第145話 伝説2時間前
「先遣隊として送った魔術人形部隊の出来栄えはいかがかしら?」
「カーネル様、気が早いです。まだ聖テスタロッテンマリア迷宮に着いた頃かと」
「せっかちくらいが丁度いいのよ。一秒後には王都がジエンドかもしれないのよ」
同じ馬車に揺られながら、しかし特に焦りはない口調でカーネルはプロキシを諭す。“蒼天党の崩壊”からそう時間は経ってはいない為に、二人の顔には若干の疲労が出ているものの、両者とも馬車の中で休憩を済ませようと体力の回復に努めていた。
馬車が向かうのは聖テスタロッテンマリア迷宮。
残りの古代魔石“ブラックホール”が隠匿されているらしい地点へクリアランスは向かっていた。ウッドホース達もそこにいる公算が高い。そもそもの状況を把握する為、先行してクリアランスが所持している魔術人形部隊を送らせていた。
「魔術人形部隊には、まずは偵察で状況を掴む所まで、って制約しているわよね」
「ええ。下手に攻め込んで、あのウッドホースが何か企んでいたら面倒ですから」
「アタシ達が知っているトロイの戦力的には、魔術人形部隊で十分なんだけど……第零師団のロッキーが魔導器を持っていた辺り、多分ルール通りには来ないでしょうからね。正攻法での制圧なら魔術人形は最強だけど、逆に不意打ちに弱いからねぇ。魔術人形の量産も間に合わなかったし、そもそもエス達のような前例もあるし……ま、今ある中で何とかするしかないわね」
ま、それも改善点だけどねと、葉巻を加えた口から流れる景色へ煙を吐き出す。
「そもそも爆弾処理が一番面倒なのよね。向こうは困ったら自爆すればいいんだもの。中途半端に刺激出来ないって所もムカつくわ」
「状況の不利は、数と素早さと連携で押し切るしかないですね」
クリアランスだけではなく、カーネルと懇意にしている各地の騎士達も颯爽と聖テスタロッテンマリア迷宮に駆け付けてきている。このままクリアランスを核とした多勢で一気に圧し潰し、古代魔石“ブラックホール”を発動させる隙さえ与えない。更には囲みに囲んで、鼠一匹逃さない布陣を敷くつもりだ。
「させませんよ」
「あら、燃えてるじゃない。リーベの件については不完全燃焼だったものね」
今カーネルの目の前にいるプロキシという獣人は、過剰とさえ思えてしまう程に、騎士としての信念を抱いていた。
丁度握りしめた右手に携えていた、煤で汚れた手作りの人形に、願いを託すように握りしめながら。
「ウッドホースが滅ぼそうとしている王都には、今を懸命に生きている獣人だっている……そして、絶対に死なせてはいけない未来が沢山ある。させませんよ。そんな事は」
「そうね」
しかし一方で、カーネルは厚い唇を前に出しながら、何やら思案を深める。
「それに、ただ王都が滅びるだけなら……もしかしたらまだマシなのかもしれないわね」
「なんですか。その不吉な言い方は」
「それに……古代魔石“ブラックホール”について、ちょっと嫌な想像してるのよ」
と補足した上で、カーネルが尋ねる。
「アナタ、“げに素晴らしき晴天教会”の歴史は知ってるわよね」
カーネル相手に、プロキシの眉が僅かに潜む。
獣人にとっては天敵ともいえる集団。無理もない。
勿論カーネルはプロキシと獣人の因縁も知ったうえで、かつプロキシを信じた上で聞いている。
「ええ。それなりには勉強させてもらいましたから」
「なら晴天教会の経典に登場する、“大咀爵”ヴォイトの存在は知っているわよね?」
「経典どころか歴史書にも登場していますね。文明を一度喰らって滅ぼした、魔王」
「ええ。それも、今よりもずっと高度な魔術文明だった筈の、ロストテクノロジーだらけの文明社会をね」
“大咀爵”ヴォイト。
まず、人間であるかさえ判明していない。
経典上ではあらゆる神を抹殺し、人類も滅亡寸前にまで追い込んだ魔王。
歴史上でも、文明退化を実現してしまう程世界を壊した最強にして最恐の超常的存在だった。
しかし、“大咀爵”ヴォイトは2000年前の存在だ。
2000年前、世界を散々破壊し尽くした挙句に、当時神託を賜った勇者――少女ユビキタスによって討伐された。
と、後世の歴史家には記録されている。
「そして古代魔石“ブラックホール”は――“大咀爵”ヴォイトの力が宿っている。仮説に過ぎなかったけれど、そういう説もあったでしょう?」
「まさか……カーネル様が考えているのは」
カーネルは冷や汗を流しながら、口にする。
「もし、古代魔石“ブラックホール”を起動した結果、出てくるのがブラックホールじゃなくて、“大咀爵”ヴォイトのゴーストみたいなのが現れてしまったら?」
そう推測出来てしまう程の事件が、最近は起こりすぎた。
魔術人形、即ち魔石に“心”と定義すべき何かが宿った事。
そしてリーベという
「杞憂でしょうし、ウッドホースもそんな事は思いもしないでしょうけど」
もしこの二つが無ければ、“杞憂”と馬鹿に出来る事を警戒しなかっただろう。
「“大咀爵”ヴォイトのゴーストが現れるだけならまだいいわ。それが全盛期に近かったら?」
「……王都だけではなく、この世界が滅びると」
「ええ。神話の破滅が再開されるって事ね……クオリアの正体不明の技術でも、世界を滅ぼす程のパワーが無ければどうしようもないほどの、絶対的な破滅がね」
プロキシもカーネルも、一旦息をつく。
「杞憂だとしても、なればこそ古代魔石“ブラックホール”は発動させるわけにはいきませんね」
「そうね。世話かけるわね」
「それが俺の役割ですから」
その時、重力が微妙に傾いている事に気付く。
馬車が想定外の所で急停止をしたのだ。プロキシが窓から様子を伺うと、魔術人形と共に第一陣として派遣していた騎士が、慌てた様子で丁度馬から降りていた。
「どうした?」
「……報告します」
切れた息の合間を縫って、騎士は短く報告するのだった。
「魔術人形部隊が壊滅。他の部隊にも大きな損害が出ております」
結論を聞いてカーネルとプロキシは、一旦顔を見合わせる。
事の重大さは理解した上で、互いに狼狽はしない。
冷汗を一人書く騎士に対し、カーネルが一つ一つその状況を解いていく。
「まず確認。トロイはいたの?」
「はい。ウッドホースの姿も確認できました。またトロイの有力者たちも多く見つかっております。師団長クラスは全員います」
「でも、直ぐに劣勢に立たされるような第一陣ではなかった筈よ」
「トロイの師団長クラス以上が、古代魔石“ブラックホール”のものと思われる魔導器を使っていたことが分かりました」
「成程、そう来たわけね」
カーネルが顎に指を当てて、若干眉をひそめる。
「でも、魔術人形部隊の目的は偵察。敵に見つかって攻撃されたら撤退するように言っていたはずよ」
「仰る通り魔術人形部隊は撤退をしていました。古代魔石“ブラックホール”による攻撃は非常にすさまじく、何体も破壊されましたが――しかし部隊の壊滅はそれが原因ではありません」
「どういう事?」
騎士の口から、状況を混沌に追い込んでいる者の正体が明かされる。
「“
流石にカーネルもプロキシも騎士の方を見た。
二人の視線が集まり、騎士は状況を一言で伝える。
「現在前線はトロイと、“
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