想いはあれど、その騎士集団の共通目的は一つ。
古代魔石“ブラックホール”による大規模破壊を阻止する事。
それを全員が見据えた騎士達が今、歴史ある迷宮へ迷い込むのだった。
「これより、聖テスタロッテンマリア迷宮にて古代魔石“ブラックホール”の無力化のタスクを実行する」
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